大会議の後
大会議が終わり、各氏令や王が順々に退席していく。大抵は同じ派閥の氏令同士で固まり、あるいは家臣団と会話を交わしながら続々と議場から姿を消していった。彼らがまとまって動く理由は様々だが多くは今回の大会議の決定の認識共有と今後の展望についての議論が主な目的だろう。それほどに今回の大会議で決定した内容は氏令達と王達に衝撃を与えた。
今回の大会議で決定された内容は主に以下の5つだ。
・反帝同盟の締結。現在の参加国家はヤシュニナ、ムンゾ、ガラムタ、ミュネル、そしてカイルノートの5カ国で、帝国を成敗することを目的としたあらゆる軍事行動に対して金銭的、人員的支援のいずれかを行うことが参加国の義務となっている。この時全体を占める割合の最も多い国家に指揮権が移譲されることになっているが、それは実質ヤシュニナなので指揮権の有無は初めからわかりきっていることだ。
・反帝同盟参加国の防衛義務。反帝同盟に参加している国家はいずれかの国家がいずれの外敵の侵攻にさらされている場合においても防衛戦争に協力することを義務とし、またすべての参加国は防衛を要請する権利を有する。この際、防衛にかかる費用は被攻撃国が一割、残りの九割は被攻撃国以外の参加国が等分で負担する。
・各国に商館建設を義務化。信頼の証として反帝同盟参加国は自国に他の反帝同盟参加国の商館を設置し、その建設に関する費用は商館設置国がそれぞれ負担する。また商館内においては設置国の法が適用され、許可なく商館に他国のあらゆる機関が入館することを禁止する。
・反帝同盟参加国の関税優遇。反帝同盟に参加している国家の貿易に関する税は他の非参加国に比して均一半分とする。
・反帝同盟首脳会議の実施。三年に一度、反帝同盟参加国の首脳は参加国のいずれかにおいて様々な国際情勢について会議を行う。この際に発生する費用はホスト国が負担する。
前者二つは帝国を念頭に置いた決定事項だ。帝国を攻撃する際に生じるであろう指揮権問題と費用負担問題の解決法明文化することでいざとなった時の口論の種を封じている。否定するような国家はなく、強いて言うならガラムタの宝石の王バヌヌイバがぶつくさと文句を言っていた程度にとどまっている。アスハンドラ剣定国を念頭に置くからこそ第二事項で「いずれかの外敵」と記されており、同盟の締結に際し結ばれるであろう軍事条約の適用範囲は飛躍的に広がった。
無論、適用範囲が広がることで生じる弊害もある。ほぼ無制限に防衛義務を背負わされている以上、軍拡は避けられずそれが予算を圧迫する結果を生む。帝国を倒せばすべて解決、という問題でもないだろう。後者三つの決定事項は大国ではなくむしろ小国を利することになり、その温床を得ることができた小国はそうそう簡単には反帝同盟を抜けるなど言い出さず、結果としてヤシュニナなどの大国は同盟国を守るために二重の意味で出血を余儀なくされる。
「——それを加味しての三年に一度の首脳会議、ですか?」
議事堂内に設けられた小休憩室、そこに集まった氏令の一人である埋伏の軍令シオンに彼の派閥の軍令である剣の軍令ギーヴは問いかけた。男にしては細い首をかしげ、こめかみを指で指圧する彼は今回の大会議で最後に決定された首脳会議の意義を図りかねていた。
首脳会議などこの「SoleiU Project」の世界では、特にヤシュニナ近郊では滅多に行われない。一国の元首が国外を安易に移動できるほど移動手段の危険性が高いからだ。増して伝達手段の遅延がいくらでも起きるこの世界だ。会議をサボタージュする、なんてことも想像に難くない。
「会議を欠席する、ということは議決権を失う、ということだ。大国であれ小国であれ等しい投票権を持つからこそ大国の決定に反対意思を示すことができる。小国がその権利を手放してまで欠席するとは思えんな」
「ですが軍令シオン。この三年に一度の会議で何が決定されると言うのですか?」
「現状想定しているのは関税の設定、防衛能力の強化などだろうな。これから続々と反帝同盟に加わるであろう様々な国家には小国も含まれる。自国では防衛戦力を賄えない、と言ってくる国もいるだろう。そういった国は投資だけを行い、人的資源は大国から融通してもらう、という手法に出る可能性が高いな」
