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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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大会議Ⅳ

 ヤシュニナの氏令を使者として列国の派遣する。これ自体はさほど珍しいことではない。かく言う五ヶ月前にもシドやアルヴィース、セナといった建国以来の重鎮達がエイギル協商連合とメトギス王国にそれぞれ交渉の使者として派遣され、一定の成果を収めて帰路についている。


 交通手段が限られ、なおかつ移動時間が長いこの「SoleiU Project」世界では隣国でもない限り一回の交渉が非常に重要になる。何度も協議を重ね互いの妥協点を探る前近代から続く回数を積んだ交渉は成立しえない。もっともそれはあくまで煬人達に限った話で、プレイヤーの場合は事情が異なるのだが、これは本題ではない。今ここで重要なのはヤシュニナの氏令を派遣することで得られるメリットとデメリットの差だ。


 交通手段が限られ、移動時間が長いという不便の都合上、ヤシュニナを一度離れ、他国へ行くことになった氏令は一週間や二週間程度で帰ってくることはできない。そも島国であるヤシュニナが同じグリムファレゴン島に在る四邦国以外の国家と交渉する、となれば海路しか交通手段が残されていない。アインスエフ大陸東岸部と東大陸西岸部を隔てる真実の大海原(ラグナ・アセルス)を渡るよりも大陸東岸部へ漕ぎ出す方が安全と言えば安全だが、やはり海洋モンスターの脅威は避けられない。他にも海流の兆候などを見定める必要があり、一度出国してしまうと最低でも三週間は戻れなくなるのが現状だ。


 「その間に仕事は滞る。氏令でなければ裁断を下せない仕事は山ほどある。それをわかって貴様は氏令を何人送り込むつもりだ?定員に足りていない現在の氏令や師父(ベクトマーフ)典父(ハルマーフ)将軍(シャーオ)の状況を考えてみろ。長期的視野で見れば、愚策だ」


 レグリエナの反論に頷く氏令も何人かいる。主に事務方の才氏(アイゼット)議氏(エルゼット)刃令(キェーガ)などだ。特に本土防衛を担っている刃令からは非難の声が飛んだ。国外に氏令が出る、というのはそれだけ異常自体である、と言える。有り体に言えば大臣クラスが散歩気分で外遊するようなもので、そんなことは普通の国家ではまずありえない。よくて外務大臣が関の山だろう。


 ましてヤシュニナ氏令国は厳格な官僚体制と君主象徴制が両立している立憲君主国家だ。官僚制なんていうマニュアル作業の権化を敷いてしまっている以上、容易に職分をまたいだ裁可は下せず、担当の人間がハンコを押すまで書類が机の上で湿気っているのが実状だ。


 「人が足りない。氏令も何も、かもが!その状況下で最高位である氏令を国外へ派遣する、しかも友好国でもない国に対して、あるいは治安が悪化している国に対してなど言語道断!いかなる策謀があるかは知らんが断固反対させてもらう。たとえどれだけ貴様が帝国脅威論を唱えてもな」


 レグリエナの発言はしごくまともでもっともだ。事務にしろ実務にしろ半年と少しで氏令を七人も失ってしまったヤシュニナに人を遊ばせておく余裕はない。この労働力という点でヤシュニナは大きく他国に劣っていた。人材を厳選するあまり一つが停止すると他も連鎖的に停止してしまうのだ。そしてその反動がシドなどが何日もカンズメ状態でデスクワークに忙殺されているという現実に波及していた。


 人が足りない、そのレグリエナの発言にシオンも僅かに返答を言い淀んだ。軍令(ジェルガ)という軍事の最高顧問であるシオンも兵士の数、物資の備蓄量などと睨めっこする日は多い。特にここ数年はほとんど争いがなかったせいで軍備縮小に悩まされていた。人員不足は深刻な問題だ。そしてそれは今であろうとなかろうと変わることではない。


 「——一票」

 「なに?」


 「貴方の反対票ですよ、たかだか。今ここに一体何人の氏令がいると思っているんですか?のみならず四邦国の王族の方々までいらっしゃる。彼ら全員に投票権があるこの(グリムファレゴン・)会議(アサイラ)で、貴方一人が反対したところでたかが一票なんですよ。反対票であれ棄権であれどうぞご自由にお使いください。


 人員の問題は確かにありますが、その件に関しては特例に特例を重ね、職権を超えた裁量を国内に残る氏令及びその代行者に認めることが寛容かと。無論ある程度の混乱は生まれるでしょうが、それは一時のものでしょう。どのみち戦時状態になれば認めざるをえないでしょうから、前倒しで特例の裁量を認めたとしても問題はない、と愚考いたします」


 滅茶苦茶だな、とシドは頬杖をつきながらため息をついた。あー言えばこう言う。一見すると答えているように見えて具体的なことは何一つ言っていない。適当にはぐらかし、自分の提案を強引に押し進めようとしているシオンのやり方は決して褒められたものではない。


 相手を煽り、冷静な判断能力を奪い、質問には真っ当に答えずはぐらかす。その結果生み出されるのは文字通りの杜撰な仕事っぷりだ。職務の越権行為とはすなわち子供が回転している歯車に手を突っ込むようなものだ。腕がちぎられるだけならまだ優しい。最悪腕を飲み込まれ、体を飲み込まれ、余った手で誰かの腕を握り、一緒に仲良く潰される。この場合、最初に潰れるのがヤシュニナで一緒に仲良く潰されるのがヤシュニナの同盟国ということになる。


