表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
67/310

ミュネル王国の終わり

 ミュネル王国の首都マラックを取り囲む兵士達はぼんやりとした表情を浮かべていた。中には欠伸を噛み殺している人間もいて、非常に不真面目な様子を漂わせていた。


 兵士達のたるみ軍の指揮官にも伝播し、煙熾しの(モーヤ・フレンツェ・)軍令(ジェルガ)イルカイは眠たそうに涙を潤ませた目尻をこすりながら遠方のマラック眺めていた。未だに翻るミュネル王国旗をイルカイは忌々しげに睨め付ける。しかしいくら睨め付けたところでマラックを囲む防壁が朽ちて落ちるわけでもなかった。


 ヤシの大葉にも似た派手な頭髪をかきむしり、イルカイは野戦食堂へと向かった。暇を持て余したのか、それともサボりか多くの兵士達が鍋を囲み、濃すぎてかつ歯応えしか感じない肉壺を突いていた。干し肉なんて上等な代物ではない。干したアザラシや海洋生物の肉を肉壺の中でブロック状に固め、鍋で溶かすというグリムファレゴン島特有の保存食、固めた肉(ベーコン)はすこぶるまずい。


 凍土の奥底で固めた肉は沸騰したお湯の中でもそうそうと溶けることはなく、暖かくなった肉にしゃぶりつこうとしてもそれは噛むよりも飲んだ方が早いほどに硬い。消化不良すら起こしそうなほど絶望的に固く、絶望的にまずい。塩か胡椒でもあればいいが、そんなものまで運送してくれるほどヤシュニナ軍の輜重部隊は融通が効くわけでもない。まずい食料、退屈すぎる包囲はすでに四日を迎え、暇さえあれば野戦食堂でまずい鍋を囲む生活が定着しつつあった。


 「ああ、野菜が欲しい」「エールだ!エールはないのかよ!」「柑橘系の食いもんが欲しい!」「甘味だ、甘味!」「塩っ辛いもんが欲しいよなぁ」「あーイカ食いてぇ」「おい、それって蜂蜜酒(ミード)か?」「甘味欲しがってるやついるかー?蜂蜜酒だってよぉー!」


 ムンゾ王国を陥落してから一週間以上、ガラムタ王国が陥落してからすでに四日していた。カイルノート王国はムンゾ王国陥落以前から王炎の(エヌム・オカロス・)軍令(ジェルガ)リドルらによって国内の動乱は鎮圧されていてたので残る四邦国郡の中でヤシュニナに叛意を示しているのはミュネル王国だけだ。それも本当にごく一部の人間に限る。


 鍋の中に入れたブロックを突きながらイルカイはちらりと本陣に掲げられた三旗に視線を向けた。一つはヤシュニナの嵐を模した風車の国旗、一つはグリムファレゴン島統合の象徴である白い狼の旗、そして最後の一つはミュネル王国の大弓を象った国旗だ。


 女王(ミナエヌム)サーベラが崩御し、宰相(エヌムカイン)だったアザシャルが王権を代行する、という話が出た時眉をひそめない人間が国内にいないわけではなかった。彼らはアザシャルへ不審感を持ちつつも形だけは従っていた。だがアザシャルが女王を暗殺した事実が()()()()()()()()()明るみになった時、一斉に蜂起し首都マラックへの街道を推し進んだ。そして現在はヤシュニナ軍と合流し同じ釜の飯を食っている。


 ちらほらと軍服が異なる人間が食堂の中にもあり、ヤシュニナ兵と談笑を頼んしでいる姿が見え隠れしていた。それが民族統合の証になるのかはイルカイにはわからなかったが、界別の才氏(ノウル・アイゼット)シドや橋渡しの(ルス・ウオル・)議氏(エルゼット)アルヴィースの強い意向で共同戦線を張ることが決定されたため文句の言いようがなかった。


 そうやって共同戦線を張ったはいいが、いざ蓋を開けてみればただ一日中ずぅっとマラックを監視しているだけの作業を共有する以外の仕事は何もない。マラックを包囲する人員の数は三万を越え、それが日々惰性を謳歌しているのだからたまったものではない。いっそ一部を慈善事業に参加させミュネル国民へ自分達は侵略の徒ではない、と訴えてはどうだと提案してくる将軍(シャーオ)もいたが、イルカイはめんどくさかったので却下した。


 食事が終わり、ふと時計へ視線を落とすとまだ朝の9時だった。これからまた一日中監視作業か、と欠伸を噛み殺しながらイルカイは矢倉へと登っていく。ここ数日の自分の定位置にどかりと座り込み、爪楊枝で歯茎の掃除をしながら城門を睨んだ。


 かつてのミュネル王国は今や陰りを見せ、今や亡国の瀬戸際にある。いや元々滅びを待つばかりの国家だったのかもしれない。ミュネルの内情についてイルカイはとんと知らないが、年々経済成長率が落ちていることは把握している。


 「お、ありゃあ、ああ。いつものか」


 イルカイの視線の先には竜馬に乗った騎兵がいた。三角旗を三つ翻らせ、背中に挿していた。ヤシュニナを含めアインスエフ大陸東岸部では降伏勧告を表す旗だ。毎日決まった時間に城門前で降伏勧告をする。しかし毎度の如く弓矢を射かけられるのがお決まりだ。


 今日もそうかな、とのんびりとした気持ちでイルカイはどっかりと背をもたれかけるが、降伏文を読み上げている兵士を射かけようとはしなかった。むしろ何かを城壁の上から呼びかけている気配すらあった。


 やがて城門が内側から開き、中から黒衣の騎士が十数人ほど現れた。先頭を走る騎士は傍に木箱を持ち、ゆっくりと歩をイルカイらがいる本陣へと進めていた。


 「ああ、なるほど」


 何を持ってきたのか察したイルカイは吐息をこぼした。その日6月30日、ミュネル王国は陥落した。たった一人の犠牲によって。


✳︎

次話投稿は10月15日21時を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