表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
98/310

開戦前日

 ザルツブルク・エルベンリーテよりさらに北にゲルバイド丘陵地と呼ばれる丘陵地帯が存在する。無数の小高い丘が立ち並び、平原はもとより平らと呼べる場所は一望する限り一切ない。ロサ公国の東海岸と西海岸を二分する形で存在し、迂回しようとすればザルツブルク・エルベンリーテからでは十日ほどかかる。


 ゲルバイド丘陵地はそれほどに広い。そのためロサ公国の国民はほとんどが丘陵地帯よりも南側に住んでいる。丘陵地帯を抜けた先には王都ヴェートラストのみしかないほどだ。事実上、ザルツブルク・エルベンリーテよりも北側に国民は住んでいない。いるとすれば兵士かその家族ぐらいだろう。


 需要はほとんどないが、一本だけ丘陵地帯を縦断する形でヴェートラストとザルツブルク・エルベンリーテをつなぐ街道は存在している。しかし幅が狭く、馬車がギリギリ二台、並走できるかできないか怪しいレベルだ。大軍が移動することには適していないことは明白だ。


 普通の丘陵地帯ならば街道を使うまでもなく、山登りの要領で踏破することもできるだろう。軍隊の疲労を考えなければ丘陵地帯はせいぜい視界の悪さくらいが目立つ程度だが、この無数の真っ白で優雅な曲線美を持つこの丘陵地帯に雪が降っている点を忘れてはいけない。普通の丘ならば簡単に越えられるような場所でも深く積もった雪に足を取られれば体力は余計に消耗する。必然的に相手方が選ぶべきルートも導き出される。


 一際小高い丘に登ったシドは地図を片手に望遠鏡を覗き込んだ。見渡す限りの丘陵地帯、これが海岸近くまで続いていると言うのだから驚きだ。海岸に近づくにつれて土地の起伏はおだやかにはなっているが、帝国軍がそこを侵攻経路にするとは考えられない。単純にザルツブルク・エルベンリーテから丘陵地帯の端にたどり着くまでに三日、街道を使わずに踏破するに五日は補給の都合上割に合わない。


 そもそも今回の北方方面軍の侵攻は綿密な計画に基づいたものではない。感覚としては火事場泥棒に近い。公国内の訃報(仮)にかこつけて公国を一気に攻め滅ぼそうという魂胆だ。緒戦の鉄騎兵を蹂躙した戦術を聞いた時はマジか、とも思ったが警戒すれば問題はない。後背を突くなどという策は事前に憂いを消しておけばどうということはないのだ。


 その点で言えば、眼下の丘陵地隊は奇襲がしにくいと言える。今シドが登っている白丘は見晴らしがよく、奇襲の可能性があればすぐに察知できる。守りに非常に適している地形、と言える。


 「シド。でもやっぱり兵が足りませんよ。ゲリラ戦でもするな話は違うでしょうが、とても帝国軍五万の侵攻を止めるには兵が足りない」


 彼の背後から苦言が飛ぶ。振り返るととんがり帽子を被った黒衣の銃使いが立っていた。彼、カルバリー・ギジドは口元を結び、難しい表情を浮かべていた。


 「やっぱり厳しいか。最悪俺の幻術で兵を多く見せようと思ってたんだが」

 「無理言わないでください。かかしなんざすぐに見破られますよ」


 だよな、とシドは口元に手を回した。薬指と小指だけでよく望遠鏡を持てるな、と感心の吐息がカルバリーからこぼれた。


 「大前提を決めよう。この丘に本陣を置く。それでいいか?」

 「いいんじゃないですか?ここよりも標高が高い丘はない。帝国がここを移動するという前提に立てば、まぁ妥当でしょう」


 「前提に立てば、ねぇ」


 シドは横目で丘陵地帯を見る。広く、無限に続いているんじゃないかと錯覚するほど地平線の先まで続くこの丘陵地帯、その中で一番大軍での侵攻に適している位置に今のシドとカルバリーは立っている。


 「最悪、ずっとザルツブルク・エルベンリーテに居座り続けるって線もあるか」

 「可能性としては五分五分ですね。そもロサ公国の戦力の大部分を削った時点で帝国の勝利は揺るぎない。撤退することすらありえる」


 すでに戦果としては十分すぎる。ロサ公国は戦力の八割近くを削られた。補給をしようにも峻険なボラー連峰を超えてとなればリスクの方が圧倒的に高い。石器時代(紀元前)のカルタゴではないのだ。


 そも今更鉄壁の城塞たるカスト・グアンザムを有する王都ヴェートラストへ侵攻するメリットは帝国にはない。すでに大勢は決していると言っても過言ではない。


 「だが反抗勢力は根絶やしにするはずだ。これまでの帝国のやり方を考えればな」

 「占領地での蜂起が起きなかった理由ですか。確かに極北とはいえ、反抗勢力を残すというのはリスクが高い。我が国との戦争も視野に入れる帝国が遊兵を作るような真似は、犯さないでしょうね」


 侵攻を続けるとして、王都を目指すとして帝国が取れる選択肢は一つ、短期決戦だ。帝国領ならいざ知らず、北方のロサ公国で長期にわたって占領を維持することは兵の士気、占領のノウハウ、旨味の三点から考えて必然とその結論にいたる。


 誰だって好き好んで冬真っ只中の豪雪地帯で、測りやら民族性やらがまるで違う場所で、略奪の成果が貧しい国に長居はしたくないという話だ。もっとも、春であればまた話は違ったのだろうが。


 「通るとすればやっぱり街道周辺だろうな。街道、は使わないだろ。狙い撃ちにされるからな」


 「となれば、街道から西側にある比較的高低差が低い丘の間隙を縫うか、あるいはゲルバイド丘陵地帯唯一の盆地、ミランダ盆地を抜けるか、ですね。でもここに立っている、ということは前者の可能性が近いと考えているんですね?」


 周囲を見渡すと丘の合間に街道が見える。そこから視線をわずかに右にずらすと、ひかくてき灘らかな地形があった。


 「賭けだな。賭け」

 「外れりゃ国土が消し飛ぶ賭けですか。普通は乗りませんよ、誰も」

 「ああ、だから乗ってもらう。帝国にな」


 「どういう意味ですか?帝国に乗ってもらうって?」

 「それは……お」


 シドが何か言いかけたとほぼ同時に二人の背後で角笛のなる音が聞こえた。振り返ると白丘の観劇を縫いながら灰色の甲冑を纏った一団の姿があった。白岳と騎兵が彩られた旗を翻し、その一団はシド達がいる丘へと進んでくる。ロサ公国の国旗を翻すその一団は数にして一万を越える。


 それだけならばシドが「お」と感嘆符を上げることはあっても、振り返ることはない。物々しい雰囲気をただよわせ雪中を歩く軍団の中、一際兵士の守りが厚い部分に他の黒地の旗とは違う白地、否白銀の旗が翻っていた。


 旗に描かれているのは「剣を掲げる騎兵」。ロサ公国においてそれは王紋を示していた。王旗が翻るということはすなわち親征である。鉄鎧を身に纏った王冠を戴く美髯の男がその旗の元にいた。ヘルムゴートの姿を確認したシドは含み笑いを浮かべた。


 「賭けに勝ったな。これで連中は俺らの予定通りに動いてくれる」

 「よくもまぁ親征なんて。ロサ公国の歴史上初めてのことなのでは?」


 「ああ、だから大臣達はもちろんだが、特に将軍あたりを納得させるのに苦労したよ。

次回の投稿は月曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