 ——だがその可能性を知っていても認めなくてはならない。冷笑を仮面の裏側で浮かべ、シドは小さく肩を振るわした。


 「ひとつ、よろしいでしょうか、埋伏の軍令(マイラ・ジェルガ)シオン」


 シオンの嘲りとも言える発言が場を騒然とさせた直後、議場の上座から声が上がった。議場内の視線がすべて向けられ、ただ一点に集中した。


 視線が向けられた豪華な衣装に身を包みつつも柔和な容姿のおよそ王位に就く者とは思えない柔らかい笑みを浮かべている戦運びの(ジェルガ・トナイプ・)(エヌム)エッダは自席から立ち上がり、カツカツと足音を立てて議場へと降りていく。そして壇上へと上がり、レグリエナの隣に立った彼はその温和そうな容姿に似合わない苛烈な瞳で対面のシオンを見据えた。


 「いかがされました、(エヌム)エッダ。何か気になることでも?」


 あくまで穏やかな口調でシオンは問いかける。対してエッダは上っ面の笑みを浮かべ、責めるような口調で開口した。


 「軍令のお話を聞く限り、先に挙げた5カ国が我らの反帝同盟に加わる、と考えればよろしいのでしょうか?」

 「ええ、もちろん」


 「これら5カ国に対して帝国の注意を向けさせ、戦力を分散させるという軍令のお話は理解できますが、そのためには兵力や物資は元より莫大な予算が必要となります。軍令はその補填をどうお考えになられていますか?」


 国債だろうな、とシドは心の中で吐き捨てた。11月のこの時期に臨時補正予算を作るのは珍しいことではあるが、ないこともない。問題はどこからその予算を捻出するかだが、現状思い当たる案は国債くらいしかない。国庫をひっくり返せば軽く捻出はできるが、財務院の許可はおりないだろう。正確には財務院が、ではなく財務院を統括している金の議氏(キン・エルゼット)ガランが絶対にハンコを押さない。財政出動などもっての外、とばかりに国庫の鍵を海底に投げ捨てるくらいは平気でやるのがガランという氏令だ。


 現在のヤシュニナの経済は短期に二度にわたって騒乱があったにしては安定している。今年の財政収支もおそらく黒字化するだろう。しかしそこに来て戦争、となれば経済的混乱は避けられない。


 特にムンゾをはじめとした四邦国はしばらく経済不況が続くはずだ。帝国と取引をしているから、というのが大半の理由だが他にも単純な経済規模とかも理由に入ってくる。東方航路の使用に課される通行税を免除したとしても経済状況の悪化は免れない。できるなら戦わない方がいいじゃないか、というのがエッダの財政に関する質問に隠された意図だ。


 「——国債の発行、また同盟国で拠出し合い、賄おうと考えていますが?」


 「それは賛同しかねます。特にまだ盟に加わっていない5カ国はその条件を提示された際に、帝国と敵対する以上のメリットを欲するでしょう。特にチルノ、ミルヘイズ、クターノは。彼の三国は特に敵対する理由がありません、帝国と。そのような消極的な国家に対して反帝同盟を持ちかける、これは難しいのではないでしょうか?」


 苦し紛れのシオンの弁をエッダは一蹴する。財政となると軍令は弱い。基本的に軍人は金をドブに捨てる側の人間だ。金を拾ってこい、と金貸しワンちゃんに命令し、それにクソを塗りたくって捨てるのが軍人の役回りであり、回収は役違いも甚だしい。つまり、シオンには財政の問題を解決する能力はない。


 しょうがないな、とシドは重い腰を上げ論戦に加わろうと立ちあがろうとするが、その時に彼の手を引く人間がいた。言わずもがな彼の隣に座っていたリドルだ。赤髪の美青年は無言のまま万力でシドの手首を握りしめ、彼が議場に立つことを許可しなかった。


 「なんだよ、リドル」

 「お前が出ていくと収拾がつかなくなる。シオンに解決させるべきだ」


 「はぁ?最悪多数決に持ち込めば解決する。俺の派閥とシオンの派閥の賛成多数で解決するだろ」


 現在のヤシュニナの氏令は界令(レンガ)も含めて38人で、内シドの派閥に属している氏令が彼自身も含めて14人、シオンの派閥が彼も含めて6人で過半数は取れている。派閥外でも賛成に投票するように根回しはしている。仮にリドルやレグリエナが反対票を投じても問題はない。つまりいくらシオンが責められたところで今彼が挙げている議題は可決することが決まっている出来レースだ。論戦などまやかし、この大会議が開かれた時点ですでに勝負はついている。


 議論百出を楽しむのも悪くはないが、これ以上の言い合いは時間の無駄だ。帝国という目に見える脅威が迫っている以上1日でも早く結論を出す必要がある。それなのに、とシドは唇を噛んだ。どうしてリドルが自分を止めるのか、シドには理解できなかった。一番信頼しつつも警戒している赤髪の最強がどうしてシオンに期待の眼差しを向けるのか、シドには理解できなかった。


 「——無論、相応の見返りはするつもりです」

 「具体的に何を?ただのその場凌ぎの弁では3カ国は元より他の2カ国も納得しないでしょう」


 エッダは凄まじい剣幕でシオンに迫る。ちらりとシオンがシドへ視線を向けた。だがそれは決して助けを求めている瞳ではなかった。どこか申し訳なさそうに、秘め事を明かしてしまった幼子のような色をしていた。


 シオンに視線を向けられた瞬間、シドはシオンが次に何を言おうとしているのか、完全に理解した。元々は議題が可決されてからシドが発表する内容だったが、今となってはもう仕方がない。いいよ話せ、とハンドサインで返すと、シオンはこくりと頷き、エッダに向き直った。

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