撃滅者たち
「ふーん。市壁を突破したか」
宮殿のバルコニー、遠目に破壊された市壁を眺めながら、エドワードはゆっくりとティーカップを口に運んだ。落ち着いて状況を眺める彼とは対照的にその隣に立つ副官ははらはら、わなわなと両手を振るわせ、なに落ち着いてんですか、と突っ込んだ。
「いやいや。まだ市壁を突破されただけだろ?アドラメレクだってきっと『楽しくなってきたじゃないか』と言ってるんじゃないか、今頃」
「いや。そんなわけないでしょ。あんた、ふざけてるんですか!?」
エドワードの副官、ジョイス・リンドは声を震わせ、上司の放言を叱責する。わめく副官の反応を面白がりながら、エドワードは落ち着けよ、と彼を宥めた。
「まだ市壁が潰されただけで、都市が陥落したわけじゃないんだ。騒ぐなよ」
「いやでも、ここから先はもう一方通行じゃないですか。市民の避難だってまだ完了してないんですよ!?」
「別に防衛軍が全員死んだわけじゃないから、そうすぐ虐殺になるわけじゃないって」
「いずれ虐殺になるって言ってるようなもんじゃないですか!!」
たよりにならない上司の発言にジョイスは天に向かって吼える。すぐに近衛軍を出しましょう、とせっつくが、だめ、とエドワードは一蹴し、黒煙立ち上る南門を指差した。
「今あそこで戦ってるのは東部方面軍の指揮官様だぞ?そんな簡単に負けないし、負けさせないよ」
エドワードはほくそ笑み、泣き顔になっているジョイスを落ち着かせる。そしてそれは事実であった。
アドラメレクの行動はまさしく、迅速であった。壁上の兵士はそのままに、崩れた市壁の周辺に残った兵士を集め、防備を固めさせた。
旧時代のファランクスにも似た対突撃陣地が形成され、それは崩れた市壁の隙間をぐるりと囲んでいた。陣地の背後には大型のモンスターに対抗するための大弩が配置され、その数は40はくだらなかった。
「アドラメレク様、迎撃準備完了しました」
ご苦労、と伝えに来た兵士の報告にアドラメレクは労った。眼下を見下ろせば、もうすぐそこまで黒色の軍勢が迫っていた。邪霊もまだ相当数が残っている。数少ない幸運は炎の巨人がもう一体も残っていないことだろう。
だが、数の上では劣位であることに変わりはない。市壁を破壊されたせいで、二万弱が一万八千程度にまで減らされ、数の差はどんどん生まれていた。無論、兵士個々人の実力は雲泥の差ではあるが、それでも数の優位を覆すには防衛戦という戦種が圧倒的に不利となる。
本来の作戦では速やかに炎の巨人を倒し、西と東から増援が来るまで耐えるはずだった。籠城する方が兵力を温存できるし、敵方に攻城兵器がないことは偵察によって明らかだったからだ。
「ったく、それがどうしてこうなった?市壁がぶち壊されるは精兵が死ぬは最悪だぜ、まったく」
口調はだんだんと荒々しいものになる。普段の彼を知るもの、魔将としてのアドラメレクを知るものであれば耳を疑ったかもしれない。だが、プレイヤーとしての彼を知るものであればそれは日常的なことだ。元来のアドラメレクは口が悪いのだから。
ため息を吐き、アドラメレクは地上へ降りていく。壁上の指揮は副官に一任された。一般的な兵士達と同じ高さまで降り、彼らの先頭に立ってアドラメレクは声を張り上げた。
「兵士諸君!!!我らはこれより、英雄となる!!一人殺すだけならただの兵士だが、十人殺せば英雄、百人殺せば絵大英雄、そして、千人殺せば勇者と呼んでやろう!!どうだ、勇者だ、勇者!かっこういいだろう?」
アドラメレクの檄が飛ぶ。戦斧をガンガンと地面に打ち付け、さらに彼のの声はこだました。
「俺はちなみに一万を殺して見せよう。一万を殺せば大勇者だ!!!大勇者となればなんだって叶う!!金も、地位も、誰でも抱きたい放題だ!!レーヴェのけつの穴だって掘ってもいいぞ!!」
ぉおおお、とざわめきが走る。アングマールにおいてレーヴェは英雄の中の英雄、絶対君主である。そのけつの穴を掘るなど、計り知れない非礼であり、それを許されるならば栄誉と呼んでいいだろう。
「掘りたいか、レーヴェのけつ穴を!!なりたいか、大英雄に、大勇者に!!なら、見ろ真ん前を!!お前らを英雄に押し上げる志願者が迫ってくるぞ、より取り見取りだ、幸運だなぁ!!!」
奇声が上がる。怒声が上がる。歓声が上がる。槍を強く握り、盾をより強く構える。
「さぁ、くるぞ!!戦だ、いくさぁ!!!」
そして両軍は激突した。片や、ただ手当たり次第に陵辱したいがために。片や自国の君主のけつ穴を陵辱したいがために。
キャラクター紹介
ジョイス・リンド:エドワードの副官。アングマール掌国軍中級魔将。レベル111。種族、リザードマン。趣味、家庭菜園。好きなもの、上質な肥料、農業の本。嫌いなもの、無茶振りする上司、紅茶。
苦労人。生まれついて鱗が白いアルビノで、本来は一族の中で重宝されるはずなのだが、なんの因果かエドワードの副官になった。常識人のため、エドワードに振り回されることもある。エドワードのアッシーくん。プレイヤーではなく、煬人。




