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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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ロサ公国の歓待

 「う、寒い」


 そう呟いたのは誰だったか。12月のトーリンの海北部、海が凍るばかりか、絶えず雹風が吹き荒れるせいで帆に穴が開くどころかマストが折れる船も少なくはない。すでにロサ公国へ向かう三隻の船は帆をしまい、艦底部からオールを出してこの氷雪が止まない海を手漕ぎで前進し続けていた。


 前方から吹き荒れる氷雪は数メートル先の景色すらその白いベールの中に閉ざし、全く前の状況を掴むことができず、今の使節団の状況は完全に霧中にいることと同義だった。もしコンパスがなければ今頃は遭難していたかもしれない。一路北西に向かって走る船は何度となく氷塊にぶつかり、それを砕きながら前進し続ける。


 船員達の表情は張り詰め、帰ろうにも帰れない状況に彼らはただ前進することにのみ希望を見出していた。いや、見出さざるを得なかった。ヤシュニナ海軍の屈強な兵士である彼らであっても怖いもの知らずというわけではない。希望を見出せるならなんでもよかったし、ましていつ、どこから、どんな、海洋生物が出てくるかもわからない状況は一刻も早く陸地に着きたい、と思わせたことは想像に難くない。


 「うーん。ちょっとだけ予想が外れたかな。この吹雪は予想外だ」


 その中にあって、甲板で前方確認をしている船員達が寒さで肌がかじかみそうな状況にあって界別の才氏(ノウル・アイゼット)シドはバルコニーの上で呑気にコンパスを眺めていた。それを忌々しげに彼の副官である純黒の師父(ヘテル・ベクトマーフ)カルバリー・ギジドは睨みながら盛大に白い息を吐いた。


 イスキエリという受肉した精霊種であるシドは寒波や熱波といった地形効果によるダメージを受けない。一応寒さや暑さを感じることはあるらしいが、それは人間が感じるそれとはかけ離れていて極めて言語化が難しい、とシドが言っていたことを思い出しつつ、真冬の吹雪の中、コートも着ずに仮面だけをかぶった自分の上司をカルバリーは心底化け物だな、と思っていた。


 カルバリーはシドの素顔を知っている数少ない人間だ。獅子おどしのような白い毛がついている山羊の頭蓋を模した仮面を被る彼の上司の一挙手一投足がカルバリーをどぎまぎさせずにはいられない。今は人の姿をとどめているが、()()()()()()()()()()()()()()()()。ある意味ではリドルよりもシドが切れた時の方がヤバい。


 「随分と余裕なのですね、シド」

 「そう見えるならそれは重畳。俺の誤魔化し具合がうまいってことだからな」


 「つまり、内心めっちゃ焦ってると」

 「お前も変わらず可愛げねーなぁ」


 いえ恐縮です、とカルバリーは深く被ったとんがり帽子の縁に触れた。静謐な雰囲気を漂わせる無感情の表情で彼は淡々とシドに応対していた。無礼を無礼と思っていない、そんな人間にありがちなとぼけた調子、だからこそカルバリーがシドの副官を長年務めているのかもしれない。


 「とはいえだ。さすがにこの吹雪はいただけないな。そろそろ晴らすか」


 いい加減左右に揺れる船の上でコンパスを眺め続けることに飽きたのか、唐突にシドはそんなことを言い出した。できるなら早くやれよ、とカルバリーは心の中でぼやくが、もちろん口外はしない。自分の上司にもしそんなことを言ったら「じゃぁやらない」とか言い出しかねない。普段——この場合の普段とは庁舎で仕事をしている時という意味だ——は極めて冷徹かつ事務的、悪辣な政治屋をしているシドだが、本質はいたずらっ子気質の悪餓鬼だ。相手が嫌がることは率先してやるし、それをやめてくれと懇願する姿を見てさらに悦に入るという量産型悪童の典型例だ。


 素直に黙っていた方がいい。そう判断し沈黙をカルバリーが守った甲斐もあり、シドはどこから取り出したのか黒真珠で作られた杖を取り出すと魔法の行使のため、天高く構えた。彼が短縮詠唱(クイックキャスト)で魔法を詠唱するとたちまち、天がうねりをあげ、さながらブラックホールのように吹き荒れていた吹雪を吸い込み始めた。


 属性系魔法使い(エレメンタラー)と精霊種の複合頂点であるイスキエリはそれぞれが極めてきた属性魔法を表す色をその二つ名に冠し、同時に色は「概念属性」という「SoleiU Project」内での最強属性を使うことができることを意味している。


