ガラムタ王国
ガラムタ王国はムンゾ王国の西側に存在する商業国家だ。
人口は545万人ほど。国内の主産業は鉱山業と宝石加工の二つだ。国土の四割が山岳地帯兼鉱山であり、国民の多くは鉱山労働者として従事している。鉱山から掘り出される純度の高い宝石類はすべて首都ミーガルにて加工され、世界中に売りに出された。
ガラムタ産の加工宝石、通称ガラムタ宝飾は近隣国家——チルノやミルヘイズ——などではもちろんのこと遠い東方大陸の国家群でも人気であり、その需要は計り知れない。それを見越してかガラムタではガラムタ宝飾の輸出に際して個数制限を設けているくらいだ。
市場に出回る少なさからガラムタ宝飾はそれが持つ以上の価値を帯び、ヤシュニナの氷晶、エイギルの海の盃と並んでこの世界を席巻する宝飾品となっていた。まさにガラムタに莫大な富をもたらす金の卵と言えた。
だがその利益にガラムタ国王宝石の王バヌヌイバは満足してはいなかった。
年齢は50半ばほどだろうか、よく言えば恰幅の良い美髯の王、悪く言えばぶくぶくと太った肉ダルマは玉座に座り苛立たしげに何度も人差し指で肘掛けを叩いていた。彼の目の前に立つガラムタの財務大臣はその怒りを察してもなお、月の税収を報告し続けた。すべてを読み終えた時、財務大臣は王の怒りに耐えかねたのか、ばったりと仰向けになって倒れてしまった。
慌てて衛兵が彼を引きずり、玉座の間から退席させる姿を忌々しげに見ながらバヌヌイバはぶつける場所のない怒りをたぎらせた。怒りの矛先は無論ヤシュニナに向いているが、肝心のヤシュニナ本人がいない。腹立たしい、不快だ、とガンガンと玉座を無言の圧力で叩くバヌヌイバをどうしたものか、と近衛兵が顔を見合わせる中、彼の怒りの只中に一人の青年が歩み出た。
「父上、我が偉大なる王よ。何故それほどまでにお怒りなのです。先月の税収は先々月に比べて上がっているではありませんか」
声を上げたのは金髪の美丈夫だ。やや毛根は後退気味だが持って生まれた天性の美麗な容姿が霞むことは決してなく、彼が薄く笑みを浮かべただけで街中の貴婦人は黄色い声をあげるだろう。いでたちはガラムタ商人としては珍しいものではなく、己の功績を自己顕示するかのようにくくり鞭という宝石をうめんこだ金属製の長大な鞭を体に巻きつけていた。
「レイザか!貴様本当にそのようなことを言っておるのか?だとすれば貴様は大馬鹿者だ!」
バヌヌイバは恐ろしい剣幕でレイザと呼ばれた青年を叱咤した。怒号で近衛兵らが体を震わせる中、レイザは涼しい顔をしてそれを受け流してた。
「父上、私には憤る理由がわかりません。できればご説明願えますか?」
「簡単だ。ヤシュニナ、ムンゾの二カ国が海域の通行料に重税を課しているから、我が国の利益は本来もらえるものの半分ほどなのだぞ!10枚の金貨をもらえるはずが5枚の金貨しかもらえないなどこんなふざけた話があるものか!」
「それは……確かに許し難いことでしょうが、その通行料を払っているおかげで我々の商船は道中の海域を海中モンスターなどから護衛してもらえるのです。ガラムタ商人の扱いはほとんどヤシュニナ商人と変わらないのもこの通行料あってこそではないですか」
「それが気に入らん!我が国の護衛では不服だと言うのか?チルノやミルヘイズへの護衛は我が国の傭兵団が勤めているではないか!」
バヌヌイバはわからんわからんと吐き捨てるが、レイザにすれば自身の父親が言っていることの方が理解できなかった。内海と外海の両方を見てきたからこそわかるが、両者では危険度が天と地ほど違う。
