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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
94/310

王国と帝国の国境にて

 「さて、どうしようか」


 ミルヘイズ王国とアスカラオルト帝国の国境、()()()()()()()()()()()()要塞線がある。荒縄のように平原を朝焼け色の長城が並び、等間隔で巨塔が聳え立っている。壁上は常に敵が来ないかを警戒する兵士達が巡回し、巨塔の頂上に登れば平原を数里先まで一望できる。


 名をザームター要塞線。堅牢堅固を自称するこの要塞線はミルヘイズ王国が100年ほど昔に築いたものだ。当時、勢力拡大を続けていたオルト帝国に対応する形で急遽建造された要塞線は、しかし対帝国軍には一度として使われたことはなかった。代わりに帝国武装貴族(シュバリエ)の侵攻を度々跳ね返すことはあったが。


 帝国にとって武装貴族は正規の軍という扱いではない。彼らは帝国に帰属している武装集団の一つという扱いだ。命令権は皇帝のみが有するが、その実皇帝自ら彼らにああしろ、こうしろ、と指示を出すことはない。多くの武装貴族はそれをいいことにほぼ自由に他国へ侵略紛いの武力行使を行なっていた。


 武装貴族の侵攻によってザームター要塞線の外はいつもひどいことになる。ザームター要塞線の外にある村落は焼け落ち、畑は根こそぎ掘り返され、家畜は奪われた。人だけはザームター要塞線の中に入れば安泰だったのが救いだ。


 何度もミルヘイズの首脳部は武装貴族の蛮行を帝国に抗議したが、それが聞き入られたことはない。返事はいつだって「皇樹典範(インデュリン・ノート)に乗っ取り対処する」だ。一度として適切な対処をしたことはなかったが。


 「まぁ、だからと言いますか。うちらで対処するしかないのよ、はい」


 ザームター要塞線を攻めた武装貴族の末路は決まっている。敗走か捕縛のどちらかだ。例えば壁上から背を撃たれ落馬した騎士、馬が落命した騎士、攻城戦の末に壁上に取り残された騎士、そのすべてがミルヘイズ軍に捕縛される。そして大抵は半ば見せしめとして、憂さ晴らしとして火炙りにされたり、曳き回しされたり、生き埋めにされたりと決して簡単には死ねない刑罰を受けることになる。


 それは今、ザームター要塞線の司令官であるトーラ・ゴイザーの前に並べられた総勢二百人の騎士達も同じだ。一様に手足を縛られ、這いつくばる形で要塞線の内側に並べられた彼らは口々に命乞いをするがトーラがその言葉に耳を傾けることはない。彼が独りごちた「さて、どうしようか」とはつまるところ今回はどうやって見せしめにしようか、という意味だ。


 目の前に並ぶ騎士達はそのすべてが武装貴族だ。騎士もまた貴族身分ならばそれは当然と言える。中には男爵位、子爵位の下級貴族もいるだろう。彼らは怯え、自分の末路を想像して悲痛な叫び声を上げる人間もいた。中には皇帝陛下がだまっていないぞ、と虚勢を張る騎士もいたが、それはない、とトーラをはじめ要塞線に駐屯するすべての兵士が騎士の怒声を一蹴した。


 武装貴族と言えば聞こえはいいが、彼らのために帝国が国外へ向かって声を上げたことは一度としてない。元々武装貴族は帝国成立前のオルト、アスカラ両地方の有力者、王侯貴族らを祖先に持つ。田畑を荒らし、村落を焼き落とすような品性の欠片もない連中であっても一応、そのルーツはそれなりのものだ。つまるところ、帝国の皇室にとって武装貴族とは反帝の神輿になりえるのだ。


 かつての強者に敬意を払い、帝国は武装貴族達が他国へ侵攻することを黙認している。同時にその結果も黙認する。死ぬなら死ぬ、自領に戻るなら戻る。自国に留まるならいくらでも守ってやるが、外に出るなら知らぬ存ぜぬだ。質が悪く、同時に悪辣だ。そうやって反帝の神輿候補を勢いづかせ自滅させるというのは。


 そんな武装貴族達を処刑するいいアイディアが出ず、ちらりとトーラは自分の隣でつまらなそうに慈悲を求める騎士達を見つめる少女に視線を向けた。双剣を両腰に携える異色の少女、彼女は心底退屈だ、と言いたげな様子で何度となくため息をついていた。


 「刃令(キェーガ)ノタ。貴殿はどう思いますか?どういう刑罰が似合いますか、この侵略者達には」

 「んー?そうねー。裸のまま頭だけ出した状態で土に埋めるのは?放牧場とかに」


 「ああ、それはいいですね。牛どもに大小便を引っ掛けられるもよし、豚どもに食われるもよし。なるほど、これほどみじめな死に方もそうはないでしょうね。よし、そうしましょう!」


