表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
54/310

ムンゾ王国某所にて

 「ば、ばかな」


 レクシスに設けられた数多くある豪邸の一室に男性のおののきの一声が反響した。もし防音用のマジックアイテムを使用していなければきっと音は外に漏れていただろう。それほどに男が受けた衝撃は大きく、受け取った報告書を取り落とすほどだった。


 無味乾燥とした白い壁の部屋にいるのは貴族然とした豪奢な衣装に身を包んだ長身の男と喪につつまれた女の二人だけだ。他にあるものと言えば部屋の中心に置かれた防諜用のマジックアイテムしかない。男のおののきも外に漏れることはない。だがたとえ漏れなくてもいささか大きかった。眉間に皺を寄せ、女は男が取り落とした報告書をつまんで自分の手元に引き寄せた。


 一体どんな衝撃的な内容が書かれているのかと見てみれば、なるほどその内容は男が驚くには十分すぎる内容だった。過日イェスタで行った界別の才氏(ノウル・アイゼット)シド襲撃作戦の結果報告、その結果だけを言うのならばまさに敗北と言う他なかった。龍面髑髏(デア・ルーファス)の実働要員のほとんどを用いて行った一大作戦は結果的に十二高弟3名、戦闘員48名全員の死亡という形で幕を閉じた。イェスタは炎上、市民にこそ被害はでなかったが多数の家屋が全損ないし焼失した。


 一見するとただ龍面髑髏がシドに負けただけのように映るが、それだけならば目の前の男が背を丸め込むほど驚くことではない。事態はより一層深刻だ。大規模な港の破壊により一時的にとはいえ港湾区が使いものにならなくなった。復旧には数ヶ月を要するだろう。その間、イェスタを利用した武器類の密輸は事実上不可能となり、帝国からムンゾへの武器・食料の援助は中止とせざるを得なくなった。


 さてそうなると困るのは帝国側にいる男だけではない。具体的に誰が困るかと言えばそれはシースラッケンだ。元々帝国の援助を期待してヤシュニナ氏令国に反旗を翻したあの王からすれば今回の事態は痛恨の極みと言わざるを得ない。なにせ全面支援を約束した帝国とのパイプが一時的にとはいえ切れたのだ。有事の際の派兵はおろか物資の援助も期待できなくなればこの叛逆に成功の芽はない。


 「どうなさいますか、エルジム伯。逃げますか?」


 女に問われ、シャスター・エルジムは顔を上げる。わずかに逡巡するような表情を見せ、数秒後に彼は否と口にした。


 「確かに今逃げればまだ我が国とムンゾの関与は隠し立て可能だ。人類の防人である帝国の威厳も保たれる。だが同時に帝国が予定よりも早く動かねばならないということだ。現状の帝国はまだ海軍戦力が整っていない。早期攻勢は無謀に等しい」


 「ではどうなさいます。現在の我らの手元にはまとまった部隊はおりません。つい先日イェスタで壊滅しましたから」


 ひらひらと用紙を揺らし、女はため息をヴェールの向こうでついた。シャスターはわかっている、と語気を荒げて吐き捨てた。


 「この際だ。シドの暗殺は諦めよう。そもそも船舶襲撃が失敗した時点でやめればよかった。たらればの話だがな」

 「ではシオンの暗殺に切り替えますか?あちらはシドよりも実力では数段、いえ数十段劣ります」


 「いやそれはシースラッケンにやってもらおう。どうせ失敗するだろうし、それを口実にムンゾはヤシュニナに滅ぼされるだろうが、それならそれでよい。互いに戦力を減らしてくれるのだからな」


 シャスターは先ほどまでの悲壮感を漂わせた落ち窪んだ表情が嘘だったか、演技だったかのように快活に毒を吐く。ケラケラと愉快そうに笑うその姿は常日頃から女が見ているシャスター・エルジムの姿だった。落ち着きを取り戻し、冷静に現状を分析していく傍ら、ふと女はシャスターに気になっていたことを質問した。


 「それはそうとエルジム伯。ムンゾについては諜報活動に専念ということでしたが、ミュネルはどうなさいますか?ミュネル女王は暗殺されたのでしょう?」


 その質問が彼にとって悩みの種だったのか、質問の直後にシャスターは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。頭痛でも覚えたのか、こめかみに手をそえてシャスターは唸る。


 つい四日前6月12日のことだ。ミュネル女王(ミナエヌム)サーベラの崩御、代理として宰相(エヌムカイン)アザシャルが政務を執り行うことが四小邦国群、ヤシュニナに知らされた。


 それを聞いた時ついシャスターは「馬鹿かよ」と素の性格で心情を吐露した。この状況でまさかの女王暗殺、そればかりかミュネルにいたエッダは行方不明ときている。情報が漏れていた、と見るべきだ。そしてエッダが知れて女王が、サーベラが知らなかったということはありえない。


 「恐らく女王は自死を選ぶことで国民に不安感を与えたのだろうな。支持されていた王が突然の崩御、後を継いだ人間の政治に不審を少しでも抱くだけであらぬ噂が流布される。そして……」


 「その流布をエッダが担っている、と?ミュネル王国は元々あまり我が国の諜報員を送っていません。アザシャルの近辺に監視要員程度の人員を配置するにとどまっていますから」


 龍面髑髏の人員はほとんどがムンゾ王国の中だ。他の三国には極少数の監視と伝達用の人員しか配置していない。当然ながら技量でも実力でも二線級の人間ばかりだ。単純な実力ではおそらくカイルノートの兵士五人とどっこいどっこいと言ったところだろう。


 「私が動いてアザシャルを制御しましょうか?」

 「それは困る。レストアに動かれては私のことは誰が守るんだ」


 レストアと呼ばれた女性ははぁ、と気の抜けた声で返した。こうも開き直られてはこう返すしかない。脱帽だ。


 「とにかく。アザシャルについては随時報告を送らせろ。あのバカがバカをやらかす前に手綱を握っておけ。ガラムタ、カイルノートについては現状維持だ。特にカイルノートは刺激するな。今あそこにはリドルっていう爆弾がいるからな」


 あんな移動厄災に動かれては龍面髑髏がいても安心などできない。そもそも個人で帝国の半分と戦っても勝利できるとかいう化け物を相手にすること自体が馬鹿げている。まだイェスタを燃やしたという青い悪魔と戦った方がマシだ。


 現状の確認とこれからの指針を決定し、シャスターとレストアは部屋を後にする。


——6月16日のことであった。


✳︎

次話投稿は9月15日21時を予定しています。


※第二章第一話にて帝国との戦いでミュネル王が死んだ、という記述があり、なぜかその後第二代ミュネル王が登場し活躍したと描写されていますが、、死んだのは初代ミュネル王です。戦場で軍権が第二代ミュネル王へ移り、活躍しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