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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
9/310

氷海にて船沈む

 完全に失敗だった。


 燃え盛る巨船を眺めながらシドは呆然と立ち尽くす。小型船の上で救命指示を出しながらも彼の心は空っぽだった。マイナス20度の極寒の海に投げ出されたら十分と経たず体力は奪われ、凍死する。それは肉体があれば人種でも亜人種でも変わらない。時折流れてくる凍死した遺体を回収する傍ら、大きなため息を何度もシドは吐いた。


 砕氷船には約150人の船員が乗っていた。内50人は亡命者を警護する人員だ。ヤシュニナ軍の情報部から動かせる精兵を乗せ、軍内でも高い武力をほこるディプロテクターまで送り込んだのになんの成果も得ることはできなかった。


 「才氏(アイゼット)シド。途中報告です。現在生存確認できた船員は21名。死亡確認が取れた船員は30名です」


 淡々と報告を上げるのは今回の亡命計画を主導した外事院の職員だ。かなり大きめの一ツ目鬼(サイクロプス)で先ほど会った副船長と体格的にはどっこいどっこいだ。


 「そうか」

 「回収した遺体の中には刺し傷などが見られたものもあり、なんらかの外部勢力が船内に潜んでいた可能性があります」


 「だろうなぁ。……アルヴィースから何か連絡はあったか?」

 「議氏(エルゼット)アルヴィースからはいかなる報告も受けてはおりません」


 そうか、とシドは肩を落とした。アルヴィースは鬼の系譜だから地形効果に対して高い耐性を有している。加えて最高レベルである点から目の前で燃えている船の中にいても無傷で生還することができる。シドが心配しているのは彼が無事に草案を回収できたかどうかだ。この際テリスの生死はシドにとってもうどうでもよくなっていた。


 やがて船の骨組みが崩れ、真っ二つに割れた。ゆっくりと氷海の奥底へ沈んでいく船を見ながらシドは嘆息した。炎が完全に水底へと沈むとさっきまでは昼かと見まごうばかりの明るさを発していた海面が闇夜に閉ざされた。小型船の船首に取り付けられたランタンだけが付近を照らし、暗い海面にオレンジ色の灯りが点在した。


 月は雲の向こうに隠れ、海面は閉ざされた。助けを求める声が海面の弾ける音と重なり、救命活動は難航を極めた。居合わせた一ツ目鬼はシドに魔法でどうにかできないか、と聞くと気まずそうにシドは両の指と同じ数、計10個の光球を生成した。あまりにか細く、ランタンの灯りと比べても矮小だ。がっくりと肩を落とす一ツ目鬼にシドは申し訳ないと小さな声で謝辞を口にした。


 船が沈み約30分が経過した。次々と報告が上がり、捜索隊も徐々に最初の威勢を失っていた。真夜中、それも真っ暗な氷海で作業させられ続ければ当然と言えば当然かもしれない。


 「才氏(アイゼット)シド。もう限界です。これ以上海面を荒立てると近海の大型海洋モンスターを寄せ付けかねません」


 これ以上の捜索は困難だ、と口にしたのは雪男(イエティ)の副船長だ。ランタンの火を調達しに船に戻ってきたシドに彼は苦言を呈した。元より大型海洋モンスターが多いグリムファレゴン島の近海で、生き餌とばかりに大量の人間が放り込まれたのだ。今出現しないことの方がおかしかった。


 「私も副船長に同意します。すでに船が沈んで30分近く経過しました。あの船に乗っていたものの多くは人種、亜人種であり、通常であれば15分程度で凍死するでしょう」


 同意の意思を示した一ツ目鬼に追従するように他の船員達も撤収すべきだ、と言い始めた。居並ぶ船員達の中にシドの味方は一人もいなかった。


 「……わかった。今沖に出ているすべての船に光信号で伝達。『即時母船戻れ』と伝えろ」


 苦虫を噛み潰したような顔でシドは命令する。副船長らは軽く瞑目し、すぐに艦橋へと上がっていった。次々と戻ってくる小型船を見つめながらシドは大きく、大きくため息をついた。


 「おいおい!どうした元気なさそうだな、おい!」

 「おい!が多いよ。あとうるさい」


 甲板で一人真っ暗な海を見つめる中、一際大きな声にシドは振り返る。案の定ずぶ濡れのアルヴィースが快活な笑みを浮かべて立っていた。どうしてそんな笑みが浮かべられるのか不思議でならなかった。仮面の下に確かな渋面を浮かべ、シドは大きくため息を吐いた。


 100人以上の人間が政府主導の作戦で死ねば、遺族年金がバカにならない。情報の開示も慎重にしなければならない。余計な詮索をする遺族も出てくるだろうし、とシドは水面の奥底を覗きながら憂鬱な気分に陥った。挙句に主任務が未達成など氏令会議内の自分の評価も下がる結果ではないか。


