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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
58/310

大河を挟んで

 騎兵五百、歩兵二千五百の計三千の兵士は砂塵を巻き上げてシトラ川の流域に差し掛かった。対岸には今まさに槍を構えて渡河しようとする三千の兵を討たんとするムンゾ兵の姿があり、彼らは一様に赤い毛玉がついた兜をかぶっていた。


 「あれは、親衛(シュルツ・シュタッカ)(・アタナトイ)ですか、王弟(エヌムトイ)エッダ?」

 「ええ。我が兄シースラッケンが手塩にかけて育てたムンゾ王国最精鋭の軽騎兵隊です。その数は一万、とても我ら三千で勝てる敵ではありません」


 馬上から黒髪の美丈夫が答える。秤の(ポータスカ・)王弟(エヌムトイ)エッダは青を基調とした荘厳な衣装に身を包み、見事な装飾の弩を背中には背負っている。柔和で物腰は柔らかくとても苛烈な性格の兄と同じ血が通っているとは思えないほど穏やかな印象を周囲に覚えさせ心を落ち着かせる得意な雰囲気を感じさせる人物だ。


 エッダの視線は一度対岸の親衛隊へ向き、ついで望遠鏡でその配置を観察している仮面の男に向かった。仮面と言っても平たいよく見られるものではなく、山羊の頭蓋を模した不思議を通り越して不気味な印象を覚える仮面だ。ボロを纏っているためさらに怪しく見えてしまう。


 「それで才氏(アイゼット)シド。我々はいかなる戦略を用いてあの強固な守りを突破するのですか?ここに至るまでは()()()()()()()()()掲げることでどうにかなりましたが、ここから先はその手も通じないでしょう」


 エッダはおろかこの場に集った三千の兵士全員の視線が界別の才氏(ノウル・アイゼット)シドに集まった。そもそも今日ここに至るまでの侵攻もシドの提案によるものだった。なんらかの勝機があって行動に移ったはずだ。


 しかしエッダらが事前に聞かされたのはムンゾ王国の旗を掲げて一路レクシスを目指すことだけだ。それ以外の指示は今の今まで一切知らされていない。不安を覚える兵も出始めている。それを納得させこの場に踏み止めるだけの説得力を果たしてシドは持たせられるのか、という疑念がエッダの中では渦巻いていた。


 「——なにもしませんよ。私達はここで待機です」


 「待機?相手の鼻先まで侵攻して何もしないのですか!?」「それではいずれ包囲され殲滅される決まっている!」「ミュネル王国から追撃部隊が来るかも知れないのですぞ!」


 様々な疑念の声と怒号があちらこちらから飛んだ。それらを制止しつつエッダは怪訝そうにシドを見つめた。


 「才氏シド。具体的になぜ待機するのか、なぜなにもしないのかをお教え頂きたい。このまま待機したとて兵達が叫んだように包囲・殲滅されるのがオチではありませんか?」


 「確かにその通りです。我々がここで何もせずにいれば数日中にレクシスから大挙して押し寄せる親衛隊になぶり殺しにされるでしょうね」


 「であればどうして?」


 「はい。ですがご安心ください。()()()()()()()()()()


 意味がわからないとエッダは眉をひそめた。その様子を見て手元の黒真珠の杖をくるくると回しながら、得意げにシドは詳細を語っていく。


 「ヤシュニナとムンゾの国境にヤシュニナ兵三万が集結していることはご存知ですか?すでに彼らにはとある指示を下しています。我らがレクシスに到着すると同時に一斉にムンゾ王国領内へ侵攻せよ、と」


 ムンゾ王国が対岸に現れた反乱兵に対して明確な殲滅行動に出るまで最低でも1日は必要とするだろう、とシドは見積もっていた。いくら首都近郊まで攻め込まれたと言ってもこちらは補給のことなどまるで考えていない強行軍だ。常識的な指揮官ならばそんな軍を見ればなるべく兵士の犠牲を減らすために持久戦に持ち込み、疲弊しきったところを討つだろう。


 無論、敵が対岸に居座っているという事実は治安の擾乱を巻き起こすだろうが、それこそシースラッケンがここ一週間程度で落とした名声を高める良いチャンスになる。こちらには一万の精強なる軍隊がいると自信満々に熱弁すればある程度市民の不安は取り除けるはずだ。数の上でも練度の上でも勝っているとなれば負ける道理がない。


 しかしそれを許せばこちらが負けてしまう。だからあまり使いたくはなかったが、ヤシュニナ本国へ援軍を要請した。向こうがこちらの助けに来る可能性は低いだろうが、国境付近を犯されればレクシス内の意識はそちらへ向く。対岸の三千よりも国境の三万の方が明らかな脅威だ。


 ヤシュニナ兵の装備の良さと練度を加味すればレクシスまでは四日から五日といったところだろうか。道中での交戦も加味すれば一週間近くかかるかもしれないが、それでもじわりじわりと侵攻してくる自国の四分の三に匹敵する兵士というのは恐怖を増長させる。


 三方向から一気に攻め立てられれば事態を収拾するためにムンゾ王国は国内の総力を動員しなければならなくなる。だが向こうは向こうでそれはできない。


 「ミーガルですか?確か兄上はあの要塞にかなりの兵士を駐屯させていたはずです」


 「私が聞いた話では確か駐屯していた兵士は四千ほど。今第九州に派遣されている軍令(ジェルガ)はシオンですから数日とかからずに陥落させるでしょうね。これだけでムンゾ王国は全兵士の実に一割を失います。今後ムンゾの武力を背景に帝国と交渉しようとしていた奴らがその犠牲を良しとしますか?それ以前の国民がミーグルの失陥という事実を前にして心の安寧を担保できると?」


 仮面の裏側でシドは下卑た笑みを浮かべた。今日ここに至るまでエッダを上げ、シースラッケンを下げる様々な噂や歌をムンゾ王国内には流布させた。主にディコマンダーに四方八方へ飛び回ってもらって吟遊詩人の真似事をさせただけだが、通信技術の中での最速が伝書鳩ならぬ伝書鷲の時点でこの世界において速度は正義だ。転移スキルが使えるシドからすればこれほど噂の拡散が容易な世界はない。


 「だから一日、いや二日も待てばレクシスは揺らぐ。揺らいでその抑止のために兵を割かなきゃならん。情報は随時伝達させていますのでご安心を。おおよそ三日後に我々は混乱するレクシスに、いえ王宮に攻め込むとしましょう。ある程度の犠牲は出るでしょうが、それでも王さえ討ち取れれば事態は収束しますから」


✳︎

次話投稿は9月25日21時を予定しています。

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