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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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ロサ公国の国是

 馬車が止まり、シドとカルバリーが馬車から降りる。彼らの目の前には分厚い銀燭の扉があり、その前に防寒具に身を包んだ兵士が複数、巨槍と巨盾に身を固めて立っていた。ロサ公国の極北、首都ヴェートラストの守護者、引いては銀の城カスト・グアンザムの守護者であるだけに彼らのレベルが高いだろうことはその雰囲気と威風堂々とした態度、何より一切警戒の目を緩めない姿勢から二人は肌で感じ取る。


 「堅牢だな。特にあの門、あれって西の王者(デューン)が作ったんだよな。俺らが壊せない数少ない物質だよな、西の王者製の建築物」

 「ええ。まぁリドルさんか、セナであれば壊せるでしょうけど」


 「あいつらは論外だからいいんだよ。問題はあの扉が閉じられたら俺らは外にでる術を失うってことだ。見ろよ、この城の構造」


 シドに促され、カルバリーは視線を門から白銀の城壁へと移す。開放感を一切感じせない鉄格子がはまった窓が並んでいる。無数の尖塔にはそもそも窓すらない。多くのアスカラ地方、オルト地方の古い城砦に見られる開放的な華美さは一切なく、閉塞した刑務所を思わせる重圧感を帯びた建造物、それがカスト・グアンザムだ。


 古の時代、雪中凍土の寒波を耐えるために築かれた西の王者達の最上級の遺物。この城に比肩する城は現在の大陸東岸部にはアスカラオルト帝国の首都たる聖都ミナ・イヴェリアとアスハンドラ剣定国の旧都ザルズ・アルハザード以外に存在しない。あえて言おう。この城を破壊できる力は今のアインスエフ大陸には存在しない。


 ——仇敵である指輪王アウレンディルですらそれは叶わない。


 「ここに首都を構えた初代ロサ公国公王ダハト・ビョールは懸命だよ。なにせ首都と言いつつ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉にカルバリーは頷く。ついさっきまで彼らが乗っていた馬車は首都ヴェートラストの大通りを走っていたが、その街並みは多くが予想する市井の活気にあふれたものではなく、街のいたる場所に30メートルを超える巨壁があり、巨壁の城側には階段はもちろんのこと一切の装飾がついていない無機質な角柱状の建物が建っており、いくつもの篝火の明かりが窓から漏れていた。


 銀の城へ通じる大通りもまた途中で意図的に作ったとしか思えない傾斜や段差があり、騎馬で駆けるならまだしも馬車や荷車といった車輪を用いた移動手段は減速するしかない。それに大通りと言っても幅はせいぜい騎馬が四騎並走できるかできないか程度、左右の異様に高い建築群からもし矢でも浴びせられればその突撃力は大いに減退し、矢継ぎ早にバタバタと倒れることは請け合いだ。


 公城を囲む市街区全てが巨大な防衛都市となっているなど実際に足を踏み入れるまで、シドとカルバリーは考えもしなかった。軍事力に国力の多くを費やした末路、今まさに滅びゆく荒廃した国家の落葉を見ているようで胸をしめつけられる。


 国家が経済力ではなく軍事力に予算を費やすようになればそれは国家の終末期を表す。単純な話、鎖国国家であるロサ公国は内需の国だ。本来ならば自給自足を心がけ、国内の消費を活発化させる必要がある。そのために必要なのは大規模な生産施設、ではなく再生可能な土壌を整えることだ。有り体に言えば日本(田舎)江戸時代(石器時代)のような社会である必要がある。鮭一匹とて無駄にしない完璧な節約社会、その社会において軍事とは雑音(ノイズ)以外の何者でもない。


 「そのようなこと、陛下であればおわかりでしょう。なぜ軍事に多く国費を費やすのですか?」


 玉座の間、ではなく城内に設けられた広い大部屋。長机が部屋の中央に置かれ、その上座にロサ公国公王ヘルムゴート・ビョールⅢ世が座り、近い席にシドとカルバリーが、対面には渋い顔を浮かべるバークロア上級伯とロサ公国軍将軍であるエルランド・オーリーンが座っていた。室内であるというのに寒々としており、ヘルムゴートの背後で燃える暖炉は紫色の火を微細に灯し、寂しくパチパチと薪を砕いていた。


 謁見を終え、案内されたこの部屋は暖炉の炎と燭台に飾られた蝋燭に灯る火以外に光源がなく、とても暗い。シドやカルバリーがバークロアの渋面を拝むことができるのもひとえに彼らの目の前に置かれた五つに分かれた燭台に差された蝋燭の光源のおかげだ。その灯火もゆらりゆらりと不規則に揺れるものだから眠気を誘い、まぶたを重くさせる。


