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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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大会議Ⅲ

 高らかにそう宣言したシオンに無数の多様な視線が突き刺さる。あるいは称賛、あるいは納得、あるいは忌避、あるいは憤怒。その手があったか、と彼の戦略を称賛する人間もいれば、机上の空論だ、と鼻で笑う人間もいる。おそらく後者の方が比率としては高いだろう。シオンが口にした5カ国との同盟はそれだけ難しいものだからだ。


 それというのも過去、より具体的には100年以上も昔、ヤシュニナはロサ公国と国交を結ぼうとしたことがあったのだが、ものの見事に失敗しているからだ。ヤシュニナ歴13年の比較的国家として成り立って間もない時期のことだ。当時のヤシュニナはまだ新興国であり、相互協力を目的とした国家を必要としていた。その時に白羽の矢が立ったのが当時より古い国家でヤシュニナと同じく寒冷地に在ったロサ公国だ。


 ロサ公国はかつてアスカラオルト帝国の前身であるオルト帝国との戦争にも屈強な重槍騎兵と半島の付け根にある切り立った山脈によって勝利を納めた強国だ。併呑か死か、の二択しか選ばせてくれない帝国に比べれば絶対に協力関係を結んでおきたい国家だったのだが、一つだけ困ったことにロサ公国は非常、いや異常に排他的だ。それはもう親でも殺されたのか、と思いたくなるほど苛烈に自国の人間以外を嫌っていた。


 無論排他的な国民性にも理由はある。帝国や他のアインスエフ大陸の人間国家群もそうだが、これらの国家群が成立する以前から大陸では無数の亜人種や西戎が何度となく侵略を繰り返し、田畑を焼き、女子供を陵辱し、下卑た笑い声で男の肉(マン・フレッシュ)女の肉(ウォメン・フレッシュ)を喰らっていたという歴史がある。迫り来る亜人達、西戎達からその身を守るため、帝国などが城壁を作ったように、ロサ公国を築いた人々は北の大地へと逃げ、半島の山向こうに引きこもった。


 そうしておおよそ五百年ほど昔に建国されたのがロサ公国だ。初代国王の課した国是により、ロサ公国は常に亜人や西戎を打倒し、また人間種の外敵も打ち滅ぼさんとする狂戦士が多く育成された。グリムファレゴン島西岸部などでは、漁に出た漁師が偶然ロサ公国の海岸部に流れ着いてしまい、四本の槍で手のひらから肩にかけての直線上と足裏から腰部にかけての直線上を貫かれ、さらに肛門から口腔までを串刺しにされた状態で流されてきた、という実話もある。


 向こうはこちらを嫌っているし、こちらも向こうには近づきたくない。互いの暗黙の了解のまま100年以上の長きにわたってヤシュニナとロサは国交を結ぶことはなかった。むしろロサ公国を蛮族国家とみなす風潮も西岸部には存在するほどだ。


 他の4カ国、とりわけチルノ、ミルヘイズ、クターノの3カ国はロサ公国とは別の理由で同盟を結べるかが怪しい。この三国はいずれも帝国と商取引をすることで経済基盤が成り立っているほぼ属国のような国だ。ムンゾやガラムタとも一応の取引は行なっているが、割合として見れば微々たるものだ。


 過去何度かヤシュニナ商人が商館を建てようとしたが、いずれの場合も断られている。商館を建てることで非現地商人達はその商業活動が制限される代わりに様々な特許を与えられ、商館を訪れた現地商人とより利益を生む取引を行うことができるのだが、それは国同士の商業条約が成立していることを前提としている。つまり、「うちの国の商人をちゃんと保護してね、こっちでも同じようにするから」という話だ。


 そんな条約を帝国との商取引に骨の髄まで依存している3カ国が認めるわけがない。過去何度となくヤシュニナは商会の誘致にかこつけて、通商条約の締結を迫ったが、いずれの場合も断られている。まして今回シオンが結ぼうとしているのは通商条約ではなく軍事条約だ。帝国の温情でかろうじて息をしているような3カ国が首を縦に振るわけがない。


 そして最後に残ったアスハンドラ剣定国だが、こちらは一応の国交がある。他の四国と違い通商条約も結んでいる。ヤシュニナとの関係は比較的良好で街道整備や治水工事のための技術供与を行なっている一方、良質なアスハンドラ剣の輸入を行なっているなど、持ちつ持たれつの関係だ。


 アスハンドラ剣定国は代々、剣王と呼ばれる一人の王によって収められている。この王というのは系譜ではなく、その時代の王の死の間際に現れる一振りの聖剣が次代の王を選定する、というアーサー王形式で誕生する。有り体に言えば玉座の前に突き立てられた剣を抜けば誰でも王となれる独特のシステムを採用しているのだ。いずれの場合も選定された王は王の器を有しており、国家安寧に努め、武威と智謀を極めた。


