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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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斬首断行

 ダダダと壁上を走る騎兵の一団が屍兵の集団に迫る。帝国正規兵の赤を基調とした装備とは異なる藍色を基調とした鉄兜(ヘルム)完全鎧(フルプレートアーマー)、無骨な大斧(ハルバード)を右手に携え、柄が長い大鉈を左手に握り、腰の体幹だけで騎馬を操る異色の騎兵隊。それが戦場へ姿を現した時、さながら白衣の大空に正円が空いたような衝撃が伝播した。


 藍色の騎兵達は真っ直ぐ、群がる屍兵めがけて走ってくる。両手に持った明らかな凶器を大きく振り上げ、それをさながら棒切れを振り回す感覚で軽々と屍兵の頭蓋に叩きつけた。血の代わりに骨片が宙を舞う。片っ端からモグラ叩きのように飛び出そうとする端から切り伏せられ、あるいは叩き伏せられ、真っ二つにされ、屍兵達は笑う間もなく砕け散っていった。


 飛びかかり騎兵を落とそうとする屍兵もいた。事実手綱を握っていない騎兵は片っ端から落とされ、鎧の隙間から刺されもした。苦しむ声、悶える声、滂沱の絶叫があちらこちらから鳴り響く。騎兵と突撃力はあるが、防御力はからっきしだ。一度引き摺り落とされた騎兵はただの歩兵と変わらない。それも敵中ど真ん中に孤立した騎兵だ。落ちた騎兵は両手の大斧と大鉈を振るうが、それは焼け石に水、群がる屍兵は瞬く間に奮戦する騎兵を屠殺した。


 さりとて騎兵の突撃力は強力だ。藍色の騎兵団の強襲は登ってきた屍兵を次々と葬っていく。圧倒的な力量(レベル)差、そして熟達した軍団技巧(レギオンアーツ)の有無が騎兵団と屍兵集団の間にはあった。騎兵団が突撃の際に使用した軍団技巧「鐡撃(ザルカン)」は突撃力と速度が飛躍的に増加する技巧(アーツ)だ。主に騎兵によって運用され、その突破力と速度によって敵を蹂躙することを主眼に置いている。


 熟達の騎兵らによって運用される「鐡撃」の一撃はまさに戦場の濁流、あるいは戦場の稲光だ。もたらされる衝撃と戦塵によって瞬く間に敵集団は一掃され、後に残るのは原型をとどめていない肉塊、遺骸とすら言えない塵芥だ。


 「——いやーおっそろしいですな。くわばら(Baster)くわばら(baster)。話に聞く藍鷹(あいよう)騎兵団。一撃の重さが一般歩兵とは大違いだ。まさに(くろがね)(かいな)、誉れ高き帝国の穂先ですな、伯爵様」


 城壁都市第八管制区を象徴する大鐘楼。平時はイムガムシャ軍の襲来を管制区全体に伝える重要な役割を担っており、叩くとその壮大で雄大、晴天を拝んでいるような轟く音色を奏でる。もっともその美しい音色が敵襲の合図である以上、呑気に楽しむこともできないのだが。


 その大鐘楼のかねつき部屋のさらに上、物見矢倉とも呼ぶべき円筒状の空間に二つの影が見えた。一人はまさに壁上を自在に走破する藍鷹騎兵団の奮戦を眺めながらニタニタと笑うギザギザの歯を剥き出しにする人間離れした容姿の男性、もう一人は見事に真っ白な美髯の老爺で、隣に立つギザギザの歯の男とは対照的に華美な鎧をまとっており、腰にはこしらえが見事な剣を帯剣していた。


 「特にあの軍団技巧、あれは見事な出来栄えですな。自分の母国でも似たような戦術を使うことはありますが、軍団技巧をああも見事に扱うことはできませなんだ。集団戦闘のエキスパートたる帝国ならでは、ですな」


