砕滅者たち
崩れ落ちていく巨人を前にして、ただただアドラメレク達はわけがわからず、瞠目した。ただ一人、フェイだけはやってやったぜ、としたり顔で満足げに胸を張り自慢顔を浮かべた。
驚くアドラメレク達にフェイは説明する。曰く、炎の巨人は巨人であるがゆえに大地から離れられない、と。
「巨人ていうのは霊山とか、神山とか、とにかく名高い山々の化身っていう設定があるじゃん?それってつまり、本質は山、というか大地に紐づけられた存在なんだから、もしそれが大地から切り離されたらどうなるかーなんて自明でしょ?」
「なんでそうなるって考えたんだ?」
「まぁ賭けではあったよ。ただアドさんも見てたでしょ、あの巨人の異様な回復速度。あとなぜか足元にたむろしてる邪霊達。あんな大きな巨人の足元にわざわざ邪霊をひっつける意味って何かある?」
「足、大地。回復速度?ああ、つまり地面に接することでエネルギー供給を受けている、みたいな感じか?」
ぴんぽんぴんぽーんと、陽気にフェイは返す。心底楽しそうだ。
「厳密には足の裏から受けているのは多分二種の補助効果かな。体力の回復と、気力の回復って感じだと思う」
「なるほどな。炎の邪霊は足元を狙われた時に守るための壁ってことか」
「多分ね。よしんば、巨人のからくりがわからなくても、時間を稼ごうとして巨人の足元を狙うやつはいるだろうしね」
暗に「そんなことも気づかなかったのー」と煽ってくるフェイを鬱陶しく思いながら、しかしアドラメレクはその高い観察力に舌を巻いた。仮にもレーヴェが一定の信頼を置くだけはある。ただのやからではないのだ。
「ちなみにあと浮いてる巨人はいつ頃落ちるんだ?」
「もうあと十数秒くらいかな。そんなに長い間浮遊させる魔法じゃないし」
そうか、とアドラメレクが言いかけた時だ。不意に殺気の解放を感じ、アドラメレクは地平線を睨んだ。システム的に言えば、気配察知というパッシブスキルの延長線による効果だが。
地平線の先という表現にはやや語弊があるだろう。正確には界国軍の本営あたりから殺気を感じたのだ。そしてその殺気はアドラメレクが感じたと同時にもう間近まで迫っていた。
刹那、接近してきたそれは衝撃と共に落下していた炎の巨人の残骸、その中でもひときわ巨大な残骸を市壁目掛けて蹴り飛ばした。
「ぁはあ??」
「やば、障壁!!」
フェイは瞠目しながらも冷静にその残骸の投擲に対処する。広範囲に彼女は魔法障壁を展開した。シドが平時、防御に使っているものよりなお強固な障壁、彼女が160年以上前にレイド戦でよく使われたものだ。
レイドボスの本気の一撃すら防ぎ切る強度がある。投擲された残骸程度ではヒビすら入らない。事実、投擲された残骸は障壁によって弾かれた。
「やるが、だめだなぁ!!」
安堵も束の間、障壁を展開したフェイ目掛けて赫腕が飛ぶ。彼女の死角を突くように、残骸の影に隠れて飛び出したその一撃はフェイの反射速度を凌駕していた。
「ちぃ、!!」
「おらぁ!!!!」
放たれた拳はフェイの鳩尾をえぐる。自身の体力が大きく削られていくのを感じ、フェイは即座に無詠唱化した魔法を放とうとした。しかし、魔法が発動しない。まるでその発動を阻害されているようだ。
「これは、デバフ!?」
「ぁああ。組み付き状態ってやつだな」
鳩尾を抉った拳は深々とフェイに突き刺さっていた。同時にその拳から無数の赤い蛇が枝分かれし、フェイの体に絡みついた。
拳の先にいる人物をフェイは睨む。遠目に見た二本角の怪物、アシュラは憎悪と嫌悪が混じった眼差しを見て、歯を剥き出しにして笑う。
アドラメレクは即座に動こうと戦斧を持ち上げるが、それはするな、とアシュラは彼を睨みつけた。言わずもがな、動けばフェイを殺すという意味だ。平時なら、アドラメレクもそれがどうした、と言える。フェイなら生半可な拘束は抜け出せるという自信があるから。しかし、今は違った。
組み付き状態はスキル、魔法、技巧の使用を不可能にする最上位の拘束デバフだ。常に相手を拘束し続けなくてはいけないため、成功率は低いがそれでも成功すればその効力は計り知れない。
「クソ、しくった」
「なんだ、随分と余裕だな、女」
絶体絶命な状況でありながら、しかしフェイは笑みを浮かべる。それを不審がり、アシュラは彼女にとどめを刺そうと開いている方の手を振りかぶった。
「喰らわないって、EttD!!」
それは詠唱ではない。スキルの発動に他ならない。フェイの体が光り輝き、それにアシュラの右半身が包まれた。刹那、フェイの体が消滅した。そして同時に先ほどまでフェイの体を貫いていたアシュラの右腕が二本まとめて消しとばされていた。
「——やるじゃねーか。おい、アドラメレク。だが、この程度で俺らを止められると思うなよ」
「アシュラ、随分なご登場だな。体の半身消しとばされてるのに大分余裕だな」
「まさか、虎の子の巨人を潰されるとは思わなかったぜ。だがよ、この程度で俺が負けるなんて思うなよ」
言うが早いか、落下する巨人の残骸が投擲される。投げたのはアシュラではなく彼の配下の魔将、元「刹人党」のメンバーだ。アシュラに似てその全員が彼に負けず劣らずの脳筋集団であり、レベルは平均して130を超える。
「つ。全員、衝撃に備えろぉ!!!」
アドラメレクが叫ぶと同時に残骸が市壁に直撃する。術者であるフェイが消え、障壁がなくなった市壁に容赦なく数百トンの質量弾が直撃した。それは情け容赦なく市壁を崩すのに十分な攻撃だった。
「はははは、っっっははははははははははは!!!!いい気味だなー、アドラメレク!!!!散々俺をバカにしたツケってやつを払ってもらおうか、ぇえ??」
右半身が消し飛んでいるにも関わらず、しかしアシュラは洪笑を止めることはない。その笑い声をかきけすがごとき、混乱に包まれて、アドラメレクは奥歯を噛み締めた。
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フェイのスキルの説明
・「Escape to the Dreamland」:夢魔系種族が持つ緊急転移スキル。「夢の世界」という異界に転移することができ、これは夢魔系種族などの夢に関係する種族以外に出入りすることができない世界であるため、基本的には同種のスキルを使わない限り、追跡は不可能。一度使用すると72時間の間は使用することはできないため、使い所を考える必要がある。
発動時は、スキルの発動者の周囲のものも強制的に転移させる。アシュラの腕をもぎ取ったのもこの影響。夢魔系種族はプレイヤーの中では希少なので、この効果を知っている人間はあまりいない。




