クターノ王国での密談
クターノ王国の王都ガイゼムは非常に複雑な都市である。
造り自体は王宮を中心に官庁舎や貴族達の屋敷があり、その外縁部を平民の家々や商店街が並んでいるというシンプルな配置なのだが、それぞれの場所を移動するための道の配置がどうしようもなく複雑なのだ。例えば貴族屋敷の多い地区から最も賑わっている大通りに直接つながっている道は一つしかなく、非常に狭い。馬車一台がギリギリ通れるかの隘路が街中の至るところにあり、交通は非常に不便でもある。
無駄に広い庭園や、景観を意識していない建物の配置。どう考えても必要な場所に階段はなく大きく迂回することでしか目的地に辿り着けないなどとにかく無駄が多い。さらには無数の小行路が王都内には張り巡らされ、さながらあみだくじのように正しく道を把握していなければ延々と似た様な場所をぐるぐる回る羽目になる。
市内にはいくつか似た様な造りの塔や望楼が乱立し、これが余計に方向感覚を狂わせる。塔を目印に目的地まで辿り着こうとしても、左を向けばまた似た様な塔の影が見え、ギョッとして視線を戻しては自分の進んでいる方向がわからなくなり、頭を抱えてしまうことが多発している。
迷路王都。そんな不名誉なあだ名で揶揄されるほどにガイゼムは不親切な都市だ。王都の住民でさえ自宅から遠くに行こうなどとは考えない。夜などは暗くなり余計に道が分かりづらくなるため人の出はほとんどないと言っても過言ではない。その事実が王都内の犯罪検挙数の減少に一役買っているのだから皮肉な話だ。
「——ぁああああああ、つまらぁああああん」
甚だ不名誉なあだ名で揶揄されるガイゼムの一角、具体的には王宮から離れた市街に立っている石塔の上層階から道行く人々の様子を眺望しながら金の議氏ガランは盛大かつ長大なため息を吐いた。彼がため息を吐くだけで周りの空気が振動し、同室の弓絞りの刃令アドウェナはいかにも耳障りだ、と言いたげに大きな咳払いをした。
5メートルを超える長身痩躯、やたら長い手足と首、全身を青銅色の鎧で覆った悪魔とも人間とも形容できる異形のガランが何かをするだけで塔は振動を起こす。そもそもが人間を基準にして建てられた建造物の中に身長5メートルのガランが入る時点でかなり無理があったのだ。天井を二段ほど丸々無くす形でようやくガランは立ち上がれるし、座っていても天井を一つはなくす計算になる。同室のアドウェナからすればこれほど迷惑な相方もいなかった。
「ぼっちゃんはもうちと人間サイズの相棒がほしかったよ」
「そいつぁ、ごしゅっしょさまって奴だな。本国に儂以外の適任がおらなんだ。この人材不足は課題よなぁ、えぇ?」
こぽこぽと揺れ動く蒼いストライプが入った黒い泥状の塊の苦言を、青銅色の怪物が嘲笑う。憤慨してそれまで丸みを帯びていた塊はさながらガラス板に飛び散った水のようにその形状をぐにゃりと流動させる。キヒヒ、とアドウェナの怒り具合を見てガランは低く笑った。
異様な光景、その一言に尽きる。ガランもアドウェナも人間種ではない。ガランは特殊な亜人種、アドウェナは悠久の時を生きる異形種だ。どちらも人間国家であるクターノからすれば異質な存在だ。それはヤシュニナの使者である二人が石塔に幽閉されていることからもなんとなく汲み取れるだろう。
「あの王様は儂らと話すつもりがあるのかのぅ」
「食事は運ばれてくるってことだーから、忘れてるってこたーないでしょう。今にも現れるかもしれないゼェ?」
「そもそも儂らは食事なんぞ必要ないんだがな」
フン、と鼻を鳴らすガランは退屈だ退屈だと言っていたにしては気分が良さそうに見えた。それはアドウェナにしても重畳だった。焦れたガランが石塔内で暴れ回って石塔が崩れるなんていう悲惨な結果よりも、グチグチと文句を垂れている方がよっぽど安心できる。幸か不幸かいつもは持っている武器を取られているから、暴れ具合も想定を超えることはない。
しかしアドウェナにとってもガランが焦れている理由は決して他人事ではない。ヤシュニナの命運、引いてはアインスエフ大陸東岸部の命運を賭けた今回のクターノ王国訪朝はすべてクターノ王、ジギスムントとの会談に委ねられている。王宮で拘束され、石塔に押し込められてすでに一週間が経った。港に停泊しているヤシュニナの船は今頃拿捕されているだろう。
このままずっと拘禁された状態だと考えるとゾッとする。他の氏令達が同盟を結ぶための深謀遠慮を計っている中、自分とガランだけが何もできていないなどアドウェナにしてみれば不名誉以外の何者でもない。ふざけた喋り方がめだつアドウェナだが、本質は真面目だ。ふざけた性格をしているわけではない。
「あと四日、あと四日で何の音沙汰もなければぶちかまそーぜー」
「ぁあ?おう、乗り気か、おい」