 有名どころならば「灰」は「智識」を、「白」は「真理」を、「青」は「自由」を、「茶」は「自然」の概念属性に属している。概念属性による攻撃はそれ以下の属性、例えば炎や水、雷などの下位属性による防御を、あるいは攻撃を貫通し、作用する。そしてシドの色である「黒」が示す概念属性は「厄災」、地震、豪雨、暴風、豪雷、噴火、津波、寒波、熱波、旱害、寒害、病魔にいたるありとあらゆる自然災害を司る最も忌むべき概念属性を彼は使う。そんなシドにとって吹雪を晴れさせることなど、児戯に等しかった。


 一瞬にして吹雪は止み、天高く昇った太陽が白雲の中から顔を出す。晴れ渡った空は暖かくそれまで頑張っていた船員達を照らし、そして、同時に彼らに気づかない方がよかった命の危機を教えてしまった。


 「おい、あれ!」


 甲板にいた船員の一人がとある方向を指差した。全員の視線がそちらを向く。吹雪が晴れたことで緩んだ口角はその視線の先にあったものを見て一瞬で再び引き締まった。奥歯を噛み締め、護身用のナイフに手が伸びた。


 彼らの見つめる先には切り立った黒い岸壁が見えた。まるで大地が根こそぎ海底に沈んだかのような印象を受ける登ることが不可能だと一眼でわかるほど長く高い岸壁、だがそれならば船の中から梯子なりを持ってきて突貫で足場を作る工事をしてしまえばいい。その程度のサバイバルスキルはヤシュニナの兵士ならば誰もが有している。問題は岸壁の上だ。


 岸壁の上には槍と盾を装備した無数の兵士が立っていた。彼らは全員頑強そうな全身甲冑に身を包み、フルフェイスヘルムを被っているせいで表情を窺い知ることはできない。ただの海賊、盗賊の類でないことはその装備の充実具合から一目瞭然、ならば彼らはなんだ、と考えるのが人情だろうが、そんなことを考えるまでもなく、全身甲冑の兵士達の頭上でひるがえる旗が答えを示していた。


 海原のからの風でひるがえる旗には「蛇の尾を持つ鷲」が刻まれ、鷲の背後には二つの槍が交差していた。あからさまに強権的で、物騒な国旗、そんな旗をひるがえす国など一つしか存在しない。


 「——ロサ公国重装歩兵隊、か。なんだってこんなところに」


 崖の上の甲冑兵達を見てシドが疑問をこぼす。ロサ公国を代表する二本の槍、その一端を担う重装歩兵は身長に軽く倍する長槍と非常に分厚いタワーシールドが特徴的な兵種だ。極寒の地ゆえか、密閉度が以上に高い甲冑に身を包み、そのせいで動きは緩慢だが防御能力において大陸屈指だ。槍のもう一端、重装騎兵と連携をすることで初めてその真価を発揮するという性質上、重装歩兵隊が単独で動くことはありえない。ましてあんな切り立った崖の上で待機状態を維持しているなどカカシ以外の何者にもなれない。


 「何かあるぞ。全員けいか……うぉ!!」


 直後、船が揺らぐ。船が左右に揺らぎ、ギギギギと上げてほしくない異常な軋む音をあげていく。そしてその軋む音に紛れ、船員達が履く革靴とは異なる鉄靴の音が聞こえたことに唯一カルバリーだけが気づき、その黒いマントの裏に隠していた()()()()()()()()()()


 普通の人間ならば両腕があるはずの肩部から突き出しているのは俗にロボットアームと呼ばれる無骨な無数の義手だ。一つ一つは非常に細く、厚さにして数センチ程度、一見すると非力に見えるが、しかし義手の一つ一つはその手に明らかに過剰殺傷を目的とした巨大な銃口を持つ大小の銃器を握っていた。それが銃の結界とも言うべき円を形成し、いつでも射撃できるように体勢を整えていた。


 突然のカルバリーの臨戦体勢に船員達は一瞬だけ動揺するが、すぐに自身らも腰のナイフを引き抜き、周囲へ警戒の目を向け始めた。わずか数秒にして臨戦体勢を整えたヤシュニナ兵、その彼らめがけて船内から、あるいは氷海の中から飛び出してくる影があった。


 いずれも鉄靴を履き、鉄仮面を被っているのが特徴的な軽装兵で、その手にはマチェーテと思しきトップヘビーの斬器を手にし、近くにいたヤシュニナ兵に斬りかかる。ナイフで受け止めようとするが、単純な膂力の差か武器の差か、いずれも打ち合ったと同時にヤシュニナ兵が切り捨てられた。鮮血がほとばしり、場の空気が氷結する。


 「技巧(アーツ)駆動弾道(レイトゥス)


 場の空気が凍りつくと同時にカルバリーは空へ飛ぶ。そして上空で銃を構え、赤い軌跡を描く銃弾を放った。弾丸は不規則な軌道を描き、その全てが外れることなく正確に襲撃者達の頚椎を射抜いた。何をされたのかわからないといった様子で倒れていく襲撃者達、そしてそれを確認したカルバリーは続けて銃口を崖の上から俯瞰し続ける重装歩兵に向けた。