 この国とヤシュニナの関係だが、ただの商売相手というだけではなく、その王の選定にヤシュニナは深く関わっている。まず選定の聖剣だが、これが本物かどうかを判別する手段をアスハンドラ剣定国の人間は持たない。時として佞臣が選定の聖剣を刺さっている玉座ごとすり替え、自分達にとって都合のいい人間を王に据える、ということもあった。


 そのような事態を防ぐために古くからアスハンドラでは剣の見聞きに秀でた人間を国外より招く、という手法を採用している。アスハンドラ内に古くから伝わる魔法「剣識」を用いて、宮廷内の魔導師が招くべき有識者を選定するのだが、この魔導師達は聖剣に選ばれ、王に助言をすることを強制する呪いがかけられているため、虚言の類をつくことはできない。王に関することに限り嘘を吐くことはできないようになっているため、彼らが使う「剣識」で選ばれた有識者に偽りはない。


 大抵選ばれるのは剣の道に生きるだけの放浪者などだろうから、権力への渇望などとは無縁だ。しかしおおよそ170年ほど昔、当時「剣聖」の称号を手に入れたリドルが「剣識」で選ばれ、その後もずっと「剣識」で選ばれ続けたことで事態は急変した。現在のリドルはヤシュニナの軍令(ジェルガ)、つまり軍の最高責任者の一人だ。他国の軍関係者を自国の政治に関わらせていいものか、とアスハンドラ内で論争になった。そして現在より100年ほど昔のヤシュニナ歴55年、アスハンドラとの間にヤシュニナは礼剣義約という条約を結び、リドルを介した政治的要求の禁止を確約した。


 その後もアスハンドラの「剣識」でリドルは選ばれ、王の選定に貢献し続けた。その2カ国の間で通商条約、相互協力の活動が取られるのは自然なことで、もしリドルがアスハンドラへ来朝し、軍事同盟を結びたい、と言えばにべも無く首肯するだろう。だが現在のアスハンドラにはそれができない理由があった。


 ゆっくりと議場の人間達の視線がアスハンドラ剣定国のある半島からやや下方向へと向いた。彼らの視線の先にはかなり大きめの島が存在していた。上部と下部が尖っている不恰好な形の島で半島の先端とちょうど海峡をつくるような形でその島、ミナス・イムス島は存在していた。


 セルファ(C.E.L.F.A)。現在アスハンドラ剣定国が直面している最大の問題はこの固有名詞に尽きる。海中から浮上する泡沫のように突如として現れたこの正体不明の勢力がミナス・イムス島を制圧してからすでに20年、現在は半島の先端部周辺までセルファの勢力は侵攻し、一進一退の壮絶な戦争を演じていた。


 かつてはヤシュニナに穀物を輸送できていたほど潤っていた国の姿はすでになく、先代の剣王すらその暴威の前に倒れてしまうほどアスハンドラ剣定国の状況は逼迫していた。そんな亡国の憂き目にあっている国がヤシュニナと同盟を結び、帝国に備えるなど実現するわけがない。全会一致の五国家に対する認識を突きつけられ、しかしシオンは笑みを消すことはなかった。


 「皆様のご不安はごもっともでございます。特にアスハンドラなどはセルファとの間に国家存亡をかけた戦いを演じている以上、兵力を回す余裕はないでしょう。ロサ公国とはそもそも国交がない。チルノ、ミルヘイズ、クターノは帝国の属国だ。確かに御し難い事実が見事に陳列しています。ですが、ですが。それを以て五国家すべてとの同盟が不可能です?私はそうは思いません」


 「机上の空論だ。まさか武力で脅しをかけるとでも言うのか?」


 「まさか!それでは帝国と同じではありませんか。我々は、そう。言うなればかつての英雄王、エレスサール王がごとく、癌となっている諸問題を駆除する係を全うするのです。つまり!我々は今後半年以内に!これらの国を取り巻く諸問題を解決し、糾合する。そして帝国を叩き潰すのです」


 そのためにも、とシオンはそれまで手にしていた資料を天高く投げ捨てた。はらはらと資料が彼の周りを舞う。さながら天使の羽のように。


 「ヤシュニナ氏令国の最高責任者である氏令達を、使者として、全権委任者として、各国へ派遣しましょう。我が国がどれだけ本気であるか、それを各国へ示す必要があるのです」

会議の後になにがあるのか、また会議があるんですね。次回で会議編(シオンの演説パート)は終了です。その後総括的な形で大会議Ⅴがあり、物語が進んでいきます。もう少しお付き合いください。

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