事故Ⅲ
突如として起こった船尾での爆発にシドはおろか彼と対峙していた二人の龍面髑髏すら視線を艦尾へと向けた。それほどの爆発だった。船体が大きく左右へと傾き、甲板に塩水が流れ込んだ。ずぶ濡れの三人はしかし目を艦尾から離さなかった。もくもくと黒煙を吐き出す艦尾から目を離さなかった。
それまではかろうじて航行していたが、今の爆発はその航行を止める決定打となった。流れていた海の景色が静止し、異様に重苦しい音が船のあちこちから聞こえ始めた。それは船を支える柱が折れる音であったり、船底がえぐり蛙音だったりする。やがて船が傾き始めた。波にあおられたとかではなく、自然と甲板が斜めになり始めた。
「マジか。つーかディコマンダーは何やってんだよ」
部屋を出る際にアルグ船長に退艦命令は出させた。おかげですでに甲板には誰もいない。死体しか残されていない甲板でただ三人の戦士が舞踏を演じた。
シドの持つ剣、王の怒りが剣を持った龍面髑髏へと向けられた。レベル150の肉体性能から放たれる鋭い突きだったはずだ。それを龍面髑髏の剣使いは軽々と避ける。仮面の奥底でシドは目を細めた。明らかにこちらの動きを見切っている。戦士としてのレベルだけは明らかにシドより上だ。
それは斧使いの龍面髑髏も同じだった。徐々に斜めになっていく甲板を疾駆し、彼女の大斧はシドの頭蓋めがけて振り下ろされた。咄嗟にアランルースで受けるが、衝撃で腕が麻痺し、続く剣使いの刺突が脇腹を貫いた。一撃はさほどの威力はない。だが一度崩された体勢はそうそう簡単には元には戻らない。
両者は互い互いに間断なくシドへ剣撃を飛ばした。黒真珠の杖で受けようと伸ばした手に的確に剣を差し込んでくる。右手の指が数本飛び、握力が落ちたと同時に斧使いの重撃が振り下ろされた。黄金色の鮮血がほとばしり、シドの手から黒真珠の杖が離れた。すぐにシドは黒真珠の杖に戻れ、と念じるが伸ばした手を今度は手首から男は切断した。
クソが、と仮面の向こうでシドは歯軋りをした。ある程度のレベルになれば痛覚は鈍化するため、痛みに対する嫌悪感はない。だが他の精霊種ならばそくざに再生できる傷を癒せない自分の種族にシドは苛立ちを覚えた。普段は使い勝手がいいが、戦闘となるとこのイスタリという種族は吐くほどに弱すぎる。
片腕で、しかも利き腕ではない手でどこまで保つか。そう思った矢先、それまで傾きかけていた船が一気に船体を海面に対して垂直にした。急激な地形の変動に動揺し、シドと対峙していた龍面髑髏の二人は寄る辺もなく甲板から振り落とされた。
「うわ、クソ」
あくまで冷静にシドは甲板にアランルースを突き刺した。そして片手の筋力だけで体を持ち上げると剣の柄に飛び乗った。
船は徐々に下へ下へと落ちてゆく。水底へ向かっていく。甲板からこぼれ落ちていくのはここにいたるまで倒れていた無垢なる船員、そしてシドが突き殺した、あるいはくびり殺した龍面髑髏の戦闘員達。柵のまで移動したシドは落ちていく無数の死体を憐憫の瞳で眺めていた。
——そんな彼を横から二人の龍面髑髏が襲撃する。
片や剣を、片や斧をシド同様に甲板に突き立てたのだろう。いや、それだけではない。彼らは「飛空」という空中歩行技術を用いてシドの前まで現れた。
「その労苦を別のとこに使えよな」
冷たくシドは言い放つ。アランルースを構え、荒々しい剣撃を放つ。シドの剣筋は我流のそれだ。彼に剣の師範はなく、剣筋は流麗とは程遠い。不規則にして無造作、攻撃を読みにくいと言えば聞こえはいいが、体の動かし方が下手なだけだ。無造作に振られた剣は無駄が多く、剣筋がブレない日はない。
戦士としては二線級の龍面髑髏にすら見切られる程度の剣閃だ。シドの剣はことごとく防がれる。揺れ動く船体の上で蹴り飛ばされ、シドの左手からアランルースが落ちた。
「終わりだ」
龍面髑髏の剣使いが放った突きがシドの胸を穿った。黄金色の血潮を撒き散らし、界別の才氏シドの小さな体は水底へと沈んでいった。
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次話投稿は8月27日21時を予定しています。