 「技巧:紅蓮(ヴィヌ)


 カルバリーの持つすべての銃器が朱に染まる。その瞳には確かな殺意があり、引き金を引く指に一切の躊躇いがなかった。


 「くたばれ」

 「——いや、落ち着けって」


 迅撃。突如としてカルバリーの背後に現れたシドはその一言と共に彼の頭蓋めがけて黒真珠の杖を思いっきり叩きつけた。あからさまな不意打ちにカルバリーは対応できず、そのまま彼の体は甲板に叩きつけられた。


 「なにを」

 「いや、落ち着けよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。とりあえず落ち着け。まだ数えられる人数しか死んでいない時にな」


 黒真珠の杖をカルバリーの喉に押し当て、シドは自重をうながす。背を甲板につけたままのカルバリーは納得しつつも、同意できないといった複雑な表情を浮かべ、シドを睨んだ。だが彼とて止めたくて止めているわけではない。交渉のテーブルに着くために仕方なくやっていることだ。


 ギロリと仮面の向こう側からシドもまた崖の上の重装歩兵達を睨む。未だに動きがない彼ら、一体彼らは何を逡巡しているのだろうか。想像はいくらでもできる。だが確証はない。情報が欠如した状態で交渉に臨むことなどできなかった。


 「——見事、いや見事だ」


 緊迫する空気の中、崖の上から声がした。重装歩兵の列をかき分け、黒髪に美髯の男がその声の主だ。しかしそれは崖の上からの声というにはあまりにクリアに、あまりに適度な音量だった。キッとシドは重装歩兵の列をかき分け、現れた声の主を睨んだ。


 声の主の外見年齢は40から50。騎乗し、豪奢な衣装に身を包んでいる以外に目立つものはなく、強いて言うなら若き日にはさぞ儚げな雰囲気を漂わせる美青年だったのだろう、ということぐらいだろう。シドはスキルで相手のレベルを測り大体10レベルくらいと結果が返ってきた。ある程度の武の心得はあるのだろうが、周りの重装歩兵らのレベルが30から36ということを考えると、後方の指揮官か貴族かのどちらかなのだろう。


 「私はロサ公国上級伯爵、ヴェルドット・ギン・バークロアだ。先ほどは失礼した。我が国の国是でな。国土に侵入した者はいかなる理由があれ、生かして返すわけにはいかんのだ。——だが、見たところそちらは争いを臨むでもない様子、その武勇を讃え、此度は見逃そう。早々に船を返すがよい」


 つまりは見逃す、ということ。だが実際のところは勝てないと踏んだからだろうな、とシドは仮面の裏側でほくそ笑んだ。見たところ崖の上の重装歩兵の数は二百か三百。シドとカルバリーが協力すれば瞬殺できる数だ。敢えて自分達の強さを誇示しつつ、寛容な態度を取ることでさっさと相手は話を終わらせようとしている。そう踏んだシドは敢えて仮面を外し、大声で踵を返そうとしたヴェルドットを呼び止めた。


 「お待ちください、バークロア上級伯爵殿。私はヤシュニナ氏令国にて氏令職に就いております、界別の才氏シドと申します。我々は貴国と国交を結びたく馳せ参じました。どうか貴国の王陛下と御目通り願いたい!」


 仮面をつけたままの男を一体誰が信じるのか?答えは否だ。あくまで真摯に、そしてややずうずうしく。相手がこちらの実力を警戒しているからこそ、今畳み掛けるべきだ。


 くるりと向き直ったヴェルドットは渋い顔を浮かべる。それは当然だろう。他国の人間、それも名前のある役職に就いている人間がずうずうしくも自分の王に会いたいと言ってきているのだ。こんな閉鎖国家の人間だ。王への忠誠は他国よりも人一倍強いだろう。


 「それについてはすぐに返答することはできない。だが貴殿の申し出は承った。すぐに王陛下へ使者を送り、お伺いを立てようではないか」


 「ありがとうございます。上級伯爵殿の寛大なお心に深く感謝いたします」


 頭を下げるシド、それに倣い他のヤシュニナ兵も頭を下げる。下げたくもない頭を下げる。


 その日、ヤシュニナ歴153年12月4日、ヤシュニナの建国から初めて、ロサ公国との間で正式な交渉の場が設けられた。


✳︎

キャラクター紹介


・カルバリー・ギジド)レベル149。種族、テクノロイド・サーパス。趣味、魔銃の物色、機械いじり。好きなもの、仕事、後輩育成。嫌いなもの、シド、セナ・シエラ、船旅を含めた旅行全般。

 シドの部下。かつて同じレギオンに属していた。その時はリドルとよく行動していた。正義感が強い。

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