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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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西方への進出

 「ロサ公国と対峙する帝国北方方面軍。現在この軍の司令官を務めているのは現アスカラオルト帝国皇帝アサムゥルオルトⅪ世の実姉、リオメイラ・エル・プロヴァンス大公夫人です。大公夫人と言っちゃいますが、夫人に配偶者はいません。単純に女性に貴族位を名乗らせたくない、という慣習の表れで大公夫人を名乗らせているだけで、扱いは大公となんら代わりはありませんよ」


 「うわ、くだらな」


 「そういうなって。俺らみたいに性も外見も超越した存在じゃないんだから」


 苦言を吐き捨てるカルバリーを嗜めながらシドは話を続けた。


 「彼女の率いる北方方面軍はまさに精強。帝国北部に出現するモンスターや一部の亜人武装勢力を鎮圧するその姿は帝国内では戦乙女(ヴァルキュリーナ)に例えられています。その勇名は東岸部諸国家にも轟いていますよ」


 「それは承知している。あの女の侵攻を10年前に受けた側だからな。その時は峻険なボラー連峰と重装鉄騎兵によってかの魔女を退けたが」


 「ええ。まさに大勝であったと。ですが、当時と今とでは状況が異なります。北方方面軍は独自の形で進化を遂げています。帝国にとって敗戦は許し難きもの。修練に聚斂を重ねた今の北方方面軍の力は10年前をはるかに超えている。無礼な物言いでしょうが、ロサ公国の現在の戦力ではとてもその侵攻を止めることはできないでしょうね」


 本当に無礼だな、とカルバリーは独りごちた。仮にも、ではなく正しく一国の王者に対して言っていいセリフじゃない。端的にシドの言葉をまとめると「お前の国、軍隊弱いもん」だ。


 とんがり帽子のつばに触れ、深々と顔を沈めるカルバリーは憤慨と羞恥で死にそうだった。自分の隣の牢屋にいる奴が無礼であることは承知している。国のトップだろうがなんだろうが、区別なく接するのはシドの美点であると同時に汚点でもあった。


 「我が国が負ける。貴様はそう言うが、どういう確証で?貴様の有する我が国の軍隊の情報というのはせいぜい10年前の争いとつい数日前に見た将兵の練度くらいなものだろう?」


 怒りを隠しているのかわからない凛とした、しかし深みのある声でヘルムゴートはシドに迫る。言葉の端々に見え隠れするのはシドへの疑念、義憤、あるいは恐怖。敵中にあって平然とべらべらと慇懃無礼に赤い舌を動かす目の前の灰髪の少年を気味悪がっている、傍観者を決め込むカルバリーはそう感じた。


 今のカルバリーはシドが何を考えているかわからない。どんな表情を浮かべているのかも。だがきっと笑っているんだろうな、とは思っていた。こういう交渉ごとをしているとき、シドはいつも楽しそうに笑っていた。彼がいつも山羊の頭蓋を模した仮面をかぶっている理由の一つも笑っていることを悟られないようにだ。考えていることすぐに顔に出る。とかくシドはポーカーフェイスができない人間だった。


 「——私は軍事の専門家じゃありません。ですが、経済と流通に関しては僭越ながら一角の自負がございます。その私から言わせればこの国は経済が死んでいる。首都を出歩く人はなく、その道中も寒村ばかりで盛況などとは口が裂けても言えない状態でありました。国家の経済レベルとは軍事レベルに直結します。つまるところ財源の中から一体何割を軍事費に割けるのか、という話です。


 忌憚なく言わせてもらえばこの国が一年で得られる税収予想は甘く見積もって、ヤシュニナの財源に換算して金貨1000万枚から1500万枚。ヤシュニナの一年の平均予算はざっと金貨1億から2億。帝国ならば軽くその20倍から40倍の財源を持っているでしょう。その内帝国北方方面軍に与えられる軍事費が0.5%であっても最低金貨1000万枚。多ければ2000万枚に上ります。まぁ、どんぶり勘定ではありますが。ここで疑問。貴国は一体いくら、軍事費に割いていますか?」


