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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
四小邦国動乱
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幕間——160年前の慟哭

 その日、指輪王アウレンディルは総勢1296名のプレイヤー達によって打ち倒された。「SoleiU Project」史上最強のボス、最強のワールドレギオンレイドボスの討伐は数多くの犠牲を出したが、無事終了した。指輪王が討伐され勝利を伝える陽光が界国(イスカンダリア)の首都ルグブルズを照らした時、大地が揺れんばかりの大歓声が都市中に轟いた。苦難の果て、指輪王とその側近を含めた10体のボスを倒し、彼らは無事クエストを達成した。


 ——その瞬間、外界との接続が切断された。


 世界の中心から円を描くように発せられた青白い光が世界のすべてへと行き渡り、そこかしこで激しい地震が起こった。地割れが森林を飲み込み、湖畔を飲み込み、集落を飲み込み、都市すら飲み込んでいく傍ら、雷鳴と轟き逃げる人々を狙っているかのように落雷が落ちてゆく。海は荒れ、津波は海岸部を飲み込み、無数の大型海洋モンスターや「水底の監視者」が海岸部の都市を喰らい尽くした。


 天上天下すべてに人の逃げ場はなく、まさにこの世の終わりを体現したかのような天災のバーゲンセールを経て三日三晩の後、プレイヤー達の間でも二つの事件が起きていた。


 一つは彼らが「SoleiU Project」の世界から出ることができなくなったことだ。それまではゲームウィンドウオープンの言葉とともに現れた白い平面にも似たステータス画面が表示されなくなり、当然だが画面の下の方に表示されるはずだったログアウトボタンを押すことができなくなってしまった。


 プレイヤー達は悲壮感を漂わせ、なんでだと騒ぎ立てる者が後を絶たなかった。当然だ。あくまでゲーム、あくまでお遊び、従来のヴァーチャルリアリティの延長線上程度と考えていた量子世界に囚われ、虜囚となってしまった事実を受け止められる人間はそうそういない。どよめきがプレイヤー達の間を駆け巡る中、もう一つの事件が起こった。実際のところ、そのもう一つの事件がある意味でこの世界からゲーム性をなくしてしまったのだろう。


 「死んだ?」


 廃墟と化した界国の首都ルグブルズ。未だに不気味な気配を漂わせる市街にテントを張っていた大手レギオン「七咎雑技団」のレギオンマスター、シドの素っ頓狂な声が暗闇の中で反響した。その反応に彼の真正面に立っていた同じく大手レギオン「赫掌(せきしょう)」のレギオンマスター、レーヴェはしたり顔を見せた。


 「死んだってどういうことだ?いや、そもそも、え?死んだってどういうこと?」


 「字面通り、言葉通り、隠し立てする余地すらなくそのまんまだ。俺様のレギオンとメリュクスのとこから合わせて五人、例の地震で地割れん中に落ちたことは知ってるよなぁ?」


 「そりゃ一応。アイテムはアンチ・アイテムドロップのアミュレットで落ちることは無くなってるから世界のどっかで復活してんじゃ」


 「いや、違う。死んだ。俺様にはわかる。こいつがあるからな」


 レーヴェはシドの言葉を静止すると同時に懐から不気味な装飾がされたメダルを取り出した。「王の標」というマジックアイテムで、同じレギオンに属しているメンバーを光点で表し、もしログインしているならば光点は赤い光を発する。


 一見するとどの光点が誰を表しているのかはわからないが、そこはゲームと呼ぶべきか光点をメダルの中心の光点を軽く人差し指で弾くと青いウィンドウが表示され名前のリストが表れる。それらのいくつかは赤い字で名前が書かれており、今赤文字で表示されている面々がログインしていることがわかる。つまりメダルの上の光点はあくまで装飾というわけだ。


 「注目してほしいのはここだ」


 レーヴェは赤文字ではない白文字の名前の一つを指さした。「ママーれーど」とある。確か後方支援役だったな、とその名前のプレイヤーを思い浮かべ再度シドは名前を見つめた。名前の最後の方に「Unlogged」と記されている。これだけを見るとただログインしていないだけかな、と思うがレーヴェの目は違う、違うと訴えていた。それはそうだ。昨日今日までこの世界にいたはずの人間がどうしてログアウトしているのか。それも死んだ後に。


