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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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大会議Ⅱ

 「待て。シオン、貴様正気か?」


 そんな劫火で燃え盛るほどの怒りが支配する議場に一石を投じた存在がいた。議場の視線は一瞬にして発言者へと向けられた。無論シドも例外ではない。仮面の内側で金色の瞳を輝かせ、ことの成り行きを見守りながら壇上に降りてきた一頭の巨狼にその眼差しを向けた。


 冬の糖度のような白く美しい毛並みの巨大な狼の瞳は真夏の樹林のごとき煌びやかな緑色で、カチンカチンと鳴る鉄爪を前足後ろ足に付け、巨刀を腰に装備したそれはただ歩を進めてくるだけで場に異様なまでの圧力がかかった。自ずと巨狼の道を塞いでいた氏令達は傍に避け、シオンもまた壇上の片側を譲った。ゆっくりとした足取りで巨狼はシオンの前に立つと、喉を鳴らしながら咎めるような口調で口を開いた。


 「大前提の話をしよう。シオン、貴様本当にグリムファレゴン島の勢力が合従を組んだところで帝国に勝利できるなど考えていまいな。戦力比を考えてみよ、無謀だ」


 氷艝の才氏(ソリ・アイゼット)レグリエナは唸りながらとうとうと事実を念頭に置き語っていった。現在のヤシュニナ氏令国は兵数10万、軍馬数千、軍艦二百隻以上とアインスエフ大陸東岸部では有数の海軍国家だ。主として海洋での大型モンスター討伐や海賊対峙を生業とすることが多いヤシュニナ海軍の実力はアインスエフ大陸東岸部において最強、その言葉を疑うものはいない。


 だが、その最強の海軍を以てすら苦戦したのが89年前に起こったグリムファレゴン戦争だ。当時と現在では戦力は真っ当に比べられないが、沖に列を成したヤシュニナ海軍を帝国海軍は強引に数の暴力で突破し、十万近くの兵士をグリムファレゴン島西岸部に上陸させることにした。まして89年も経っているならば、当時以上の勢力を帝国が有していることは疑いようもない。


 帝国の戦力はただ歩兵だけには止まらない。海軍戦力も侮り難い。ヤシュニナの軍艦は衝角が砕氷用に分厚く尖っており、重量が前方に傾いているという設計の都合上どうしても小回りが効きにくい。体当たりなどの近接戦にはめっぽう強いが、長距離での弓矢やバリスタの撃ち合いとなれば大型のガレー船を用いる帝国戦艦に軍配が上がる。89年前の戦争でもその旋回性の悪さが仇となり、ヤシュニナ海軍は蹴散らされた。


 その事実を軍令(ジェルガ)であるシオンが知らないわけもない。帝国の侵攻をただグリムファレゴンの合従だけで防ぐのは89年前に難しいと証明されているにもかかわらず、ただ感情論に任せた弁舌でグリムファレゴン島全土を戦火に巻き込もうとするシオンのやり方を守護獣としてレグリエナは認めるわけにはいかなかった。いざとなれば立場を投げ打ってでもシオンの喉元に噛み付く覚悟で、シドとその隣のリドルの動向に警戒しながらレグリエナはシオンに詰め寄った。


 「落ち着いていただきたい、才氏レグリエナ。私はまだ話の本題を述べておりません。グリムファレゴン島の合従は第一歩にすぎません。まずは、そう。まずは私の戦略を傾聴していただきたい」


 しかしシオンはやんわりとした口調でレグリエナをあしらった。グリムファレゴン島の守護神、人類では決して太刀打ちできない存在を前にしてもシオンの余裕のある態度は崩れない。彼は東岸部一帯の地図を持ってこさせると、予め用意させておいた机の上にそれを広げ、指揮棒を用いて説明を始めた。


 「まず。おっしゃる通り、帝国の力は強大の一言に尽きます。先ほどは目的の統一化のためグリムファレゴン島の統一を叫びましたが、それだけで勝てるならば89年前の戦いで我々が辛勝することなどありませんでした。ここでまずは帝国の現在の情勢について認識を共通化したいと思います」


 そう言ってシオンは地図の上に数個の長方形の駒を置いていった。長方形の駒が置かれたのはアスカラオルト帝国の西部、より具体的には国境付近だ。さながら壁を形成するように置かれたそれらを指揮棒で指しながらシオンはとうとうと再び口を開いた。