 その眠気をシドの鋭い指摘が吹き飛ばす。礼節を欠いた不遜な指摘、おおよそ他国の元首に向けるおだやかならざる言葉に列席していたカルバリーやバークロア、エルランドなどは冷や水をかけられたように驚き、視線をシドとヘルムゴート交互に向ける。口ではシドの不遜をいましめ、あるいは非難の声を彼らはあげる。だが内心では洪水のような冷や汗をかいていた。カルバリーはシドの軽挙妄動に、バークロアとエルランドはヘルムゴートの癇癪過多に、それぞれ心臓の高鳴りが止まらなかった。


 しかしそれは当の本人達には伝わらない。シドは心底楽しそうに、ヘルムゴートは野獣の如く瞳をダイヤモンドのように輝かせ、互いの間で交わされる言葉の応酬を楽しんでいた。


 「——であるからして、貴国の土地の性質を調査する機会をお与え下さい。同緯度に属しているならば我が国と貴国の土壌の性質には似通っている部分が見つかるはず、というのが我が国の地質学者達の見解です。特に我が国では」


 「都合のいいことを言う。土地の調査とはつまり、貴様の国が無節操に我が国の土地の恵みを犯す、ということではないか。創造神エアの恵みを奪うなど帝国に、界国に比する蛮行よ」


 「無論、調査する土地は貴国の支持に従うことをお約束しましょう。また発見した新たな資源は優先的に貴国にお譲りすることを」


 「随分と愚かだな、才氏(アイゼット)シド。貴様は我が国の国是を馬鹿にしているのか、それとも無知か?建国以来、我が国は常に鎖国体制を築いていた。この国是を捨てよ、と?」


 無理だな、とシドとカルバリーは心中で同じ答えを出す。500年の国是と言えば聞こえはいいが、言い換えれば500年の呪いということだ。呪いは長ければ長いほど相手を縛り、その毒素は体を蝕み続ける。解毒をしなければいつまでも。


 ロサ公国の初代公王ダハト・ビョールは500年前、度重なる亜人種の侵攻と人間同士の騙し合いに嫌気が差し、ボラー連峰のはるか向こうにあるザルグ=ハフティス半島に拠を構えた。そして大陸の争いに巻き込まれないため、一切の関わりを断ち、500年の長きにわたって鎖国体制を貫き通した。しかしその鎖国体制も近年では揺らぎつつある。


 「陛下もご承知の通り、アスカラ=オルト帝国は建国以来、何度も貴国に侵攻しております。前進であるオルト帝国の頃よりです。今はまだボラー連峰と山麓に築かれたゼリフ要塞によって防ぐこともできましょう。しかし、貴国の国力が衰えれば、まともな防衛策すら取ることはできません。国家の礎たる国民を蔑ろにした軍事拡張など、死期を早めるだけです!」


 声を張り上げ、シドは熱弁する。しんしんと降る雪がなびくような叱咤、おおよそ他国の王族に向けるべきではない激しい義憤の声にヘルムゴートの眉間に皺が寄った。


 「……貴様、いささか口が過ぎるな。余の逆鱗をこうも無作法に撫でてくる輩はそうはいない。清々しいほどにな」


 「陛下。敢えて進言させて頂きます。この国はその長きにわたる眠りから目覚めねば遠くない未来、餓死しますよ?是非、懸命なご判断をお願いします」


 「ほざけ。ただ貴様は我が国を帝国に対する北の脅威にしたいだけではないか」


 低いこちらを威圧する声でヘルムゴートは唸る。彼が机を3度、叩くと閉まっていた扉が開き、武装したロサ公国兵がズカズカと中に入ってきた。彼らはそれぞれシドとカルバリーの両脇に立つと彼らに起立を促す。シドとカルバリーが立つと両者の手首に手錠を付けられた。


 「——侘びよ。さすれば貴様らの身柄、無事に我が国より出国させてやらんこともない」

 「陛下、どうか懸命なご判断を」


 「連れて行け」


 ヘルムゴートに命令され、兵士達はシドらを連れ、退席する。後に残ったのは気まずい空気、冷たいバークロア、エルランドの視線がヘルムゴートへ刺さる。それをヘルムゴートは無視し、厳しい表情のまま、暖炉へと振り返り、燻っていた炎を踏み潰した。


✳︎

用語解説


※西の王者デューン:アインスエフ大陸西部に住んでいた人々。エレ・アルカンとは起源を異にする人間種。界国イスカンダリア成立以前に西の王者の一部が大陸東部へ移り住んだ。すぐれた建築技術、造船技術を有しており、かつては西海の覇者と呼ばれたが、アンデルンやドォワといった闇の軍勢に敗れ、その技術の多くが失伝し、血統は散失した。


 現在、西の王者の血を引いているのはローハイム王国やアン=ホッジ王国など、大陸西部の界国周辺国家に限られる。また遠縁かつ薄くはあるが、大陸西部の最強の人間国家であるアイヴィス連合王国が西の王者の末裔に当たる。

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