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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
30/310

対話する界別と埋伏

 ヤシュニナは首都ロデッカのシドの邸宅にその日、シオンは呼ばれていた。先の反乱の事後処理かはたまた別の要件か。おそらくはどちらもだろうと思いながら彼は扉を叩いた。少ししてドアが開き、中からシドと似たような仮面を被ったフォーマルスーツの男が顔を出した。


 「久しぶりだな、ジエンコータス。才氏(アイゼット)シドにお呼ばれしたのだが、入らせてもらっても構わないか?」


 「はい。主人から仰せつかっております。書斎へご案内させていただきます」


 一例してジエンコータスと呼ばれた男はシオンを招き入れ、彼からサマーコートを受け取った。ジエンコータスはそのまま彼の背後に控えていた同じ仮面を被ったメイドにサマーコートを預け、自らはシオンを三階のシドの書斎へ案内した。


 歩いている中、シオンはジエンコータスの背中をじっと見つめた。一見すると家主のファッションに付き合わされているだけのように見えるどこにでもいそうな普通の家令だ。だが気配の断ち方、全くと言っていいほど覇気を感じさせないにもかかわらず内包しているエネルギー量はとてつもない。


 一般的にこの世界の住人はプレイヤー、煬人問わずレベルという概念をエネルギーの総量で決めている。エネルギー量を見るためのスキルとして「神秘眼」や「妖精眼」、「覇気看破」、「万能鑑定」といったものが存在しており、今シオンが使った「鷹の眼」も同様のスキルだ。漠然とではあるがそのスキルを信じるならばジエンコータスのレベルは130を超えている。彼がサマーコートを預けたメイドも一歩及ばないまでもレベルは明らかにシオンよりも高い。


 まだまだ及ばないな、とシオンは数十年来の付き合いであるジエンコータスの強さに嘆息した。彼がシドに拾われ成人するまでの十数年の間、シドやジエンコータス、そしてさっきのメイド——名前をバルグロワという——からは色々と教えてもらった。戦闘方法はもちろん、座学や古今東西のあらゆる知識を。そのシドは今も高みにいる。もっと精進せねばと思う一方でいつ追いつけるのかと不安になることも多い。


 何より彼と話すと疲れる。名目上同じ立場である氏令となってからは無茶振りをさせられることも多くなった。よくリドルやファムが痛くならないはずの腹を抑えている理由がわかった時、あー亡命したい、と思ったものだ。


 「ご主人様、埋伏の(マイラ・)軍令(ジェルガ)シオン様をお連れいたしました」

 「入れてー」


 驚くほど軽いノリでシドは扉の内側から許可を出す。言われるがままジエンコータスは扉を開き、中にシオンを招き入れた。そして「お茶をご用意いたします」と言ってシオンをシドと二人きりにしたままその場から立ち去った。


 「やぁシオン。なかなか梲が上がらない会社員みたいな顔をしちゃって。どうしたんだよ」

 「事後処理などで色々と。今回の件で軍令(ジェルガ)の席に一つ穴が空きました。早急に候補者を選定せねばなりません」


 「そうだな。だけどそれはまぁ、お・い・と・い・て。別の話をしようと思ってね」


 シドはいつもと違い仮面をつけていない。黒い長髪、常に瞳の色が変わり続ける双眼、見目麗しく男性女性問わず魅力してやまない美しい容姿、体躯は少年のようだが、少女のようにも見える。だが着ている服は男性もののローブだ。彼が座っている席の隣にはいつも被っている仮面が帽子掛けスタンドに被せてあった。なんで容姿が綺麗なのに仮面を被るのか、一度聞いたことがあった。その時に返ってきた返答は「かっこいいだろ」というきわめて幼稚なものだった。「かっこよくない」とはシオンには言えなかった。


 不敵な笑みを浮かべるシドにシオンは悪寒を感じた。恐慌状態に陥っているわけではないとは自覚していても普段から何をやらかすかわからないイスキエリの一人であるシドが笑っている姿など、冥王バウグリアが復活したかのような不吉さしかない。


 なんでしょう、と恐る恐るシオンが聞くとシドはボーリングの球ほどのサイズの水晶球(ラクリマ)を取り出した。しかし発している力が明らかに普通の水晶球とは違う。シオンは反射的に「鷹の眼」を使ったが、すぐさま水晶球から発せられた黒い渦のようなものに跳ね返され、席から立ち上がった。思わず腰の剣に手が伸び、水晶球を叩き割ろうとした時、突如伸びてきた黒い手ががっちりと彼の利き腕を掴んだ。


