雷滅者たちは斯く滅ぼされん
「張祐が、死んだ?」
「他にも多くが死んだ。ヴァンジルがかろうじてアドラメレクを抑えているが、劣勢だそうだ」
まじかよ、とアシュラはつぶやいた。先ほどまでの余裕はなく、激しく動揺していることが表情の端々から見て取れる。自分の大将のその動揺を察してか、玄雲は語気を強めて、アシュラに落ち着くように促した。
「アシュラ、今からでも遅くはない。逃げるべきだ」
「逃げる?逃げてどうする?どこに逃げるって?」
「それは、界国や、それこそ南方地方が」
「バカ。敗北した俺を抱え込むほど界国だってあまくはないだろー。玄雲、お前だけでも逃げるか?」
ふざけるな、と玄雲は反論する。非道で非才、小心者であることは自覚している玄雲でもさすがに一度仰いだ大将を捨てるほど恥知らずではなかった。というか、そんなことをしてまで生き延びたいと思えるほどこの世界に未練というものがなかった。
二人はある意味で満足していた。罪のない一般市民を殺し、捕虜に捕虜を殺させ、気に入らない仮面クソ男爵も殺せた。心残りがあるとすればレーヴェを引きずり出せなかったことくらいだが、もとより戦力差が大きすぎたのだから、それは土台不可能なことだった。
「今ここにいる奴らをすべて出すぞ。奥の神輿も出す。全軍で全速前進だ」
「了解した。前線は私ぃが指揮するけど、いいな?」
「もちのろん。派手に華々しく散ろうぜ」
そう言って二人は戦場へ向かって歩き出す。一種のヒロイズム、陶酔に等しい。
——だから、世界は非情に、彼らを現実に叩き落とす。
「楽しそうだな、愚物共」
不意に背後から声がした。二人が振り返るとそこには不恰好な仮面を被った軍服姿の人物が立っていた。
体躯は150センチほど。腰には銀色のレイピアを帯剣し、軍服は赤を基調としている。軍服にはところどころほつれがあり、敗れている箇所もある。その敗れている箇所からは青白い火花が散っているように見えた。
「CORT、か?」
「他の誰に見える?脳みその増築でもしたらどうだ、キメラ」
「お前、死んだろーが!!なんで生きてんだよ!!」
うるさい、とコルトは吠えるアシュラを一蹴する。喋るな、俺が話すと圧をかけるコルトはゆっくりとレイピアを引き抜き、それを構えた。
刹那、アシュラの隣に立っていた玄雲の体に風穴が開いた。一つだけではなく、一度に九つの風穴が開き、玄雲は吐血し、ふわりと地面に墜落した。
「な?は?」
「見えないか?そうだろうな。お前達程度では私は見えんだろうさ」
コルトは動いていない。レイピアを抜き放った場所から一歩もだ。少なくともアシュラにはそう見えた。
「冥土の土産だ。なぜ私が生きていたか教えてやろう。単純だ。お前達に殺される間際に体を霧散させた。それだけだ?」
「なに言ってんだ?」
「一種の形態変化だ。リーチャーを想像してみればいい。まぁ、そういうことだ。それ以上を話すつもりはない」
再びコルトがレイピアを構えた。それと同時にアシュラは四本の腕を正面に突き出し、防御体勢を取った。ただの防御姿勢ではない。紅蓮のオーラを纏った防御系技巧だ。
瞬きの直後、今度はアシュラの両腕に風穴が空いた。突き出した四本腕がぐちゃぐちゃになり、アシュラは絶叫する。それをつまらなさそうに眺めながらコルトはため息を吐いた。
思い出すのは数週間前のこと。アシュラと玄雲、二人に嵌められた時のことだ。他ならぬ部下や南方戦線周辺の住民を人質に取られ、成す術なくコルトは敗北した。なぶり殺しだ。
死の間際、コルトは自分の体を構成する雷を弾けさせた。雷の精霊であるコルトだからこそできる荒技だ。一歩間違えば分散したコルトの体は一生も取ることはない。幸いにしてどうにか元の体に戻った時、すでにアシュラははるか彼方だった。
体を取り戻したコルトは稲妻となり、首都に駆けつけた。その間、通りすがらに界国軍の侵攻跡を彼は見た。界国軍が通った跡はどれもむごいものだった。生者の影はなく、死者の骸すらなかった。夥しい数の死者の影が壁に、地面に、天井に、ただ残るばかりだった。
「英雄気取りは死ね、ただただ死ね。お前達はやってはいけないことをしたんだ。それを自覚し、悔い、死ね」
