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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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二人の氏令

 「結局次の日までかかっちゃったねぇ」


 国柱の御所から出て、真っ先にアルヴィースがそうつぶやいた。手持ちの時計を見ると午前1時をすでに回っていて、シドはまったくだ、と首肯する。()()()()()()シドとアルヴィースは別に眠気を感じないが、時間のロスは気にするタイプだ。そもそも氏令会議自体が午後11時に終わった時点で国柱の宮を出るのはもっと遅くなるのは自明だった。


 完全燃焼の青い炎を揺らす街灯の下を歩きながらシドは「どこかにパブはないか」とあたりを見回す。月下雪上の環境で入る場所と言えばパブと相場は決まっている。気疲れを癒すためにもまずは一杯とどこか開いてそうな飲んだくれの憩いの場所をシドは探した。


 「お、あそことかよさそうじゃん?」


 「えー『踊らない白鳥亭』?おいおい鳥は踊ってナンボだろ」


 店名に文句をつけながらもアルヴィースはシドに着いてパブのドアをくぐった。パブの中はオレンジ色の光に包まれ、外と違って温かい。もう夜中だというのに活気があり、飲んだくれや家出小僧、家を蹴り出された親父なんかがカウンターやテーブル席に座り、ワンワンギャーギャーと叫び合っていた。


 「相も変わらず騒がしいな」

 「何度か来たことあるのか?」

 「いや?言ってみただけ」

 「なんだよ。じゃぁどのエールがオススメとかもわっかんねーのか」


 ぶつくさ文句を言いながらアルヴィースはテーブルを確保した後、定員の一人にエールを二つ、と注文した。ほどなくして木製のジョッキに並々と注がれたエールが運ばれてきた。


 「いいのか?明日は外事院の文官共と色々すり合わせしなきゃいけないんだろ?」

 「俺らは酔わないからいいんだよ。ま、耐性を落とせば酔えるけどな」


 このやろう、と思いながらもシドは自身のアルコールへの耐性を少しだけ下げた。非量子世界ではこんな芸当は不可能だったが、ゲームの世界では話は別だ。喉奥を通る生暖かい液体と濃厚なアルコールが体を熱くするのを感じ、はぁ、と大きな息をシドは吐いた。


 アルヴィースを一瞥すると、一息で全部飲んでしまったのか、やや赤い顔でさらにエールを注文していた。罷免されてしまえと思いたくなる光景だ。仮にも政治家が酔いにまかせてすることか?


 「固いこと言うなよ。さっきまでずーっと働き詰めだったんだ。少しくらいは呑ませてくれ」

 「ま、いいよ。どうせ割り勘だしな」

 「へ、別に払いに困るほど散財しちゃいねーよ。——それで俺を飲みに誘った理由はなんだ?ただ飲みにってわけじゃねーだろ?」


 いつの間にか二杯目のエールも飲み干したアルヴィースは前屈みになってジョッキで口元を隠した。これだけ周りが騒がしければ聞き耳を立てている人間は少ないだろうが、念の為だ。唇の動きで何を話しているのか知られてはたまらない。


 「話が早くて助かる。実は帝国についてちょっとした噂があってな」

 「へー?」

 「実はあそこの財務大臣が近日中に変わるらしい」


 シドの言葉にアルヴィースは眉をひそめた。その反応を見てシドはにやりと笑みを浮かべ、概要を話し始めた。


 「まずこの話をする前に今の帝国財務大臣のテリス・ド・レヴォーカについて話す必要があるんだ。テリスは元々帝国貴族としてはそこそこの地位にいた。爵位も伯爵で、領地運営も安定。権力基盤を揺るがすようなものはなかった。だけど昨年の11月に今年度の予算案をめぐって現帝国宰相アレクサンダー・ド・リシリューと衝突してな。以来ちょっと風向きは悪かった。


 そして今年の2月、アレクサンダーが新しく財務補佐官をテリスの下につけた。今回テリスが持ってくる予定の紙切れの原案は元はそいつがアレクサンダーに売り込んだものらしいんだ」


 「するってーとあれか?テリスは地位を追われそうになって俺らの国に?」


 「多分な。どうせ謀殺されるくらいならせいいっぱい帝国を苦しませてやろうとかいう算段なんだろうぜ」


 本人はそれいいかもしれないが、厄介ごとを持ち込まれた側はたまったものではない。氏令会議の場では賛成に票を投じたが、実の所シドは今回のテリスの亡命にはあまり乗り気ではなかった。仮に帝国から法律の草案を入手したとて怒りの矛が収められるわけではない。いつか脅しの材料が使い物にならなくなった時、あの大国が濁流のごとくグリムファレゴン島を侵略するはずだ。


 総兵力差は8対1。グリムファレゴン島内の全国家が力を合わせてもそれだけの兵力差があるのだ。虎の尾を敢えて踏んで、無事であるはずがない。


 ヤシュニナはアインスエフ大陸東海岸国家の中では比較的に現役のプレイヤーが多い国家ではあるが、それでもやはり数の力は偉大だ。例えばシドは最高レベルである150だが、50レベル代の戦士50人と戦えばどちらが勝つかわからない。レベルなんて所詮その程度だ。あくまで強さの指標、純粋な戦闘力とは程遠い。


 「他国を犠牲にしても我を通す、ね。心中もいいところじゃないか」

 「それでも俺らの国にメリットがあるから外事院には話を通したし、氏令会議にも議題として提出した。——一番いいのは今回の件が()()()()()()になることだけど」


 それを言うなよ、とシドやけっぱちに余ったエールを飲み干した。一番いい結果だが、一番胸糞悪い結果だ。まだテリスをこっちで回収した方が気分がいい。


 アインスエフ大陸東岸部最強と謳われる帝国とことを構えるとなれば相応の流血を覚悟しなくてはならない。それだけの軍事力をあの国は持っていて、テリスが亡命の土産として持ってくる予定の文書はその暴威からヤシュニナを守ることができるからだ。


✳︎

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