まずチルノやミルヘイズを初めとした東岸国家は帝国という脅威こそあれ海側は比較的安全だ。出現するモンスターのレベルは高くても50から60程度で、ガラムタやムンゾを初めとした中小国家の船団でも討伐・撃退は可能だ。海岸線に沿って移動するため近隣国家の援護すら受けられる。絶対に安全など口が裂けても言わないが、ある程度優秀な護衛さえいれば航行は可能だ。
だが東方航路となると話は別だ。
東方航路はその名の通りアインスエフ大陸から東方大陸ことメルコール大陸へ向かうための航路だ。すでに開拓されているだけで四航路あり、その内二つをヤシュニナが、一つをエイギルが独占し、残る一つを両国で共有している。ガラムタやムンゾが利用しているのはヤシュニナが独占している航路だ。
真実の大海原と呼ばれる大海を横断する、これは言うは易く行うは難しの典型例だ。まずこれはグリムファレゴン島の近海にも言えることだが、一般的に海洋モンスターのレベルは大陸から離れるごとに加速度的に上昇する。
ガラムタの近海ではあまり見ないが、ヤシュニナやムンゾの二カ国ではレベル80を超える海洋モンスターが度々出現する。漁に出た漁船が突如として出現した海竜に真っ二つにされたとか、巨魚に丸呑みにされた、海底に飲み込まれた、という話は枚挙にいとまがない。レベル80台ですら一般人にとっては脅威なのだ。いわんや真実の大海原を航行するとなればその脅威はグリムファレゴン島近海の比ではない。
数度にわたりレイザは商船に乗り込み東方大陸へ向かったことがあるが、そのどれもが決して楽な旅ではなかった。海中から突如として現れる超巨大かつ高レベルのモンスターはもとより、不規則に変動する天候、謎の海流、未知の超自然的現象など、内海とは比べ物にならない脅威が待ち構えていた。
最初の航海は二十隻——内商船が八隻、護衛船が十二隻——という中規模の船団だったが、その半数が往復航海の途中で沈没した。乗組員も四割にまで減った。それから何度も航海を繰り返したが、毎回三割近い犠牲が出た。地位や私財、雇い主か雇われかなどの区別はなく毎回毎回レイザが生き残ったのは幸運と彼を護衛してくれた護衛船団の戦士達の頑張りゆえだ。
こう言っては自国を軽んじるようだが、ヤシュニナの護衛船団とガラムタの護衛船団を比べた場合、練度と責任感においてガラムタが勝ることはない。もちろん報酬という餌があるから頑張るのだろうが、雇い主を決して死なせないと獅子奮迅の活躍をする戦士達は凝り固まった王族意識と聳え立つほどのプライドに凝り固まっていたレイザの心を氷解させた。
父、バヌヌイバの発言はそんな彼らを侮辱している、とレイザは感じた。静かな怒りを覚え、うっすらと表情に影を落とすがバヌヌイバがそれに気づいているそぶりはなかった。そんな人間が内海と外海を同一視してしまうのはある種当然なのかもしれない。心中でため息をレイザは吐いた。
「よいか、レイザよ。我々は今こそヤシュニナのくびきから脱しなければならんのだ。我らの利益のために、な」
「——もちろんでございます。私ももらえる金貨の数は多い方がいい」
「そうであろうな。では一つ頼まれてくれぬか?」
「お聞きしましょう」
「現在のヤシュニナの内情を探ってきてくれ。お前ならばヤシュニナの商人共とも良き関係を結んでいるだろう?」
心の中でレイザは父親の浅慮さに呆れ返ってしまった。こうもあからさまにスパイ行為をしろなどと言える人間が王でこの国は大丈夫なのだろうか。
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次話投稿は8月23日21時を予定しています。
※次話から戦闘シーンが多めになります。シド、ディコマンダーVS龍面髑髏、ヤシュニナ軍VS四邦国軍ついに開幕!