 言うが早いかトーラは周りの兵士に今捕まっている騎士達を牧場へ連れて行くように指示を出した。トーラとノタのやりとりが聞こえなかった騎士達の中には安堵の表情を浮かべている人間もいた。大方強制労働程度で済まされる、とでも思っているのだろう。死ぬのに比べればはるかにマシだろうが、それは甘い考えだ。暗い扉の向こう側に消えて行く騎士達の後ろ姿に憐憫を覚えながら、ノタはしゅたりと椅子から立ち上がった。


 彼女、天秤の(ヴァルナ・)刃令(キェーガ)ノタがミルヘイズ王国を来朝してすでに二週間が経った。一緒に来朝した羊飼いの(ヨープマナー・)才氏(アイゼット)ジバルナが主に文官や王国貴族達を相手に同盟のための交渉をしている傍、彼女とその直属の部隊はミルヘイズ王国国境付近で軍人相手にヤシュニナの武威を示すという仕事を行なっていた。


 ヤシュニナの氏令と言えば東岸部で有名な実力者はシドやリドル、あるいはシオンだ。特にリドルは大陸全土に名が轟くまさに英傑だ。しかしそれ以外となるとあまり名前は知られていない。そんな隠された実力者がいることを示すため、ヤシュニナの余力の一端を披露するためにやりたくもない仕事をしていたノタはぶっちゃけもうかなり疲れていた。


 要塞線の各地を転々とする形で盗賊やらを捕らえることに尽力してきたわけだが、はっきり言って物足りなさすぎる。ヤシュニナの武力をミルヘイズの軍部に知らしめる、という目的は果たしつつあるが、それはそれとしてやはりつまらない。


 「いっそ、あたし一人で帝国落としちゃおっかな?」


 彼女の冗談のようで本気のようなしかして真意が掴みづらい独り言にびくんと、傍に控えていた直下兵達の体が跳ねた。怯えた目つきでぶーたれる彼女を見ながら彼らは心の底でやめてくれ、と懇願した。対照的に呵呵大笑をトーラは上げる。


 「そうですか、つまらないですか。いえ、これでも結構忙しい方ですよ?特に帝国の騎士どもが攻めてきた時などは大車輪の活躍だったではありませんか」


 「あれはあたしが多対一が得意だったから、前線に出ただけだもの。結局大将は逃しちゃったし」


 「ヴァスカー伯爵ですね。ちょうど我が国の国境線沿いに領地を持つ実力のある武装貴族ですよ。彼の伯爵は二千人強の騎士団を有し、武装貴族の中でも五指に入る権勢ぶりだとか」


 「へー。まぁでもなんつーの?あの武装貴族って連中アホなんかな?攻城兵器って言っても梯子しか持ってこなかったじゃん」


 梯子を数騎がかりで引きずりながら城壁の真下まで移動し、そのまま何の策もなく登りはじめた騎士達を思い返しながらノタは辛辣に切り捨てた。攻城戦をすることはザームター要塞線に近づいた時にはわかっているのだから、破城槌や投石機の類を持ってきてもいいだろう。あるいは登攀兵を補助するための弓騎兵だっていてもいい。


 そのどれもついさっき攻めてきた武装貴族は持っていなかった。有り体に言えばバカだ。裸族が交番にむかって小便をぶっかけるくらいにはバカだ。


 「いつものことですよ。彼らにしてみれば別にザームター要塞線を落とす必要はないんです。要は、まぁ、戦っている雰囲気を垂れ流して、そのなんといえばいいんでしょうか。関心を買いたいんです」


 「誰の?少なくともミルヘイズ王国のではないでしょ?」


 「ええ、もちろん。彼らは皇帝の関心を買いたいんですよ。だからああやって無茶に突撃するんです。武功を上げた、と誇るためにね。それに付き合わされるあたしらとしちゃたまったもんじゃありませんがね」


 清清すると言いたげにトーラは大きく息を吐いた。悪態をつく彼はノタとは対照的にひどく精神的に疲れているように見えた。


 「あーなんていうか、そのアレなわけか。かまってちゃん」

 「かまってほしい、という面ではそうですね。おかげで気苦労が絶えない。死にたいなら自前でやってくれ、と叫びたい気分ですよ」


 「叫べば?案外気が楽になるかもしれないよ?」


 ノタにうながされ、トーラは少し思案するように口元へ手を添えた。少しの逡巡を経て、彼はそうですね、と言い残し、壁上へと向かっていった。そしてしばらくすると罵詈雑言が壁上の方から聞こえてきた。その罵詈雑言を聞きながらノタは適当な柱にもたれかかり、盛大に大きなため息を吐いた。


 「あーつまらねー。早く始まんないかなー、せんそー」


✳︎

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