 金額、つまるところ税収、そして国家予算規模で考えると大陸東岸部国家で帝国に勝る国家は一つとしてない。軍の規模でもそれは同様で、帝国北方方面軍は従軍しているだけで10万人、予備役も含めれば18万人の巨大な武力組織だ。これほどの軍容を不毛な北方の大地へ向けているのは帝国黎明期の敗戦と10年前の敗戦ゆえだろう。二度にわたって帝国の脅威を退けたロサ公国はそれだけ警戒されていた。


 シドの語る北方方面軍への軍事費も軍容を考えれば納得のできる話のように聞こえる。だが実際のところたかが一方面軍に予算の0.5%を向けるかと言われると疑問が出る。せいぜいが0.1%だろう。それでも最低で金貨200万枚、最大で金貨400万枚は破格だ。兵士の数もさることながら、それだけの資金を注ぎ込まれればロサ公国に比べて肥沃な大地に住む帝国人達は十分精強に育つ。


 「なるほど、金額で見れば我が国は帝国に及ばぬだろうな。馬車の中で見た我が国の現状を貴様は正しく理解しているといえる。我が国はどん詰まりである、という貴様の言は正しい。で、それを打開するために帝国軍に侵攻させる、貴様はそう言ったな。今一度退けられよう、と余は言おうとしたが、貴様は即刻否定した。では、どうする?侵攻を受けた我が国が敗北することは必定なのだろう?」


 「ええ。それは否定しません。ですが、か細い糸はございます。帝国軍をロサ公国に侵攻させ、なおかつ勝利する方法が」


 「貴様らの協力を受け入れよ、と?」


 「それも策の一つです。陛下のおっしゃるとおり、冷え切って固まったロサ公国の民の目を覚まさせ、この国が門戸を開くように誘導するために必要なのは『明確な脅威』と『頼れる盟友』の二つであり、付け加えるならば『外界への足掛かり』が必要と愚考いたします」


 シドの言葉にヘルムゴートは唸る。釣られるようにカルバリーも唸った。明確な脅威と頼れる盟友はすでにある、と言える。帝国とヤシュニナはその二役を存分にこなすだろう。だが最後の外界への足掛かりは難しい話だ。シドとカルバリーが乗ってきた船を迎えたのは切り立った岸壁だ。それがはるか水平線の向こうまで続いていた。もし坂道を作るにしても大工事が必要となる。橋や埠頭を兼ねた人口島を作るにしても同様だ。


 ロサ公国に漂着した漁師が傷んだ死体となって流れてきた、という話があったが、あの岸壁を見る限り、どうやって痛ぶられたのか、カルバリーには想像できなかった。恐らくはもっと北側に船を接舷できる浜があるのだろうが、そこまでいくと気温は一層厳しくなる。凍りついていることだってあるだろう。とてもそんな場所を港にすることはできない。


 「前者二つはいざ知らず、最後の一つには疑問の余地がある。外界への足掛かり、貴様はそう言ったな。貴様が言うようにそれは我が国の未来のために必要だろう。貴様はそれをどう実現させるつもりだ?まさか餌だけをぶらさげてお預けというわけではあるまい」


 ヘルムゴートも同じことを思ったのか、シドに問いかける。前者二つをいざ知らず、と問題提起しなかったのは、今論ずることではないからだろう。


 「時に陛下、ロサ公国は漁業をなさいますか?」


 「する。だが、それはずっと西の方だ。我が国でも数少ない不凍の漁村で少数がな。ああ、そこを使って西方の亜人国家と貿易をしろ、と言うのか?大陸東岸部の諸国家に比べて我が国の亜人に対する忌避感は薄れてはいる。しかし問題はそこではない。我が国には輸出をするような資源はない。希少な金属を貿易に回すことなどできんからな」


 「()()()()()()()。ですが別に輸出するような資源、もしくは特産品がある必要はない。いえまぁあるにこしたことはありませんが、そこは正直どうでもいいんです」


 「どうでもいい。何を考えている、貴様」


 「単純ですよ。陛下のおっしゃるとおり、私はロサ公国にとっての『外界への足掛かり』として西方への進出を進言いたします。ただし、ただ西方へ物を運ぶのではありません。我らヤシュニナが東方大陸から得た品々を西方へ運ぶ担い手を務めてほしいのです」


✳︎

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