 首を左に向けると、そこには片手にプレートを持ち、怪訝そうな眼を向けているジエンコータスの姿があった。彼の右手は万力のごとき力で抜剣しようとするシオンの右手をこれでもかと抑え、決して離そうとはしなかった。


 「ジエン、いいよ。そろそろ離してやれ」


 シドに命令されようやくジエンコータスはシオンから手を離した。そして彼を無理やり席につかせ、両者の間に二つのティーカップとティーポット、ブランデーのボトルを置くと音もなく立ち去った。


 「悪かった悪かった。そりゃいきなりこんなの見せられたら困惑するわな。まーとにかくだ。とにかくお茶でも飲んでおくれや」


 「それは……なんですか?ただの水晶球ではない、でしょう?」


 「ん?あーうん。そうだよ。これはパランティーアっていう特別な水晶球でな。まー早い話が見たいものを見せてくれるんだよ」


 その説明を聞いてシオンは怪訝そうに眉を顰めた。数多水晶球はこの世界に存在しているが、見たいものを見せる、という範囲がどの程度を指しているか、シオンは気になった。単純な失せ物探しができる程度ならシドが自慢するほどのものではない。そんなものシオンでさえ入手できる。


 つまり、と彼は目の前の黒い水晶球を見て眼を細めた。()()()()()()()()()()()()()()()()()それはこの世に二つとない代物であるということだ。全ての「見る」という効果につながっているのなら、と仮定するのならばだが。


 「その水晶球が一体どうしたと言うのです?」

 「ああ。この前ちょっと面白半分で未来を見てみたんだが」


 いや馬鹿か。簡単に未来を見るとかいうこと言ってんじゃねーよ。思わず不満の声、罵倒の声を投げかけそうになったが、シオンは我慢してシドの話に耳を傾けた。


 「近いうちに戦争が起きる。この前の反乱が比じゃないレベルのやばい戦争だ」

 「戦争、ですか。やはり相手は帝国でしょうか?」


 ()()()()コリニー男爵からある程度の情報は掴んでいる。彼が使っていた帝国への連絡網はすでに使い物にならなかったが、それでも彼の持っていた情報は有益だった。近いうちに帝国が侵攻してくるというシドの発言にも説得力はある。


 「いや、帝国じゃない。もっと西だ」


 だがシドはノーと言った。帝国は絡んでいない、と。シオンは眼を細め、シドの口にした西という言葉の意味を理解したとき、眼を見開いた。


 「まさか。界国(イスカンダリア)ですか?あの大陸最強の国家が動くのですか?」


 その名前を口にするだけで嗚咽を覚える。忘れたくとも忘れられるものではない苦い記憶が蘇ってきた。無数の黒い兵士に囲まれ泣き叫ぶ民が容赦無く凌辱され、なぶられ、死んでいくあの忌々しい光景を思い出すだけで怒りが湧き上がってきた。


 「これまでずっと属国を使って帝国を攻めていたあの国がようやく動く。大陸全土を平定するために、な」


 「なぜ、今?あの国の国力など計算したくもありませんが十分に大陸全土を敵に回してもよい戦力は保持していたはずです」


 「俺にもわからねーよ。色々と考えてはみたけどな。だけど直近7年の間に動くと見ていい。俺が未来を見た時、ヤシュニナのカレンダーがまだ150年代を示してたからな」


 恐ろしい話だ。帝国すら一週間と保たない大国が7年の間のどこかで動き出す。それを知っていると知っていないとでは取れる対策が変わってくる。しかしこの話はあくまでシドしか知らない。シドがそう言っているだけだ。シオンもまだ半信半疑の状態だ。


 「とにかく、軍縮だけは絶対にするな。軍縮を叫ぶ奴がいたらもう闇討ちしたって構わないからとにかく黙らせろ。俺は立場上そういう意見言えないから頼むよ」


 「わかりました。まだ信じたわけではありませんが、とりあえず言われた通りにします。そういえばこの話は他の方には共有なさっているので?」


 「一応主だった奴らにはな。とはいえ他の奴らもお前と同様半信半疑って感じだったよ」


 でしょうね、とシオンは苦笑した。信じられない話であることは疑いようがない。言っている張本人がイスキエリであってもシドはあくまでプレイヤーだ。イスキエリとしては異端と言える。真実を話すとは限らない。


✳︎

次話投稿は7月29日を予定しています。

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