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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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アスハンドラ剣定国

 ヤシュニナ歴153年、12月10日。寒風吹き荒ぶ氷海から一変した温風が和やかに吹き抜ける南国、アスハンドラ剣定国に隻腕の軍令(ジェルガ)である王炎の(エヌム・オカロス・)軍令(ジェルガ)リドルは足をつけた。船から降り立った彼を出迎えた初老の男性は深々とその来朝を礼賛し、また膝を屈してお辞儀をした。それを見てもリドル側の人間にも、アスハンドラ側の人間にも一切の動揺は見られない。それを当然のこととして受け入れ、リドルもまた軽く会釈をした。


 アスハンドラ剣定国とはそういう国だ。この国にとって剣聖リドルは剣王に次ぐ影響力を持っていると言っても過言ではない。そのリドルが来訪するならば普段は筆頭大臣を務めているベニート・ミルハウスがわざわざ寄港する港に出向き、歓待の責任者になることも不思議ではない。


 「時に剣聖様。本来訪の目的はすでに存じ上げておりますが、これはまことでございますか?」


 首都シウスへ向かう馬車の中、べニートはおずおずとリドルに質問を投げかけた。それに対して赤髪隻腕の剣聖は無言のまま頷き、次いで彼の隣に座っていた錠鎖の(カステリオル・)典父(ハルマーフ)イェルハルトが声をあげた。


 「その件につきましては(わたくし)、錠鎖の典父イェルハルトからご説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 「無論です、典父(ハルマーフ)イェルハルト。できれば事前に話の内容を整理してから剣王様にお伝えしたい。こちらも今は色々と面倒ごとが多く、なるべく時間のかかる話し合いや擦り合わせはすっ飛ばしたいものです」


 ベニートはそう言うと鼻を鳴らし、忌々しげに東を睨んだ。正確には睨んでいるのは東の海だろう、とリドルもイェルハルトもなんとなしに予想する。ベニートが言う「面倒ごと」とはセルファ(C.E.L.F.A)のことだということは二人の間で想像に難くない。先代の剣王がセルファとの戦争で亡くなっていることを考えればアスハンドラにとってセルファが忌むべき相手であることは明白。そこを突けばアスハンドラが自分達(ヤシュニナ側)になびく可能性は大いに高い。


 リドルという大きすぎる戦力が来訪していることもこれからする話の信憑性を増している。単騎でリドルに勝てるような存在はこの東岸部では存在せず、さながら弓矢の鏃のように対セルファ戦の最前線に放り込むだけでセルファの五千や九千は軽く殲滅できるだろう。それくらいにはバランスブレイカーな存在なのだ。


 「ミルハウス筆頭大臣のおっしゃること、まさにその通りであると愚考いたします。ですので予めこちらに重要事項についてまとめさせて頂きました。どうぞ御見分を」


 傍に抱えていたバッグの中から紙束を引き出すと、その内数枚をイェルハルトはベニートに手渡した。手渡された書類に書かれていた内容は要約するとヤシュニナとアスハンドラの軍事同盟に関するヤシュニナ側の要求だ。主に両国間での軍事力供与の幅とその発動条件、数年に一度の条約更新のための会議の開催などが記されている。


 その内ある一点、東岸部三カ国の要項を見て、ちらりとベニートは書類から顔を上げ、イェルハルトを見つめた。イェルハルト、もとい非人間種である獣人種の狸人種(ラークン)を見つめ、目を細めた。


 「東岸部三カ国、これはチルノ、ミルヘイズ、クターノの三王国を示しているもの、と考えてよろしいか?」

 「他にどの三カ国があるというのですか。おっしゃる通りです。我々は帝国に抗するため彼の三カ国とも軍事的な同盟を結びたいと考えています」


 「獣人種、もとい亜人種である貴殿がそれを言うといささか冗句のように聞こえますな。ああ、失礼。別に他意はないのです。我が国にも獣人をはじめとした亜人は大勢いますので。しかしそうなると少々難しくなりましたな。特に我が国とクターノは領土問題を抱えている。あの国と同じ同盟の枠組みに入るとなれば、それは火種になりかねませんぞ」


