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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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行動前夜

 深夜のヤシュニナ首都ロデッカを蜘蛛の(ウンバラ・)軍令(ジェルガ)ヴィーカが歩いていく。蠢く彼の手足を隠すように深くマントを羽織り、その素顔を隠す鉄仮面の内側から複眼を覗かせて、彼は自分と並んで歩いている界別の才氏(ノウル・アイゼット)シドに声をかけた。


 「シド、本当に()()を使わざるをえない状況になるのか?俺にはまだ信じられんがな」

 「なる。帝国は本気だ。四小邦国郡を経由してヤシュニナに入れないのなら選ぶ手段は大きく迂回して直接上陸するしかないからな」


 普段から被っている山羊の頭蓋骨を模した仮面を取り、シドは金色の瞳と灰色の頭髪を覗かせた。整った顔立ち、少女と見間違えてしまうような華奢な体躯、しかし一切体に起伏がないことやその身長、わずかな顔の形の違いから「彼」だとわかる。このヤシュニナという国でシドが自分の素顔や素の体躯をさらす人間は限られる。彼が素顔を見せるということはそれだけ状況が切迫し、また今の会話を盗聴される心配がない、ということの何よりの証だろう。


 その状況下だからこそシドが向ける眼差しは真剣そのもの、決して冗談で帝国の侵攻があるなど言ってはいなかった。長年の付き合いからヴィーカはそれを察し、また生唾を吞み込んだ。


 帝国、アインスエフ大陸東岸部の国家でその名を冠する国はアスカラ=オルト帝国以外にありえない。過去何度となく侵略戦争を繰り返し、建国以来常に戦いに明け暮れた戦士の国だ。精強な帝国軍の力は大陸東岸部最強であり、その数は60万とも80万とも言われている。同じく軍事力に秀でるヤシュニナでもまともにぶつかり合えば勝利したとしても国力の再生に10年は要するだろう。


 そう、帝国を相手にヤシュニナ単独で当たれば。


 「今現在大陸に残っている帝国以外の国家はエイギル協商連合、ロサ公国、チルノ王国、ミルヘイズ王国、クターノ王国、そしてアスハンドラ剣定国の六つ。それにヤシュニナと四小邦国郡を加えれば国力の上で帝国と拮抗する。その交渉材料にこいつを使う。話はわかるが、遠洋航海を済ませたばかりだぞ?(チャンバー)も安定しているとは言いづらい。言ってしまえば爆弾を抱えているようなものだ。いくら強かろうと扱えなきゃ意味はない」


 ヴィーカの視線が虚空へと向けられ、シドもそれに倣った。だが視線の先にあるのは断じてただの漆黒ではない。それは光に照り輝く漆黒だ。まるで壁のようにそびえ立つそれはまさしく果てなどないように見えた。


 ヤシュニナという一国家が十年以上の歳月をかけて生み出したまさに国家の技術の象徴、これについて知っているものは氏令の中にも多くはない。まして国外の為政者が知る由もない。


 「遠洋航海中に竜種、それも1000年級の古代種と戦ったが、こいつは圧倒してみせた。装甲の硬さは竜の鱗を上回り、砲火は息吹に匹敵する。どんな時も矛より盾を強化するに限る。自分の刃で手を怪我してちゃ世話ないからな」


 ヴィーカの軽口にシドはこくりと頷いた。報告書を読めばその威容が見ずとも伝わってくる。もし他国に人間が報告書を見たら夢小説か何かかと勘違いするだろう。少なくともプレイヤーでなければ信じないはずだ。


 「そのプレイヤーも160年も経てばもう数えるくらいしかいない。帝国はプレイヤーを狩り尽くした。ヤシュニナのプレイヤーも一人、また一人と死んでいく。肉体的には不死でも心が死んじまう。何かに没頭でもしない限りはな」


 それはプレイヤーの性なのかもしれない。この世界の異端児であるプレイヤーはどんな種族であろうと寿命で死ぬことはない。昔は楽しかったことも、今は楽しくなくなる。周りばかりが変わって、自分は心だけがすり減っていく。それがどうしようもなく、やるせなくなって、自死を選ぶプレイヤーは決して少なくはない。


 望郷と言ってしまえばそれまでだが、160年も経った今でも故郷に、現実世界に帰りたい、と願うプレイヤーはやはりいるのだろう。自分達には何もできない、だから願う。まさしくプレイヤーとは皮肉の効いた名前だ。


 「嫌なことも楽しかったことも全部憶えてるから嫌になるよ。そういえばこの前メルコール大陸から戻った商船がお前宛ての手紙を運んできてたぞ?」


 なぜシドがそれを持っているのかとヴィーカは問うが、問うだけ無駄だ。絶対に答えないだろう。シドとはそういうの人間だと170年以上の付き合いで把握している。


 「シルディーネからだ。向こうも戦争が続いているって」

 「あいつもバカだな。死ねる体だったのに死なない道を取るなんて」


 「まぁ、うちのレギオンじゃ一番のお人好しだったからな。そのくせやたら強くて怒った時は手がつけられなかった。憶えてるか?怒ったシルディーネがレステルの野郎を追い回しているのを見かねたリドルが()()()()()()やつ」


 ああ、とヴィーカは小気味よく肩を震わせながら答えた。怒った理由がなんだったのかはもう忘れてしまったが、確かにあれは傑作だった。おそらく200年以上のプレイヤーとしての人生の中で最高の瞬間だったことだろう。あの日はリドルとシルヴィーネ、そして今は亡きレステル以外は全員ゲラゲラと笑っていたと記憶している。


 そんな怒れるシルヴィーネを止めるのはいつだってヴィーカの仕事だった。彼がレギオン内最高の毒使いだったから、というのが最たる理由だが、それとは別にシルヴィーネと昵懇の間柄だったからでもある。本当にあのころは色々楽しかった。


 「だが今は、違う。俺達は勝たなくちゃいけない、帝国に。そして帝国の先に」

 「そうだな。でなけりゃここまで死んでいった奴らが浮かばれない」


 それは宣言。これからの戦いすべてに勝利するという宣言に他ならなかった。そして歯車は回り始め、ヤシュニナは帝国との全面戦争へと突入する。


✳︎

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