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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
305/310

壊滅者たち

 「ゆっくりと陣形を狭め、圧殺しろ。敵は崖っぷちで、押せば落ちるぞ」


 首都テオ=クイトラトルの中央広場、宮殿を囲む形で半径十数キロにわたって形成されたそれは平時は市民達にとっての憩いの場である。一般開放されたそれは基本的に誰でも無償で立ち入ることができ、掌国では珍しい照葉樹が生え、さながら宮殿を囲むひとつの森のようでもあった。


 実際、そういった事情から広場と呼べるのはあくまで宮殿周辺のみであり、そのほとんどは公園と呼ぶのがふさわしい。中央広場外苑と呼ばれることもある。かたくなに広場と呼ばれるのはシンプルに、行政がそういった雑事に関する話題を議題として挙げないからに過ぎない。


 その中央広場でエドワードはつまらなそうに兵団を指揮していた。彼が指揮するのは近衛軍だ。本来は杭奈というプレイヤーがその指揮を行っているが、現在はエドワードにその指揮権が預けられている。


 近衛軍は宮殿を守護する軍だ。似たような組織に親衛隊があるが、あちらはレーヴェ個人を守るための小規模な部隊で、軍団規模ではない。軍の指揮系統として近衛軍は親衛隊に含まれ、事実上の近衛軍軍団長は杭奈ということになる。


 近衛軍と呼ばれるだけあり、その練度はアングマール屈指である。兵数こそ少ないが、一人一人が値百人に相当する猛者で、平均レベルは50を超える。煬人として見ればレベル50はかなり高い方で、しかもそれが雑多なスキル構成でもなく、軍として機能するように洗練された、言うなればプレイヤーのような構成になっているのだから、その実態は同レベルの他の煬人とは一線を画す強さであることは明白だろう。


 それが陣形を組み、軍団技巧(レギオンアーツ)を駆使して進撃する。数を質で凌駕し、彼らが槍を突き出す先にはグランドワームが這い出してきた大穴の向こう側からわらわらと出てきた黒色白亜の軍勢、界国軍である。


 旧時代の坑道戦術、しかし振動の微細な変化を感知できる手段も能力もないこの世界の人間にとっては脅威であると言う他ない。それでもエドワードが迅速に対応し、また近衛軍もそれに追随できたのは彼らがあらかじめ、界国軍がその戦術を使うことを知っていたからだ。


 他ならぬ、アルカン大樹林における激戦の緒戦で、界国軍はその手段を用いて掌国軍陣地の近くに突然現れた。同じことを現在進行している界国軍の別働隊が行わないと考えるのは楽観視がすぎるだろう。


 そして一度その戦術を見てしまえば、対抗手段は用意できる。そも、緒戦の時点で対抗手段は確立されていた。


 「出てくる端から殺せ。穴の大きさを考えれば一度に出せる数は限られている」


 エドワードの指示に従い、各地に分散配置された近衛軍が応戦する。言われるがまま、指示されるがままに穴から顔を出したオークやゴブリン、オーガ、トロルめがけて槍が突き出され、斧が振り下ろされ、盾が叩きつけられた。


 グランドワームによって形成された大穴は五つ。その穴の直径はおおよそ20から30メートルほどだ。典型的な縦穴で、ここから出ようと思えば、それなりの労力が必要になる。そうして穴を登攀し、顔を出したかと思えばすぐさま軍団技巧で強化された兵士達が強襲する。矢も浴びせかけてくる。それが各穴で起こった。


 「坑道戦術っていうのはつまるところ奇襲だ。穴掘って、相手の陣地内に侵入してかき乱して、外への防備を手薄にするっていう。やるならそれなりに数がいるし、ただ穴を掘るにしたって、地盤が安定してなければ最悪天井が崩落する。だからまぁ、ある程度深く掘ってやるんだけ、ど」


 グランドワームを用いた坑道戦術それ自体は悪い案じゃない、とエドワードは考える。バカみたいに巨大な芋虫がいて、それがとてつもない速度で地面を掘れるとわかれば誰だって考える。ただおしむらくはそれを部隊単位で、つまり組織的に界国軍が運用しなかったことだ。場当たり的と言うほどひどくはないが、もう少しまとまった形で運用されればいっそう脅威となったかもしれない。


 呆れと残念から盛大に大きなため息をエドワードは吐いた。彼が座っているのは彼が切り伏せたグランドワームの死骸だ。頭を切っても動き続けるから、盛大に真っ二つに切り裂いた。グランドワームの中に界国軍がいるかも、と切り裂いた直後に警戒したが、そこまで彼らも非常識ではないのか、臭い土の匂いだけがあたりに吹き出しただけだった。それも今は血と汗の匂いで上書きされてしまった。


 今のエドワードはかなり暇だ。誰もいないのに坑道戦術の講釈を垂れ、ため息を吐くほどには。頼れる副官も配下の魔将も今は彼の元にはいない。全員が各穴の近衛軍を指揮する臨時の司令官として、方々に散っている。


 紅茶でも飲もうか、と虚空にエドワードは手を伸ばした。ゲーム特有のストレージボックス、ステータスウィンドウなどが網膜投影され、視線で操作できるのになぜかストレージボックスなどの機能はアナログなままだ。そのことにぶつくさと文句を言いながらエドワードは紅茶のポットを取り出した。