 「まるで堰を切ったように饒舌になるな、ゲーテ。その容姿ゆえにミナ・イヴェリアでは窮屈をさせたことは詫びるが、それはそれとして慇懃な物言いだな」


 「おお、伯爵様これは手厳しい。私なりに褒めているのですよ?ええ、本当に。ま、私の手にかかればどちらも一瞬で瞬殺ですがねぇ」


 慇懃無礼にギザギザ歯の男は歯を剥き出しにして笑みを浮かべた。瞳は黄金、肌は色素を失ったように真っ白だ。髪の毛の色だけはヘーゼルブラウンと妙に普通で、それが余計に男の容姿の異質さを際立たせていた。格好もまた奇抜だ。城壁都市というアインスエフ大陸東岸部一物騒な都市において、無数の円形の金属アクセサリが付いた黒いポンチョを身にまとい、破れた帽子を被った長身の男。奇抜に奇抜を重ね、いっそ異質だ。しかし彼の上司と思しき白い美髯の老爺は平人と接するような温和な口調、棘も侮蔑も嘲りもない感情のない声でギザギザ歯の男の言動をたしなめた。


 「弱者を嘲るな。弱者とは常に多数派だ。基本的に彼らは糾弾することしかしないが、時としてその甘美な液に浸りながら人だって殺す。いつだって最も残虐なのは弱者だということを忘れるな。すぐ殺せるからと彼らの存在を軽視してはならん」


 「……失礼いたしました、伯爵殿。少々言動が出過ぎたようです」


 「ああ。謝罪を受け入れよう。最も、君が真に謝罪すべきは今まさに獅子奮迅の活躍をしている壁上のすべての兵士に対してなのだろうが、そんな手間をかける余裕はない。さて、ゲーテ。話は変わるが、この後の戦況を君はどう見る?」


 再び視線を壁上へ向け、老爺は話をゲーテと呼ばれたギザギザの歯の男に振った。わずかな逡巡の仕草を見せた後、ゲーテは口を開いた。


 「このまま行けば第八管制区は()()()()()侵攻を食い止められるでしょうな。第四将軍トーマ・ハモンが先日多大な犠牲を被った第九管制区の補充に出払っているとはいえ、やはり帝国軍は将官から一兵卒にいたるまで優秀だ。——イレギュラーさえなければむこう10年はこの大城壁が破られることはないでしょう」


 「イレギュラー。確か不安要素という意味だったか?そのような存在が現れる可能性がある、と」


 「いつだって可能性はありますよ、そりゃ。ゼロはありえない。ゼロっていうのはこの世のあらゆる障害すべてが消え去った時に初めて口にできるセリフですよ」


 「確かに。だが今日のところは無事に侵攻を防げたようだな。聞こえるか、この勝ちどきを」


 ええ、とゲーテは頷き、壁上から轟くときの声に耳を傾けた。まさに勝利の凱歌だ。戦場の終幕を飾るのはやはり()()()()。美姫の美声でも、軍楽隊の壮大な古代音楽でも、皇帝を賛美する歌でもない。けたたましく、うるさく、耳障り、しかし力強いあの男達の激唱こそふさわしい。


 「——勝ったようで何よりです、伯爵様。損害も軽微でしょう。人員補充の面で多少は区長と将軍様が揉めそうですが、まぁ許容の範囲かと。いざとなれば伯爵様が、ん?」


 何かを感じたのか、背を向けかけていた首をゲーテは戻し、今まさに勝利に湧き立つ壁上へと向けた。


 「どうした、ゲーテ」

 「何か来ます。この感覚は、おそらく死将ですな」

 「なんと」


 ゲーテの言葉にそれまで伏せていた両眼を老爺は見開き驚いて見せた。それは決して演技などではない。本当に老爺は驚いていた。それほどにゲーテが口にした「死将」という言葉は第八管制区、引いては死霊国イムガムシャと領地を接している人間にとって看過できない、悪魔のキーワードだ。


 死霊国イムガムシャの最強の戦士、それが死将。強さにおいては帝国六大将軍を凌駕し、死将に葬られた大将軍は数知れない。大将軍直属の精鋭部隊と共にことに当たってようやく五分五分、いや勝率四割弱といったところだろう。それほどの脅威、壁上の兵士をいくら束ねたところで勝つ要素は万に一つもない。


 「まずいな。今の第八管制区の駐在兵は五万ほど。死将がその暴威を向ければ一瞬で砕けるぞ」

 「ええ、まずいですね。どうします?逃げます?」


 「バカを言え。ゲーテ、なんのために君がいるんだ?君がというか私の私設兵が、という話だが」

 「わかりました。すぐに向かいます。さすがに死将を暴れさせるのは不味すぎますからね」


 そう言ってゲーテは高さを考えず、物見矢倉から飛び降りた。まるで猿だな、とそんな無鉄砲すぎる彼の後ろ姿を見つめながら老爺は盛大にため息を吐いた。


✳︎

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