大会議Ⅴ
「いいでしょう。本来であれば帝国打倒を掲げる同盟の締結を議案として可決した後に発表させていただく話でしたが、根拠は、見返りは、と求められれば致し方ありません。今ここでその具体的な根拠を示させていただきます」
シオンは壇上から降りると議場の入り口に控えていた自分の部下に目配せをする。すぐにその部下は退室し、もの数風ほどで簡素な作りの木箱を持って議場内に入ってきて、両手の木箱をシオンへ差し出した。シオンはその木箱を受け取り、議場の中央へと移動し、満を辞して木箱を開けた。いつの間にか壇上から降りたレグリエナとエッダはその中身に視線を向ける。
木箱の蓋が開かれ、中から現れたのは緩衝材である麦に包まれた銀色の長方体だ。しかしそれは取り出されると長方体というよりかは立体的で細長なH状の塊だとわかる。延べ棒と長さは同じくらいで、箱から取り出された塊はちょうどシオンの手のひらに収まるほどの厚みだった。
その見た目から金属製の物体であることはわかるが、何が特別なのかはわからない。金属という点で言えば武器や農具、ネジなどに加工する、という用途があるが、それならば既存の鉄鉱石でも十二分に賄えている。ただの金属というだけでシオンがこの議場で隠していたカードを切る理由はない。そうなると、と議場の人間の意識は未知の金属棒からその性質の考察へと移る。
「SoleiU Project」世界には単純な鉄や金以外にも多数の特殊な金属が存在する。一番有名なのはミスリルだろう。非常に軽く、ジャイアントの大槍で刺されても貫けない高い硬度を有している。産出国が限られるため一部の王国の王族や近衛兵にしか与えられないことが欠点で、過去にヤシュニナの将軍以上の役職を持つ軍人に勲功褒賞でミスリル製の鎧を与えよう、といった話になった時、その高価さからシドとガランが連名で「やめろバカ」と氏令会議で反対動議を提出した、という事件があった。
他にもハルクライトというメトギス王国のみで産出される白磁の金属は高い延性を誇り、非常に加工しやすいという特性があり、リュートダイヤというアスハンドラ剣定国近郊で産出される鈍色の金属はダイヤモンド並みの硬度と闇の勢力が近づくと紫に輝くという特性がある。これらの金属はいずれも高値で取引され、各国の特産品として扱われていた。
それらに比肩する価値がある、と目の前にある金属棒を仮定した場合、それを3カ国と密接につなげる情報はレグリエナにもエッダにもなかった。3カ国の中で鉱山を有しているのはミルヘイズとクターノの2カ国だがそのいずれかで新たに発見された金属である、というのは考えにくい。国土の面積と鉱山の数で新鉱山の発見が否定されるからだ。
わからない、と議場の面々は渋い顔を浮かべた。ひとしきり議場の反応を楽しんだところでシオンは金属棒を木箱へと戻し、再び議場内の氏令達、王達へ向き直った。
「今お見せした金属棒の名前はシルディオンと言います。これは自然出土の金属ではなく、ミルヘイズの鋳造技術によって精錬された超合金の一種であります。その特性は端的に言えば『超軽量化されたミスリル』であり、持ってみればわかるとは思いますが、同体積の鉄製の金属棒と比べその重さは三分の一以下。これは従来の金属類と比べても画期的な数値であり、もし流通に乗せることができればその利益は計り知れないもの、と考えます」
軽量金属。この「SoleiU Project」世界でその言葉はあまり一般的ではない。金属の鍛造や鋳造、精錬に携わっているか、その流通を担っている人間でもない限り馴染みがない言葉だ。
まず一般的にこの世界では金属は武器や農具、特殊な機械でのみ使われ、軽量金属は特殊な機械の金具として使われる。つまり需要自体はあるが、武器、農具と比べては圧倒的に少ないのだ。それは単純に生産量に由来する。軽量金属の加工法は確立されていない。一見して似たような部品であっても少しだけ重さが違ったり、耐久度が違ったりと地道な職人技の産物なのだ。
では加工法がどういう方法であれ確立すれば?すなわち量産体制が整えばどうなるだろうか?
