龍面髑髏襲来
「どうなっているんだ!」
甲高い声が混乱を極めた船内で反響した。声の出どころは言わずもがなテリスだ。安全だ、安心してくれ、と言われ続け、その期待が裏切られたことに彼は憤慨し護衛のディプロテクターに噛み付いた。
「安全だと言ったではないか、ディプロテクター殿!なぜ船が燃える!私はちゃんとこの船から逃げられるのだろうな!」
「レヴォーカ伯爵、落ち着いていただきたい」
「これが落ち着けるか!私は命の危機に瀕しているのだぞ!」
「ですから落ち着いてください。幸い伯を移送する船はもう目と鼻の先、予期せぬ火災に今は戸惑っておりますが、すぐに鎮火するでしょう」
そう言って激昂するテリスをなだめようとあれこれ言い訳をするが、ディプロテクター自身状況が飲み込めていなかった。爆発したのが船の処理のために積んでいた東方大陸で産出した重油であることは想像できる。しかしその付近には火器の持ち込みは禁じていたはずだ。この作戦に従事する人間であれば忘れようがない。
誰かが船に乗り込んでいる。それも複数人の誰かが。
腰のロングソードを抜き、ディプロテクターは自分の部下にテリスの周囲を警戒するよう目くばせした。ディプロテクターの三人の部下、猫人、上位小鬼、そして人間種は互い互いに武器を持ち、ゆっくりとテリスを移動させながら周囲へ警戒の目を向けた。
「上!」
最初に反応したのは猫人の槍使いだった。驚異的な速度で短槍を天井目掛けて突き上げた。天井が抜けるのと入れ違いに一つの影が落ちてくる。振られた短剣を素早く戻した短槍で受け止め、猫人は回し蹴りを襲撃者に喰らわせる。確かな手応え、しかしまだ倒すには足りない。追撃をしようと一歩踏み込む。しかし彼の首根っこをディプロテクターは掴み、引き戻した。直後、彼の首があった位置を両の壁を突き破って放たれた二本の短剣が掠めた。
文句を言おうとした言葉を吐き出す代わりに喉を鳴らし、猫人は槍を構え直した。
火炎の中から現れたのは龍の頭蓋骨を思わせる仮面を被った黒装束の面々だ。男か女かは判別できない。揺らぐ炎の向こう側からゾロゾロと現れ全員が鋭い短剣を構えて、ディプロテクターらの次の行動を伺っていた。
「龍面髑髏!なんで、こいつらがぁ!?」
現れた仮面の集団に一人テリスが怯え始めた。なんだそりゃ、とディプロテクターは振り返って襲撃者の正体を知りたかったが、少しでも気を抜けば危ないほど技量差は離れてはいないと肌で感じられた。もっともディプロテクターに感じる肌はないが。
堰を切ったように龍面髑髏の短剣使い達が襲いかかる。軽く剣を合わせ、ディプロテクターらは彼らの練度に目を見張った。ディプロテクターのレベルは79、この船の中ではぶっちぎりで高レベルだ。その一撃を受け止め龍面髑髏は全く動じる気配がない。
「(推定でも56〜62ってところか?)」
横に動けるほど幅もない狭い通路での戦いならば高レベルの方が優位なはずなのに、龍面髑髏の短剣使い達はディプロテクター達に決して小さくはないダメージを与えていた。狭い通路ではむしろ短剣の方が有利、とディプロテクターはないはずの奥歯を噛んだ。
「埒が明かない!」
「泣き言言うな!……おい、イリン!伯爵閣下を連絡船にお連れしろ!」
「へいへーい」
対峙していた龍面髑髏をはっ倒し、イリンと呼ばれた人間種の青年はテリスを連れてその場を離脱する。彼の背中を目に焼きつけ、ディプロテクターらは絶えず襲い来る龍面髑髏の短剣使い達へ刃を振るう。
振ったロングソードが短剣を砕く。短槍が心臓を刺し穿つ。手斧が頭蓋をかち割った。一対一ならば勝利は必至、しかし数の差がその必至を覆す。さらにレベル差を練度で補っているため必殺の一撃を放ったとディプロテクターらが思っても紙一重でかわされる。疲労は蓄積し、そして生きた人間である二人の集中力を阻害した。
やがて猫人のキーノが一瞬の貧血を覚えたところを心臓に短剣が突き刺さった。上位小鬼のレクターは手斧が砕かれ武器を無くした隙を突かれて喉を切られた。残ったディプロテクターすらロングソードが砕かれた。
籠手一つでどうにか襲い来る龍面髑髏の短剣使い達を全滅させた時、ディプロテクターの体力値はもうほとんど残っていなかった。疲れを感じさせない鎧の体であるのに目眩がひどい。体力値が削られすぎたせいだ。
コツコツと誰かの足音が聞こえた気がした。途切れかけた意識を繋ぎ、ディプロテクターは顔をあげる。視界いっぱいに白銀の女性が飛び込んできた。白く、顔が小さく、天使のような外見の女性だ。火の粉の中だからこそ映える純白の衣装に身を包み、腰には白銀一色のロングソードを帯剣している。
彼女はボロボロのディプロテクターを一瞥すると、彼には捉えられない速度で抜剣し、頭部を貫いた。ゴミを見るかのような目で、微笑をたたえて彼女はディプロテクターを嘲笑った。
「人でないものが動くだなんて、気持ち悪いわ」
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