「このクソ野郎が。英雄気取りはてめーだろうが、ヒーローは遅れて登場するってかぁ?」
「遅れて登場するやつを私はヒーローとは呼ばない。ただの、怠け者だ」
コルトのレイピアがアシュラの肩を穿つ。雷を纏ったその攻撃はたやすくアシュラの硬質な皮膚を貫き、彼の右肩を貫き、くりぬいた。
コルトは雷の精霊だ。その体は雷そのものであり、速度は雷と同速である。人の意識でその速度を捉えるのは不可能と言ってもいい。赤い軍服を纏うコルトがその圧倒的な速度で動く姿は赤い稲妻のようだ、とも言われ、いつしかレッド・バロンと彼は呼ばれるようになった。
だが、今のコルトは違う。残像はなく、雷のように稲妻を形成することもない。瞬きの合間に移動し、超高速の突きを連続で放つその姿を捉えることはできなかった。
「こいつ、実力を隠してやがったのか。おい、玄雲!」
「ぅお。おお!!!!まか、ぐしゃべ」
玄雲はレイス。幽霊である。物理攻撃は彼には効果がない。魔法攻撃にはその分弱い。コルトのレイピアで刺されても彼自身に痛痒はない。
だが、雷を纏えば話は別だ。幾千幾万の稲妻を束にし纏ったコルトのレイピアは威力にのみ特化した拡張性も何もない最悪の武器だ。玄雲にとっては致命的、アシュラにも致命的な武器である。
胸に風穴を開けられ、玄雲は事切れる。溶けかけ、のその頭部を刺し貫き、コルトは相手が本当に死んだかどうかを確かめた。
「死んでる。よし」
「なにがよしだ、お前!!」
アシュラは激昂し、青いオーラをまとった拳を振るう。彼のマントに収納されていた予備の腕に付け替え、四本の腕はすべて完治していた。自身に向けられた拳をコルトはつまらなそうにかわし、振り返りざまに一閃し、一本を切り落とした。
「脆いな。予備は予備か。いや、元々脆かったのか?」
「こいつ。ちょこまかちょこまか、逃げるしか能がない」
「バカか、お前。ちゃんと斬っているだろう?」
そう言いながら、コルトは再びレイピアを振るう。振るだけ鋼の拳が切断され、血飛沫が舞った。アシュラは戦き、距離を取るが、せっかく取ったそれもすぐにコルトには詰められてしまう。
「おとなしくしていればこうもならなかったろうに。身の程を知るべきだな」
「うるさいなぁ!!!そうやって正義の味方ヅラして、気持ち悪いんだよ!!」
「正義の味方だろう。お前らを悪とすればだがな」
ため息を吐き、コルトはアシュラの太ももを刺した。ごっそりと肉が抉られ、アシュラは崩れ落ちる。そして首を差し出すような体勢でコルトの前に膝を屈した。
「どうする?まだ奥の手があるのか?」
アシュラの技巧はことごとく、コルトには通用せず、スキルを用いようとしてもその前にコルトは対処した。速度の違いは圧倒的で、まるで遊ばれていた。
「おの化け物が」
「化け物、私が?冗談だろう。私などただの凡人だ。リドルの足元にも及ばん」
睨みつけるアシュラをコルトは蹴り飛ばす。地べたを転がるアシュラは憎悪し、忌々しげにコルトと周囲を交互に睨んだ。
「こうなったら奥の手、見せてやるよ」
「楽しみだ」
後悔させてやる、とアシュラは「とっておき」をマントの内側から引き摺り出した。それは龍頭だった。赤黒い龍の頭部。それは切り離されたにも関わらず、未だに脈動していた。
「膵星龍モガル・グハの頭か。掌国からザイルジリアを追い出した時のドロップアイテムか?」
「そーよ。こいつの恐ろしさ、忘れたとは言わせないぞ」
「あいにく、私はモガルとは戦ったことはなくてな。そいつの父親なら三度ほど殺したことがあるが」
「あっそう。なら、こいつの能力をお前は知らないってことだな」
勝機を得たりとばかりにアシュラは笑みを浮かべた。自身の右腕に龍頭を装着し、彼はその秘めたるスキルを解放した。
「『龍世界 鯉宴華宵楽土』!!!」
宣言と同時に龍頭が開き、口腔から二匹の鯉が空中に躍り出た。それらは身構えるコルトを無視し、互いの尾を追うようにして円形に回転し始めた。それは水のヴェールを形成し、燃える桜を水面に映した。
「なんだ、大道芸か?」
軽口を叩くが、コルトは警戒を緩めていない。「龍世界」と呼ばれ、形成された特殊な空間を彼はそれだけ恐れていた。