「そっりゃぁね。こんなに待ってんのに袖にされちゃぼっちゃんらのプライドってもんがもうボロッボロよぉ。王宮に乗り込んでとっちめちまおう、あの若ハゲ国王」
「そりゃぁいい。暴力で言うことを聞かせるのは儂も好きだぜ。ああ、もちろん金貨が入った袋で他人をぶん殴る快感にゃ負けるがな」
おおよそ国家の中枢を担う人間達の会話とは思えない、稚拙で幼稚な会話が繰り広げられる中、何の前触れもなく二人が寝泊まりしている部屋の扉をノックする音が聞こえた。二人の返事も待たずに扉は開き、その奥から現れたのは二人が待ち望んだ人物、だったのだが現れたその男の姿はひどく憔悴しているように見えた。
視覚器官ではない別の器官で視覚情報を得ているガランとアドウェナには似合わない表現だが、敢えて言うならば二人はその男、ジギスムント・エーレ・クーデリオのよどんだ瞳と痩せこけた頬、汗がにじんで豪奢な衣装すら粗末に見える出立ちにギョッとして目を見張った。王宮の玉座の間で会った時も顔色は悪かったと記憶していたが、目の前にいるジギスムントはその時よりも目に見えて悪化していた。
一体この一週間の間に何があったのか。クターノ王国の内情をある程度把握しているガランとアドウェナだったが、それでもすぐには答えを見つけ出せずにいた。
「あまり、見てくれるな。惨めになる」
動揺し、王を目の前にしても片膝をつくことすら忘れている二人にジギスムントは力なく笑いかけた。紡がれた言葉は弱々しく、とても40になっていない若人のものとは思えない。腐臭すら漂ってきそうな不幸感にまみれた外見以上に彼の一言はその内面の荒れ具合を如実に物語っていた。
王笏をつき、近くに置かれていた椅子を取り上げると、ジギスムントはゆっくりと腰を下ろした。腰を落ち着けたことに多幸感を覚え、すぅーと息を吸い、吐き出す彼の姿は60を超えた老爺のように二人には見えた。
「座ってくれて構わない。目線も、何もかも卿らの好きにしてくれて構わん。今の私にはむしろその方がふさわしい」
王と言うにはあまりにも腰が低く、自信がない。どう接すればいいのかわからず、ガランとアドウェナは互いに顔を見合わせた。
「今日、卿らの元を訪れたのは他でもない。卿らの求める同盟の話を聞こうと思ってな」
「陛下、ではお考えくださるのでしょうか?」
「刃令アドウェナ。私はあくまで話を聞きにきただけだ。その話を聞いた上で私は卿らを信用するか否かを判断する」
そりゃそうだ、とガラン、アドウェナは目と目を合わせ、アドウェナが一歩退き、代わりにガランが前に出た。
「では儂の方から同盟の件について話させていただく。単刀直入に言って近年の情勢を踏まえ、帝国は今後数年の間にグリムファレゴン島の諸国家並びに東岸部諸国家に侵攻をする、と考えられます。その時に備え我が国は反帝の同盟を結びたいのです」
「帝国の侵攻、にわかには信じられぬ話だ。長年にわたって人類の守護者であった帝国がいまさら……」
「その信じ難き事実が今まさに起きようとしているのです。断じて虚言や妄言の類ではなく」
「そも我が国は帝国の駐留を許している。いまさら侵攻など考えるものか。極めて稚拙、嘲笑を禁じ得んな」
ジギスムントは言葉でこそガランの言葉を否定するが、その実何度となく苛立たしげに杖の丸い部分を親指でこすった。ジギスムントとて王だ。今のクターノ王国と帝国の関係が決して良好なものでないことはわかっている。半ば属国的な関係、それは決して覆しようのない従属関係だ。
もし帝国が一度その矛を向ければ内と外からクターノは崩壊する。国内に駐留軍を置く、というのはそういうリスクもあるということだ。それを踏まえてもアスハンドラ剣定国との戦いの苛烈化を考えて長年にわたって、クターノは駐留軍を置いていた。
それも限界だ。
国軍と帝国軍の指揮権争い、王侯貴族達の造反、経済事情の悪化、この一週間で堰を切った様に溢れて出した諸問題にジギスムントは胃を痛め、食事も喉を通らない状態だった。腹回りを触れば骨盤にさえ触れられる。一抹の希望を感じて石塔を訪れては見たが、待っていた二人の異国の使者がもたらしたのはより過酷な道だった。
「どうしようもない。そう、どうしようもないのだ!たとえ貴国の盟に加わったとて我が国は、我が国はもう保てない。保てないのだ!」
部屋の外まで届きそうな激しい慟哭、自暴自棄の悲鳴をあげ、ジギスムントは苛立たしげに王笏を床に叩きつけた。500年以上の歴史を誇る大陸東岸部きっての古王国の正当なる君主の悲痛な叫声に、ガランとアドウェナは示し合わせたように視線を交錯させた。
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次回投稿は二日後を予定しています。