 刹那、彼はティーポットを放り捨て、腰の聖剣を抜き放った。抜き放つと同時にエドワードは虚空目掛けて剣をふるった。


 「つ。奇襲しっぱい」

 「正面から来ておいて奇襲とか言うなよ。本職が聞いたら抱腹絶倒ものだぞ」


 はらりと布切れが突然、虚空に現れた。透明化のクローク、等級は遺産級か、と相手の装備の質を鼻で笑いつつも、真正面から切り掛かってきたその胆力をエドワードは決して侮ってはいなかった。


 布が宙空へ吹き飛ばされ、その内側から小豆色のローブを纏った人物が現れた。ローブと呼ぶにはあまりにもボロボロで小さく、ポンチョと呼ぶのが適切かもしれない。身長は低く、せいぜい150センチほどだ。猫背である分一層低く見える。


 眼球は三つ。少なくとも深く被ったフードの内側から覗かせる眼の光は三つだけだ。両腕にガントレットブレードという特殊な小手を付けており、それはガントレットの内側にブレードを仕込んだ暗器に相当する。怪しげな雰囲気をそれから感じ、エドワードは警戒対象に置いた。


 下半身には硬質なアーマーを着込んでおり、それからもやはり怪しげな雰囲気を感じた。おそらくは何かを仕込んでいるだろうことはほぼ確実だろう。


 「張祐か」

 「おひさ、エドワード。首よこせ」


 自己紹介もなく、張祐は切り掛かる。ガントレットからブレードを展開し、剣先が三又に分かれた特殊な刃をエドワードへ向けた。


 突き出されたそれをエドワードは剣の腹で受け止め、力任せに相手に向かって押し返した。パーンという音と共に張祐の体は跳ね飛ばされ、おおよそ10メートル離れた場所に着地した。


 「軽いな。相変わらず。腕も」

 「失敬なやつ。おれ、頑張った」


 「じゃぁもっと頑張れ。暗殺するなら、な!!」


 エドワードは距離を積める。10メートルなど戦士にとっては大した距離ではない。踏み込まずとも、一瞬で詰めることができる。間近に迫ると同時にエドワードは横薙ぎの一閃を張祐に放った。


 張祐はその攻撃に反応する。エドワードが剣を振るその刹那、空中歩行系技巧(スカイアーツ)を用い、空へ逃れた。


 「甘いな。それで逃げたつもりか?」


 空中へ逃げてもエドワードの追撃はまだやまない。彼もまた空へ向かって跳び、張祐目掛けて剣を振り下ろした。張祐の上から、振り下ろされたそれを彼は受け止めようとするが、勢いのままに弾き飛ばされた。


 落下するその矮躯を張祐はくるんと、回転させて受け身を取らせた。レベル130を超えたプレイヤーならば誰でもできる。空中上での姿勢転換だ。


 互いに大したダメージは与えていない。ダメージレースで言えばエドワードに分があるが、それも大した差ではない。まだ、互いに様子見の段階だ。それがわかってか、両者いずれも最低限の武装と技巧しか、取り出してはいなかった。


 「さて、それじゃぁここからは本気でやるか?」

 「拒否する。ただ、蹂躙する」


 そう言いながら、張祐はフードの襟首を覗かせた。そうして曝け出されたのは趣味の悪いマスクだ。上顎四本牙、下顎二本牙、顎から突き出したのは二本の突起物で、エドワードが知るマスクとは異なっていた。エドワードが知るかつての張祐が付けていたのはガスマスクだ。右頬の辺りに円筒状のフィルターが付いているよくあるタイプのやつだ。


 趣味趣向の変化ではないことは、あからさまにそれを覗かせた時点で明らかだ。ではなんだ、あのマスクはと思考する間もなく、張祐が動いた。


 「蹂躙、開始。ゴー」


 刹那、張祐の体が膨張し、その両手に嵌め込まれたガントレットまでもが巨大化した。数秒で体は収縮し、元の体躯に戻ったが、しかし巨大化したガントレットはもどらなかった。


 「なにが」


 したかったんだ、と言おうとしたエドワードは不意に背後を見た。目の前の敵から目を逸らして、おもむろに振り返りながら剣を振った。


 振ったと同時に衝撃が右手に走った。金属同士が重なり合う高い音が鳴った。火花が散り、両者はそれを挟んで互いに睨み合った。


 「速い!!」

 「もっと、速くなる」


 距離を取ろうとエドワードはバックステップで後ろに向かって跳んだ。張祐の右手が伸びる。それと同時に彼のブレードがバラバラになり、蛇腹剣のごとく、エドワードに迫った。巨大化したガントレットのブレードは必然、巨大化しており、それは質量すら伴っていた。


 「巻き取る」


 蛇腹剣はエドワードの腰に巻きつき、張祐が右手を振り上げると彼の体はそのまま空へ向かって放り投げられた。そして、グランドワームの死骸目掛けて張祐はエドワードを叩きつけた。


 「ぐぉ」


 「うーん、あんまり『ぐぉ』ぽくない?」


 叩きつけられたエドワードを見下ろしながら張祐は首を傾げた。それをエドワードは睨みつけながら、せせら笑った。


 「痛いっての」

 「嘘つき」


 拘束を解かれたエドワードは思考する。どうすれば目の前の敵に勝てるか、ではなく、どうしてこいつがここに来たのか、を。どうして「刹人党」の元幹部が自分を暗殺するために、自分ごときを暗殺するために出てきたのかを。


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