賽の才氏リオールのムンゾ来訪
6月3日正午ムンゾ王国首都レクシスに賽の才氏リオールが率いる使節が到着した。
煌びやかな馬車と完全武装の兵士達、纏う宝飾品と装備品はレクスタの貴族や衛士すら見たことがない荘厳なもので、隊伍を組んで大通りを歩く様はヤシュニナの国威を示すに十分すぎた。整列し精悍な顔つきで大通りを闊歩する様は威厳すら感じさせた。
凱旋するヤシュニナの使節を見物しようと市民は大通りへ歩き出て、あるいは窓から身を乗り出した。まるで初めて意中の人を見た青少年のように頬を高揚させ、彼らは笑顔でリオール率いる使節を万雷の喝采と熱狂的歓声を以って迎え入れた。
歓喜の渦に飲み込まれた民衆を窓越しに眺めるリオールの口元がゆるみ、それは彼の派閥の人間にも波及した。馬車の中の人間達、外で竜馬に乗り手を振る文官、武官達、高揚する彼らは自分達こそヤシュニナと四邦国の橋つなぎ役だという自負に満ち溢れていた。
「いよいよですな、才氏リオール」
「そうですとも。私達が分断されかけたヤシュニナと四邦国を繋ぎ止めるのです。これは国柱や界令の方々からの勅命であり、いずれヤシュニナの国政を担うべき我々に託された試練なのですから」
そう語るリオールの言葉はいつもより戯けているように聞こえた。気分が昂っているからだろうが、それを咎めたりする者はいなかった。彼ら自身もこの自国では味わったことのない痛々しいばかりの昂揚に酔いしれ、そして度を超えた自尊心を昂らせていた。
宮殿前で馬車から降りるリオールの足取りは軽い。出迎えたムンゾ王国の大臣達に軽く会釈し、宮殿内を歩く足取りはさらに軽かった。それはまるで自分が物語りの主人公になったかのような圧倒的な万能感に浸されている人間のようだった。
「賽の才氏リオール、この度は我が国によく参られた。王として此度の貴殿の来訪は嬉しく思っているぞ」
出迎えた赤獅子の王シースラッケンの満面の笑みを見てその自負はさらに加速した。リオールはおろか彼についてきた氏令、文官達は自分達は必要とされていると鋭敏に感じ取り、一層気を引き締めさせた。
「偉大なる王シースラッケン。私どもの唐突な来訪に対してこのような歓待をしてくださり、まことに感謝申し上げます。御身に対し、いささかの土産を持参いたしました。どうぞ、御見聞あれ」
深く、深く頭を下げるリオールは左手で馬車の中から運んできた土産の品を示した。おそらくは一市民には永遠に手に入れられない代物ばかりだ。東方大陸にて織られた上質な絹の反物、お香、龍の瞳と例えられる大宝玉、大黒鳥の羽から作り出した羽ペン、煌びやかな数々の装身具などがズラリと並び、シースラッケンはその輝かしさにほぉ、と息を吐いた。
「才氏リオール、そしてこの度我が国を訪れた使節の方々よ。長旅で疲れているであろう。今宵は難しいことは忘れようではないか。弓のように張り詰めた気をときほぐし、今宵限りはゆるりと休まれるがよい」
「御身の御慈悲に感謝いたします、偉大なる王シースラッケン。ではお言葉に甘えさせていただきます。重ねて私どもへの歓待、感謝申し上げます」
「何を言う。貴国と我が国は100年来の同胞ではないか。良き隣人、良き戦友、苦難を共にした同胞ではあろうが。疲れ切った友人に温かい寝所と湯船、豪華なる食事を用意することになんの疑問がある?」
「いえ、いえ。まことに偉大なる王シースラッケンのおっしゃられる通りでございます」
リオールは顔を上げ、シースラッケンを見た。赤く、野獣めいた瞳孔を激らせ、雰囲気を漂わせつつもシースラッケンは柔和な笑顔を浮かべていた。それはまさしく王が民草に向けるべき威厳と慈愛を両立させた強者を思わせる笑顔だった。再度リオールは平伏し、安堵と怒りを覚えた。
安堵はシースラッケンがヤシュニナを裏切る可能性が万に一つもないと知れたから。怒りは彼を叛徒であると他の氏令に思い込ませたシオンに対してだ。
「御身の前より失礼させていただきます」
そして翌日、シースラッケンに対してリオールは「王弟エッダの裏切りは軍令シオンの策謀かもしれない」と言った。その時だけシースラッケンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、リオールはその反応は妥当だと思った。自分の唯一の弟が他国の人間に踊らされていると聞かされ表情を歪めない人間はそうはいない。
シースラッケンは熟考するそぶりを見せたように見えたが、すぐにリオールに向き直った。浮かべていたのはやはり笑顔だった。
「才氏リオール。貴殿の来訪に私は感謝せねばならんようだ。貴殿の言なくば私は早晩愛すべき弟をこの手で処断せねばならなかった」
「偉大なる王のお役に立て嬉しい限りであります」
「うむ。だが困ったことになったな。軍令シオンか。すでに軍を我が国の国境に張り付けていると聞く。まったくこうもあからさまだと笑いの方が込み上げてくるな。……才氏リオール、私に協力してはくれまいか。共に埋伏の軍令シオンを討とうではないか。あの者こそ貴国と我が国の強固なる友誼を砕かんとする逆徒である」
「偉大なる王のお誘いとあらば乗らぬはずもございません。ですが一体どのようにして」
リオールの知る限りシオンは強い。軍令の座に若くして上り詰め、派閥を形成するにまで至った実力は伊達ではない。レベルに関しても100は超えているだろう。集団で襲い掛かれば可能性はあるが、それはあくまで彼一人を相手にした場合だ。
いい返事こそ返したがリオールはシオンを討つことには懐疑的だ。殺せるなら殺してしまった方がいいとは思うが手段が限られている。眉間に皺を寄せるリオールにシースラッケンは彼の両肩を抑えた。
「才氏リオールには少々苦労してもらうことになる。だがこれも両国のため、いやグリムファレゴン島の安寧のためなのだ」
その力強い眼差しにリオールは突き動かされるものを感じた。ほとばしる王としての威厳と圧倒的な自信がシースラッケンを輝かせ、自然とリオールは首を縦に振っていた。
「それはよかった。詳細は後日知らせよう。それまでは王宮内にてゆるりとなされ」
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次話投稿は8月29日21時です。