 「そーんな憂鬱なシド君にー俺からプレゼントでーす!」


 ドスンと甲板の手すりが凹むほどの衝撃に、手すりに寄りかかっていたシドは瞳孔を開いて驚いてみせる。視線を衝撃の元へと向けると孔雀石の小箱がずぶ濡れの状態で置かれていた。小脇に抱えられるほどの大きさで、手すりが凹むほどの重量があるようには見えない。十中八九アルヴィースの力加減のせいだろう、とシドは小箱を見ながら思った。


 「なにそれ。海中に沈んでた海賊の秘宝かなにか?」

 「似たようなもんさ。実はこれ、さっき沈没した船から見つかったんだぜ」

 「へー、ふーん」


 言葉の上では平静を装うシドだが内心では動揺していた。暗雲の中に一筋の光を見たかのような混沌とした感情が彼の心中で渦巻き、眼前の孔雀石の小箱から目を離すことができなかった。出るはずのない唾を飲み込んで、意地悪な笑みを浮かべたままのアルヴィースにシドは問いかける。


 「中身は?」

 「多分、ある。だけど鍵が掛けられてんのな」

 「それならこれを使えばいいよ」


 そう言ってシドは腰へ手を回す。普段から常備している特製のショルダーバッグからドリームキャッチャーに似たお守りを取り出し、小箱を抱えるアルヴィースへ手渡した。中心に赤い宝石が取り付けられ、蜘蛛の巣状に円形に象られたなんとも古めかしい素朴さを感じるお守りだ。


 「そいつは鍵開け用のアイテムで、100レベル代の盗賊系スキルが使えるんだ。一応一日一回っていう制約付きだけど」

 「んな便利なものよく持ってたなぁ。アイテムの等級だと上から二番目の幻想級か?」


 物珍しそうにお守りを眺めるアルヴィースにシドは早く小箱を開けるように急かした。アルヴィースがへいへいと軽返事を返しながらお守りを小箱へと近づけた。直後、お守りの中心の赤い宝石が光、小箱の鍵穴へと光を投射する。すると小箱の隙間から赤い光が漏れ始め、カチン、と乾いた音が続いて二人の耳に届いた。


 顔を見合わせ、恐る恐るアルヴィースは小箱を開ける。だが周囲が暗すぎてよく見えない。面倒な、とシドはぼやき、魔法で光球を生成する。そして照らされた中身は、空だった。赤い布が箱の内部に貼られ、隅から隅まで見渡しても何も入っていなかった。


 「なんだ、空か」

 「いや、ちょっと待て」


 ぼやき、落胆を表情に表すアルヴィースが小箱を投げ落とそうとするのをシドは制止する。彼はアルヴィースから小箱を受け取り注意深く小箱の中を確認し始めた。そして何かがわかったのか、小箱の中へ手を入れた。


 「多分、二重底だ」


 軽くシドが小箱の底の頂点の一つを押すと、底がシーソーのように重量をかけらた方向へ起き上がった。丁寧に起き上がった底部の板を取り出し、シドとアルヴィースはもう一度中を見る。中央に封筒、そして湿気防止のために木炭が四隅に置かれている構図を見たとき、二人は声に出せないが肩を震わせて喜びを感じた。


 これで死んだ100名を超える船員達も報われる。最終的に帝国が求めていたものはヤシュニナの上層部に見事渡ったのだから。そんなガッツポーズをローブの下でするシドに不意に背後から声がした。


 「才氏(アイゼット)シド、議氏(エルゼット)アルヴィース、ご歓談中のところ大変恐縮ではありますが、今次作戦における負傷者、殉職者、行方不明者のリストが完成しました。どうぞ艦長室までお越し願います」


 そう彼らに報告したのは例の外事院の一ツ目鬼だ。アルヴィースに小箱を預け、シドは一人で船長室へ向かう。甲板を歩いていると徐々に景色が変わらんとしていることに気づいた。すでに錨を上げ、この海域から離脱しようとしているのだ。


 わずかにまだ生きているかもしれない船員の存在に後ろ髪を引かれるが、シドにはどうすることもできなかった。ここでシド一人がわがままを言っても意味がないのだから。


 やがてシドが船長室で被害報告やら今後の対応方針やらの会議を終えた時、東側から白い太陽が登り始めていた。


✳︎

 シドの種族、イスキエリ。精霊種の最上位種の一つ。属性攻撃に高い耐性を有しており、魔法戦が得意。反面、物理攻撃に対してすこぶる弱い。


 アルヴィースの種族、邪鬼。鬼種の一種。圧倒的な身体能力を有しており、一夜で千里を駆けるとまで言われている。

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