 「死ぬことがログアウトのトリガーになるってことか?」

 「そんなお気楽な頭じゃねーだろ、陰険髑髏。まぁ否定はしねぇがなぁ」


 「メリュクスはどうしてる?」

 「あいつの性格を考えてみろよ。今は寝込んでるよ」


 だろうな、とシドはいつも被っている仮面をさすった。付き合ってからもう半世紀近く経ち彼女の性格はよく知っているつもりだ。レギオンメンバーをとても大事にし、誰に対しても分け隔てなく接する善人の局地のような人間だ。もっとも種族はシドやレーヴェ同様に人間種ではないが。


 彼女が落ち込んでいるという情報を得て、シドは少しの間だけ瞑目した。暗闇の中、二人の間で割れる薪の音だけが微かに鳴った。パチ、パチ。炎が割れる中、静かにシドは目を見開き、灰かき棒で焚き火の中の灰をかき出した。


 どうするべきだろうな、とシドは燃え盛る炎を眺めながら自問自答する。今この地、首都ルグブルズにいる「七咎雑技団」のメンバーはレギオンの最精鋭だ。これから何をするにしても武力という意味では苦労することはない。一路レギオンの本拠地があるアゼシアに戻ることは簡単だ。問題はそこからどうするかだ。


 アゼシアに戻って何をする?アゼシアで何をする?残ったメンツを率いて何をする?


 わからない。全くわからない。ちらりとレーヴェを見るが、彼は口元に笑みを浮かべていた。すでに何をするのか決めているようでその笑顔は不敵だった。


 「——すいません。シドさん!」


 そんな矢先、暗闇の中から一人のプレイヤーが現れた。「レステル」という黒衣の男だ。指輪王アウレンディルの居城を見張っていたはずの男がこの場にいる事実にシドは懐疑の目を向けた。


 「実はちょっと城に異変が。とにかく来てもらえませんか?」

 「わかった。レーヴェも来るか?」

 「ああ。俺様も気になるからな」


 そしてレステルに案内され、二人がその異変の正体を目の当たりにした時、シドは仮面を取り冷ややかな微笑を浮かべた。


 「どうしたよ、シド」

 「ああ、レーヴェ。俺はさ国を作ろうって思うんだ。商業国家をな」


 「何を思いついたか知らねぇが俺様の邪魔だけはすんなよ。まぁ『赫掌』の存在理由を考えれば俺様が何をしようとしてるかはわかるだろうがな」


 そしてそれから10年後、シドはヤシュニナ氏令国を建国した。


✳︎

次話投稿は8月31日21時に投稿します。


キャラクター解説:


 レーヴェ・ナイヒルヌーム。種族:悪魔系統。レベル150。趣味:暗躍、鏖殺、強者との戦い。好きなもの:ヴェッサリア産のワイン。嫌いなもの:メルクサンド。シドの悪友。昔はシドと同じレギオンに属していたが、ある事件でレギオンが崩壊したことで別々の道を歩んだ。リドルと互角の実力者。


 メリュザンド・ハルジオン。種族:龍人系統。レベル150。趣味:睡眠。好きなもの:ヴェッサリア産の卵でつくったプリン、紅茶アーリーヘブン。嫌いなもの:指輪王アウレンディル、直神マンウェイ。愛称メリュクス。世界最高峰の近接戦闘技術の持ち主。ちょっと子供っぽい。


 レステル・カイザーコール。種族:レ・デューン。レベル131。趣味:戦闘訓練。好きなもの:セナ・シエラ。嫌いなもの:悪虐皇ドラウグルイン、堕落皇スリングウェシル。セナのストーカー。セナに昔吸血鬼になりたいと言って噛んでもらおうとしたが、ブチのめされ死にかけた。ゲミル山脈にて魔導皇ディセンバーと交戦し死亡。


用語解説:


 レイド。1パーティー6人の6パーティー36人で行う大規模戦闘。代表的なレイドモンスターとして「ドゥリンの火」などいる。


 レギオンレイド。全36パーティー216人で行う超大規模戦闘。代表的なレギオンレイドモンスターとして「九人幽鬼」がいる。


 ワールドレギオンレイド。全216パーティー1296人で行うゲームシステム上最大規模の戦闘。代表的なワールドレギオンレイドモンスターとして「指輪王アウレンディル」、「悪虐皇ドラウグルイン」がいる。

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