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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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決戦前夜

 6月21日と22日の合間の夜、雲が流れ月が陰った夜、五百騎にも見たない騎兵がシトラ川へ入水した。


 馬は足首に消音用と遊泳用のマジックアイテムを、口は縛り、頭部から尻部にかけて流木に偽装した被り物をかぶらせている。騎手自身も深々と迷彩マントを羽織り、水に浸かって下半身がゾワゾワとする感覚を味わいながら物音を立てずに渡河を始めた。


 6月も後半とはいえ北の島であるグリムファレゴン島の川はやはり寒い。レクシスは中流に位置する都市ではあるがそれでも長時間水に浸かっていれば一気に体温を奪っていく。体をこすり失われていく体温を取り戻しながら暗闇の中を騎手達は竜馬達とともに進んでいった。


 前を歩いている騎兵とぶつからないように川を渡る騎兵らは十人一組で長縄でつながっていた。これは暗闇で見当違いん方向へ騎兵が分散しないためでもある。それらを先導する先頭の騎兵はコンパスを片手に方角を間違えないように前進していく。


 川の流れは穏やかで渡河をするには申し分ない。川の深度は容易に馬の背丈を越えるが、遊泳用のマジックアイテムのおかげで少なくとも沈むことはない。一時間半もあれば渡河は可能だ。


 雲天の夜、静かな川、そして完全に注意が東方へ向いているという絶好の機会が今だ。ここを逃せばレクシス内への侵入は難しくなる。最大限の警戒をしつつシドとエッダを先頭に前進していった。


 「川向こうの兵士達は気づくでしょうか?」

 「……声を落としてください。ガヤガヤと喋れば気がつかれます。渡河が成功するまでは会話はNGですよ」


 ふと不安を口にするエッダをシドは注意する。せっかくの好条件を会話一つで台無しにされてはたまったものではない。だがエッダの問いは一理ある。かなり広範囲に分散して渡河させているとはいえ月明かりが出てくれば流木にいくら偽装しようが見抜かれてしまう。一つや二つならばまだしも数十、数百もの流木が下流へ流れず、対岸を目指す光景は異様と言わざるをえない。


 暗闇を利用してその異様さをカバーしてはいるが、対岸にいるムンゾ兵の中に夜目が効くもしくは感知系のスキルを持っている人間がいればすべてがおじゃんになる。相手の視覚をごまかす幻術を広範囲に展開すれば見抜かれる確率は下がるが、シドの使える魔法の中に広範囲をカバーする幻術はない。


 本当にこの渡河は賭けだ。早期に戦乱を収束させるための大いなる賭けだ。ここで重要なのはヤシュニナがムンゾを倒すことではない。エッダがシースラッケンを倒すことだ。そして王位を彼から簒奪、いや取り戻すことで新たなるムンゾ王国を実現させる必要がある。ガラムタやミュネル、カイルノートはその後にどうとでもなる。懸念があるとすればガラムタだが、あの国には利発で商才に優れた王子(ウトエヌム)がいたはずだ。彼を王位に付ければ問題ないだろう。


 むしろシドが今回の渡河を成功させる、引いては王位簒奪を成功させる上で懸念しているのはムンゾ王国兵ではない。いくら練度にすぐれていると言ってもせいぜいがレベル40から40後半の兵士は数こそ集まれば厄介だが、レベル150のシドからすればどうとでもなる相手だ。


 問題はむしろ帝国の尖兵にある。


 船上で、イェスタの港町で邂逅した龍面髑髏(デア・ルーファス)。帝国にとって優秀な諜報員であり強力な武力である彼らの存在は厄介極まりない。レベル100を超える猛者がまだ敵方に存在しているかもしれないという不安は前途に暗雲をたちこめさせる。


 よしんば渡河が無事に終わったとしてもその後の王宮突入ができる体力が今の騎兵にはあるのか。王宮へ続く道行きに配置されている兵士の数はどれほどのものか。どこにシースラッケンはいるのか。考え出せば不安の種はキリがない。


 抱える不安の種に比例して双肩が重くなっていくのを感じた。表情はますます渋くなり、仮面をつけてなければ周囲の和を乱しかねなかった。


 ため息を何度となく繰り返し、五百の騎兵は渡河を成功させた。水音を立てないように馬を丁寧に丁寧に河岸へあげていき、城壁の死角となる真下にぴたりと張り付いた。


 「日の出と共に王宮まで直行します。王弟(エヌムトイ)エッダは王宮への道筋はおわかりになりますか?」

 「もちろんですとも。私が何年この街ですごしたと思っているのですか。路地のすべてを憶えていますとも」


 「それはよかった。では事前に説明した作戦で行きます。四つに分けた分隊で一路王宮を目指し、占拠する。道中での戦闘はなるべく控え、市民に被害が及ばないようにする。よろしいでしょうか?」


 「ええ。いくら勇名轟く親衛(シュルツ・シュタッカ)(・アタナトイ)と言えど突如の強襲にまで対応できるほど実戦経験はない」


 つまりお飾りだと言い切るエッダの発言に周囲の兵士から笑みがこぼれた。それはきっと冗談半分、本気半分の発言なのだろう。


 「さてそれじゃぁ朝を待ちましょう。朝が来れば色々と終わる。終わらせられる」


✳︎

次話投稿は9月29日21時を予定しています。

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