その折り合いを図るために三年に一度という期間を設けて会議を行う。防衛力を提供している側からすればできれば自国防衛くらいは自分達でやってほしい。しかし被防衛国側からすれば軍事費が浮いてラッキーと思われても不思議ではない。その折衷案を模索し、また決定するためにも比較的長くもなく短くもない期間で等間隔に議論を重ねていく必要がある。将来的には実費で自国防衛ができるようにすることが狙いだ、とシドから聞かされていたシオンは納得し、大議会でこの提案をし、可決された。
そもそもヤシュニナの戦力はその半分近くが海軍に寄っている。海上防衛は既存の艦隊戦力と例の新兵器によっていくらでも可能だが陸となると話は変わってくる。陸戦となるとやはりヤシュニナは弱い。帝国の連携力などとは比べるべくもないだろう。
「問題はまだあるわん。防衛の義務が参加国すべてに課されるってあるけど、これって実質ヤシュニナだけよねん?あたし達の国以外でまともに戦える国なんてここらエイギルとアスハンドラだろうけど、その二国はまだ同盟に入っていないし。というかエイギルは同盟には入らないだろうけどね」
一つの疑問が解消されると次の疑問がまた降ってくる。質問を投げかけた鉄腕の軍令アルガは狐目をいっそう細くして、唇をへの字に曲げた。
「恐らくは同盟に参加することのメリットを提供したのだろう。この草案を作ったのは界別の才氏シドだ。少なくとも自国ばかりが損を負うような仕組みは作らないだろう」
あくまでシオンはシドの作った反帝同盟の草案をあの場で提出したにすぎない。草案の内容に目は通しているし、疑問点があれば聞くようにもしているから全くの傀儡というわけではないが、解消されていない疑問は彼自身の中にもいくつもある。
「才氏シド、ね。あの人が今日の会議で一声も上げなかったことが不思議でならないわ。ああいう場は彼の独壇場だと思っていたもの」
「何かあるんだろう?あの人、基本暗躍気質だし」
アルガのシドに対する疑念に答えのはギーヴだ。的確にシドの気質を指摘したその言葉にシオンは苦笑する。自分の恩人ではあるが、その気質は本来の自分とは相容れない。少なくとも人間を人間と思っていないあの超感情的な悪鬼とは。
「そーんなことよりよぉ。いつ俺らは攻めんのよ?」
シドの悪口大会が始まりそうな気配を漂わせた中、それまで沈黙を守っていた煙熾しの軍令イルカイは座っていた椅子から跳ね上がり、平静を保つシオンの前にずかずかと歩を進めた。座ったままのシオンを腰をかがめ、見上げるような姿勢でイルカイは開戦の日時を迫る。それに対し、シオンは静かに答えた。
「恐らくは来年だ。来年の春頃、帝国の海軍がグリムファレゴン島に攻めてくる。理由は二つ、雪溶けを待つため、そして帝国内の小麦を刈るためだ」
備蓄を十分にしたとしても冬のグリムファレゴン島を攻めるとなれば凍死者の続出は避けられない。逆もまたしかりだ。雪溶けしたグリムファレゴン島を攻めても食糧などぼ物資の備蓄がおろそかになっては勝てる戦にも勝てない。早くとも来年の春が侵攻の時期としてはちょうどいい。
「ゆえに我々は来年の三月か四月までに最低でも議題に上がった五カ国を味方に引き入れる必要がある。特にチルノ、ミルヘイズ、クターノは帝国に友好的な国家だ。最低でもレベル100の氏令を交渉役の氏令の護衛につけなければならない」
今この場にいる氏令でレベル100を超えていないものはいない。シオンのレベルは109、イルカイは同じく109、ギーヴ、アルガはどちらも110だ。レベルだけで戦闘能力は測れないが、強さの指標の一つしては有用だ。護衛役としても適任だろう。
「残りのロサ、アスハンドラへはどぉすんですかぁ?」
「そちらは才氏シドと軍令リドルが行かれる、と事前に言っていた。あの二人ならば一人でも簡単には負けんだろうからな」
そもそも死ぬかどうかも怪しいが。
特にリドルの強さは軍令の中でも抜きん出ている。彼よりも戦闘力において秀でた軍令はヤシュニナにはいない。まさに最強の剣、ヤシュニナの守護神だ。
そのリドルがアスハンドラ剣定国へ、残ったロサ公国へシドが行く。おおよそシオンが考えうる限りこれ以上盤石な布陣は想定できなかった。
✳︎