先に挙げた”特殊な機械”の一つとして氷晶加工用の細工機が挙げられる。基本的に職人の一点もので使っている細工師によって細工機の形状は微妙に変わってくる。生まれる氷晶もまたしかりだ。それが売りと言えば売りなのだが、やはり職人の腕によって出来の良さ悪さが左右されてしまう。
従来の細工機は一度壊れると修理するにしても買い換えるにしても部品が貴重ということもあり、大金を必要としたため細工師は身長に細工機を使う必要があり、それが必要以上の時間をかけてしまうという理由から生産量が安定しなかった。部品が安価になればこの問題がまず解決し、生産量が安定する。加えて細工機の量産が可能となり、技術はあっても細工機を買うことができない職人が購入しやすくなる。
「量産をすることでブランド力が下がる可能性を危惧する方もいらっしゃるでしょうが、細工機は細工師が一定の技量に達していなければ商品として適正なレベルを満たすことはありません。それは流通業者にとっても信用と沽券に関わることですから特に注視するはずです。加えて細工師の資格証を発行しているのは行政でありますから、よほどの愚か者が発行役にならなければ腕が悪い細工師の作品が市場に流通し、信用を損なうこともない、と考えます」
「だがその、シルディオンが細工機をはじめとした特殊な機械類に使えるかどうかはまだわからないだろう?」
「すでに実験段階で耐久性と加工性については一定の成果を収めています。あとはこのシルディオンの量産体制をどうやって整えるか、です」
レグリエナの苦言を一蹴し、シオンは議場に背を向けて地図に向き直った。指揮棒でチルノ、ミルヘイズ、クターノの3カ国を囲いながらシオンは説明を続けた。
「これら三国の中でシルディオンを精錬する技術を持つ国家はミルヘイズのみです。しかし鉱石の埋蔵量の面でミルヘイズはクターノに劣り、燃料となる木材を入手するための緑地面積という点でミルヘイズはチルノに劣る。この三国が相互に必要な資源を供与することで初めてシルディオンは精製されるのです。そして我が国が担うべきはその先、つまり流通を一手に握ることです」
「それは帝国でも成り立つのでは?海路という危険な道を取らなくてはいけない我々に比べて陸続きの帝国の方が安全、と考える方が自然では?」
エッダの反論にシオンは大きく首を横に振った。
「王エッダの反論には二つの間違いがあります。まず一つはこのシルディオンは帝国における需要がない、ということ。帝国は基本的には農業国家です。農作業をする上で重要なものは高価な機械よりも安価で大量生産が可能な農具とそれを運用する大量の人間です。シルディオンの幕はない。そしてもう一つ、例え帝国に輸出したとしても大した利益が見込めない、という点です。帝国は強権的な国家であり、シルディオンの価値をわかっていながら安く買い叩こうとする。最悪滅ぼして技術者を収奪してしまえばいい、とすら考えるはず。対して我々はあくまで対等な関係を築き、見合った価値をシルディオンという3カ国の血と汗の結晶に与えます。自分達の成果に正しい評価を下してくれる側に立つ、というのは自明かと思いますが?」
シルディオンはそれだけの価値がある。頑丈で軽く、加工がミスリル同様難しいシルディオンはその加工方法、鋳造方法を秘匿するだけで莫大な利益を生む。その利益は今後の3カ国は元より同盟に参画するすべての国家に等しくもたらされるだろう。
「では、その3カ国は軍令シオンの案を採用するとしよう。残りのロサ、アスハンドラの2カ国は?彼の二国が我々に協力する根拠はなんだ?」
「これにつきましてもシルディオンが関係しています。正確にはシルディオンを用いた兵器、でしょうか」
「兵器?」
その言葉に議場内にどよめきが走った。剣呑、剣呑を絵に描いたように各王が連れてきた武官達は血走った視線をシオンに向けた。それまで文化的、経済的な側面で貢献する符牒を立てていたシルディオンが唐突に兵器などという物騒なフレーズに変わるなど誰も予期していなかった。
兵器となるとシルディオンの扱いは変わってくる。ミスリルが鎖帷子などに使われるようにシルディオンもやろうと思えば同様の防具に姿を変えるだろう。だがそれを差して「兵器」などとは言わない。兵器という単語を聞き、武官達がまず想像したのは対巨大海洋肉食モンスター用にヤシュニナやムンゾなどの軍艦に装備されている「激雷衝」だ。普段は氷砕用の衝角が付けられている部分が巨大な杭打ち機のように超高速でモンスターの表皮を貫く人類技術の結晶だ。それと同等の兵器をつくる可能性がシルディオンにある、と聞かされ武官達は眉をひそめた。
「正確にはシルディオンではなく、それを加工したシンダリオンという熱伝導にすぐれた部品が、ですが。それを今こちらでお見せしましょう」
シオンが合図を送ると再び彼の部下が議場の外から必要な資料を持って入ってきた。シオンはそれを受け取り、すぐに机の上に広げて見せる。
「……これは。なんとも」「いや、しかしこんなものを作れるのか?」「シンダリオンとやらのみでは作れぬが、重要な部品、ということか」「わからん。説明してくれ」
シオンの提示した資料を見せられた氏令や各国の王達、大臣達の反応は様々だ。賞賛を贈るもの、実現を疑問視するもの、答えが出せず悩むもの、色々だ。この兵器をロサ公国、アスハンドラ剣定国に貸与する、とシオンは言った。確かに一つあれば十分すぎる戦力になる。金を払ってでも手に入れたい、と思うはずだ。
「だがシオン。この兵器は新たな戦乱を呼ぶぞ?」
「帝国に勝つためです。勝つためにはこの兵器が必要となる。過剰戦力であろうと使えるものは全て使うべきです」
レグリエナの忠告をシオンは一蹴する。そしてその時点で議場内の意思は決まった。最終的な多数決の末、ヤシュニナと四邦国は対帝国を目的とした同盟の結成とそのために氏令達を各国へ派遣することを決定した。
この日11月19日、グリムファレゴン島は帝国打倒のため一致団結した、と後世には伝わっている。
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