 承知しています、とイェルハルトは頷いた。アスハンドラとクターノの国境付近、すなわちアスハンドラで言うところのジル州とゴッドアーナム州は元々クターノ王国と実根の間柄だったナバロ王国の領土だった。しかし、そのナバロ王国は国内での人気取りのため、アスハンドラに喧嘩を売り、完膚なきまでに敗北した末、逆侵攻を受けてしまい崩壊、国土をアスハンドラが併合することになった。


 そうなると気が気でないのは国境を接することになったクターノ王国だ。大陸においてアスハンドラの剣士の技量は勇名を轟かせている。そんな国と国境を接することになるなど、自らの牧場の近くに狼が蠢動するようなもので、国防の観点から当然看過できなかった。とはいえ悪いのは勝手に攻め込んだナバロ王国であり、真に糾弾すべきはナバロだ。いくら国防上の重大な問題とはいえ、下手に撤兵しろ、国土をナバロ王国へ返せとも言えなかった。だがここでクターノをアスハンドラとの争いに巻き込んだのがナバロ王国、もとい旧ナバロ王国国王ダッドヴィン・ド・ナバロ王だ。


 戦況が悪化するとさっさとクターノ王国へ亡命したダッドヴィンはどのような形であれ国土を取り戻すために、自国の領有権をクターノ王国に譲渡してしまったのだ。クターノからすれば本当に寝耳に水もいい話で、関係あるが関係ない話だったアスハンドラとナバロの争いが、名実ともに関係ある関係しかない話にすり替わってしまったのだ。以来30年、アスハンドラとクターノの間では名ばかりの領土問題が起こっている、という話だ。


 「クターノ王国にはかつてのナバロ王国の縁者がまだ生きており、その縁者はさらに帝国にまで魔の手を広げている有様です。クターノとしてもメンツがありますから退くに退けず、こちらも正当な手段で併合したのですから退く謂れはありません。この問題の仲裁を同盟がなった暁にはしてもらえるのでしょうか、軍令リドル」


 それまで応対していたイェルハルトからリドルへベニートの話に矛先は向く。ここで自分が出しゃばるわけにはいかない、と考えたのかイェルハルトは無言を貫き、視線だけをリドルへ向けた。自分が何か言わなければ話が進展しない、と察したリドルは僅かな逡巡の後、静かに頷いた。


 「可能な限りしましょう。我が国としても両国の間で起きた不和には憂慮しておりました。可能な限り両国が納得する形で話を収めるように邁進する所存です。無論これは口約束ではなく、正式な取り決めとしてです。此度の軍事同盟を結ぶにあたって条件に加えさせましょう」


 全権大使であるリドルは今回の交渉において様々な特権が認められている。時として過大な条件を軍事同盟を結ぶにあたって交わされることも想定したからこその配慮だ。もっともそんなことはリドルにとってはどうでもよくて本国の官僚共がなんとかするだろう、とかなり人任せに今口にした内容も考えていた。


 だがそんな口約束のようなものでもベニートはありがたいといった面持ちで受け止めていた。ひとえに剣聖として誠実であり実直、公明正大なリドルの人物像が信用されてのことだ。


 「そういえばこの戦力供与にある軍艦の供与、とは一体どれほどいただけるのでしょうか?ご存じかもしれませんが、我が国はセルファとの海上戦で苦労しておりまして、軍船を一隻でも多く欲しているのです」


 「存じております。実はそれについて少々お話ししたいことが……」


 かくしてアスハンドラ剣定国は巻き込まれていく。一人の尊大な魔法使いの思惑に、一人の苛烈な大臣の思惑に、一人の排滅的な王の思惑に。


 「——この兵器が投入されれば、一気に失地した国土を回復することもできましょう」


✳︎

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