 「現在、いえ建国以来、帝国はこのラインに常に多くの戦力を投入しております。帝国と西部国境を接する国、すなわち北からアダール、ゼルピス、イムガムシャの三勢力と常にしのぎを削っているからです。この三勢力はいずれも亜人種、もしくは異形種によって構成されており、帝国の国是とも呼ぶべき『人間至上主義』に則れば、争うことは避けられません。帝国西部に潜入している我が国の密偵の報告によると現在投入されている兵数は30万、これは実に帝国軍の8分の3になります。すなわちこの時点で我が国が仮に帝国と戦争するとなっても全勢力を相手にする必要はなくなります。


 それでも残りは50万、グリムファレゴン島の兵力と比べれば圧倒的な数ではないか、とお考えの方もいらっしゃるでしょう。ですがご安心ください。帝国がその残りの50万をすべて出してくる可能性はゼロです。絶対にありえません」


 シオンの自信満々のセリフに不快感を覚えたレグリエナは鼻梁にしわを立てた。絶対にありえない、そんなことはありえないというのが数百年生きているレグリエナの得た知見の一つだ。例えばはるか北の山脈、霧の大山脈に轟雷龍ゼアヌアが舞い降りたこと、ふざけた黒衣のイスキエリと出会ってしまったことなど、それまでは決して起こり得なかったことが何度も起き、自分の常識は簡単に崩されてしまった。


 それを今目の前で不適な笑みを浮かべている若造もといシオンにとっぷりと教えてやりたかったが、レグリエナが口を開くよりも早く、相手の方が先に動いてしまった。駒が入った箱をごそごそと弄り、中から四角形の小さな駒取り出すと、シオンはそれらを無造作に帝国領内に置いていった。


 「これは大雑把ですが帝国内、主にアスカラ地方の城郭都市の位置であります。これらはその名の通り高い城壁に囲まれた中に街があり領主の屋敷がある、極めて防衛向きの都市です。帝国は外敵から国土を守る、領民を守るという特性上、これらの都市すべてに多数の兵員を置いています。一つの街に最低も千人から二千人、街道の交差点にある大都市ともなれば1万は下らないでしょう。兵を置くのは無論治安維持もあるでしょうが、一番の目的は外敵への対応でしょう。では外敵とは?それすなわち亜人種や異形種に他なりません。


 帝国成立以前よりアスカラ地方、オルト地方の国々や街々は亜人種や異形種の襲撃を受け続けていました。それに対抗するため城壁はより高くなり、壁はより分厚くなり、壁内の兵力はより数を増していった。そして帝国の成立以降この壁と兵は別の意味を持つようになりました。すなわち支配地域の領民の統制です。武威で他者の尊厳を踏みにじった帝国は常に逆襲を恐れている。それを抑えるための兵士が今、帝国の各城郭都市に常駐している兵士達です。


 つまり、それこそが帝国の弱点となります。地方の領民が反乱を起こすかもしれない、そんな疑心暗鬼に囚われている以上、帝国は例え入り用になったとしても兵士を動かすことはできません。それまで動いたことがない兵が動く、ということは住民へ不安感を与え、何より跳ねっ返りが蠢動する悪因になりかねませんから」


 とどのつまり、帝国が動かせる兵力は議場の多くが思っているよりも少ない、とシオンは高らかに宣言してのけた。それが一体どのようなデータに基づいているのであれ、今シオンが説明した帝国上層部の心理状況は納得がいく説明でもある。


 帝国は最前身であるメロヴィン王国、オルト帝国以来、国土を拡大させるため他国への侵略を繰り返してきた。帝国に侵略された国々の人間は文化と尊厳を踏みにじられた恨みを子々孫々まで抱き、それを抑制するために兵士を常駐させるという理屈は通っているように見える。だがそれでも50万という兵力が消えるわけではない。国家の危機となれば帝国はなりふり構わず各所から兵士を引っ張ってくるのではないか、レグリエナがそんな疑問を呈すると、シオンは大丈夫です、と言い、続いて指揮棒を帝国周辺の人間種国家へ向けた。


 それは帝国の北側にある半島国家、ロサ公国、南部の海沿いに並ぶチルノ、ミルヘイズ、クターノ王国、そして帝国と直接の国境は挟んでいないが、南部半島のアスハンドラ剣定国の五つだ。どれも国家規模ではムンゾ王国より少し上か少し下程度、つまりさほどの差はない国家群ということだ。


 「——帝国がそんな暴挙に出ないように我々は脅威を増やします。すなわち、この五つの国すべてに帝国の意識を向けさせます」

次話投稿は早くとも三月を予定しています。

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