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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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氏令会議

 ヤシュニナ氏令国はその名の通り氏、令と呼ばれる役職に就いている45名によって治められている多種族国家だ。二つある大陸の西側に位置するアインスエフ大陸の北方にあるグリムファレゴン島の半分を領有し、東方大陸との海路を一手に領有する商業国家である。


 その行く末を決める氏令会議は今、見事に紛糾していた。


 「現在、我が国は帝国と事を構えるほど余力はありません。不用意に帝国から亡命者を受け入れるなど、自殺行為と思えてなりませんが」


 そう発言したのは賽の(サイロ・)才氏(アイゼット)リオールだ。白い肌、プラチナの長髪、ガラスのような透明感のある白い瞳、ほんのりと赤みがかった唇から発せられる美麗な声は異性はもちろん同性さえ魅了する艶やかさがあった。


 そして鋭く尖った耳は彼がエルフである証拠だ。雪国に多く見られる白の森人(ホワイトエルフ)と呼ばれる種で、外見は20代前半といったところだが、実年齢は89歳だ。氏令の中でも高年齢だが、才氏となったのはここ数年の間だ。つまり氏令会議に参加する面々の中ではまだ若造だ。


 彼に限らず、周りを見渡して見れば若い顔がいくつかある。しかしその実年齢は彼同様に外見とは一致していない。かく言うシドもまたその仮面の下には童子の顔が眠っているが、実年齢は200を超えている。そういった面々が数多く集うヤシュニナという国家において、役職の持つ響きとは非常に重要視される。有体に言えば舐められなくなる。


 その最上位こそが氏令、そう氏令である。


 氏令の内訳は五つ、すなわち才氏(アイゼット)議氏(エルゼット)軍令(ジェルガ)刃令(キェーガ)界令(レンガ)である。文官が才氏、議氏であり、武官が軍令、刃令を名乗り、神官が界令を名乗る。ゆえに先ほど、発言したリオールは文官ということになる。


 さて、その氏令達を役職の最上位と置くヤシュニナだが、もう一つ彼らが重視しているものがあり、それは通り名、あるいは二つ名である。これは多くの人間が思う以上にヤシュニナ、もとい同国が置かれているグリムファレゴン島において重要な文化の一つと言える。


 ただの才氏、ただの軍令では木っ端な役人と変わらない。ある種の畏敬と畏怖、崇敬と崇拝を求めて彼らはまず自分達の二つ名を名乗る。その勇名は相手への牽制であり、自らの立場を明確にするものでもある。より名を馳せれば馳せるほど、その名は各地に浸透し、交渉や外遊において有利に働くケースが多い。


 ゆえにすべての氏令のみならず、ヤシュニナ国内では一定以上の役職に就いたものにはその者にちなんだ通り名、二つ名が直属の上司から送られ、その名は官吏、軍吏である限り永遠にその者を表す記号となるのだ。もっとも、中には氏令会議に直訴して二つ名を変える人間もいるが。


 「ご安心を。今回帝国からの客人が我が国に来られた暁には、彼の国が我が国に侵攻する大義が立たなくなります」


 リオールの否定的な意見に対して答えたのは議題の提案者である橋歩きの(ルス・ウオル・)議氏(エルゼット)アルヴィースだ。190センチを超える長躯で、外見は非常に美しい。金髪赤目、美髯の持ち主で、奇抜なファッションで己を着飾っている変人だ。これでもヤシュニナ黎明の頃から氏令の一人として国家運営に携わっている才人だ。


 彼のハイライトのない瞳は深く、濁り切っており、発する言葉がすべて軽薄に聞こえてくる。ご安心を、と言われてもこの場のほとんどの人間は眉をひそめるばかりだった。


 「大義が立たぬ、と。彼の国はこれまで大義など掲げていたでしょうか?こう言っては品位に欠けますが、帝国は根っからの暴力装置、ただの畜生の集まりでしょう。殴るための理由など、ムカついたからで済ませる悪の権化です」


 リオールの反論に複数の氏令がその通りとばかりに頷き、彼の弁を肯定した。


 今この議場で論じられる帝国、アスカラオルト帝国はアインスエフ大陸東部最大の人間種国家だ。侵略を国是としている面があり建国から約300年、大陸東部の国々を両手の指で数えられるまで減らした恐るべき国だ。


 なにより恐るべきは帝国が人間至上主義、それもエレ・アルカンという大陸東部に広く分布する人間種の存在を至上の存在とする掛け値なしの人種差別国家である点だ。彼らからすれば同じ人間種であるエルフやドワーフ、ハーフフット、イーストは隷種、すなわち奴隷階級の非人間である。


 リオールは氏令会議内ではハト派として通っているが、彼でなくてもそんなふざけた国家に喧嘩を売るような行為は遠慮したい。エルフの同胞が惨たらしい最後を迎えた、と聞いた時は背筋が凍った。自分から猛獣の口の中に飛び込むなんていう自殺方法は最悪にすぎる。


 「ええ。才氏リオールのおっしゃる通り。彼の国はまさに猛獣であります。ですがその猛獣にも弱みはある。我らはまさにそれを手に入れようとしているのです」


 不敵な笑みを浮かべ、アルヴィースは指を鳴らした。すると議場への扉が開き、外務を担当する外事院の腕章をつけて男が氏令全員分の新たな紙束を持って入ってきた。通常、このような飛び入りの資料提出は認められない。それをわかってか、アルヴィースは演壇の上から降り、180度回転して議会の上座に座る人物達に向き直った。


 「——偉大なる(オー・)国柱(イルフェン)雪花の(セナ・レティ・)国柱(イルフェン)、今この議場に新たなる資料を持ち出す無礼をお許しいただきたい」


 彼の視線の先には氏令会議の進行役である界令(レンガ)五名、そしてヤシュニナの象徴である国柱が御簾の向こうに鎮座していた。彼の請願を聞きチリンと国柱は手元の鈴を鳴らす。


 つい先ほどガベルを鳴らした大柄の男がのっそりと御簾の前まで歩き、小声で何かを聞き取った。そしてすぐさま自分の席に戻り短く「許可する」と答えた。


 「寛大なる配慮に感謝いたします。では各々方へ資料を」


 議会の最高権力者からの了承を得たアルヴィースは部下に命じて手早くシドを含めた全氏令に資料が配らせた。その内容はもちろんアルヴィースが口にした「帝国の弱み」だ。


 「新たな税制度、ですか?」


 言葉を発したのはリオールだ。怪訝そうな表情で彼はその内容へさっと目を通す。主にあげられるのは「穴税」「便所税」「雑草税」「稚児税」「耕作税」などだ。簡単に言えば墓穴に対する税、便所の糞尿を回収する税、雑草処理業者を雇うための税、赤ん坊を産んだ時に発生する税、耕地の所有年数によって増加する税、だ。


 特に議場の人間の多くが眉をひそめたのが「便所税」だ。トイレ事情が解決されているヤシュニナにしてみればおおよそ半世紀ぶりに聞いた言葉だ。とどのつまりは便所の糞尿を回収します、その時に人を雇うなら追加で国にも金を払ってね、ということだ。


 他の税も著しくひどい。重税どころの騒ぎではなかった。


 過去、帝国勃興以前のアスカラ地方のとある王国が「穴税」や「火税」というものを導入したことがあった。穴税とは墓穴を掘る時に生じる税であり、火税とは薪を焼べたり、祭りのために火を起こしたり時などあらゆる時に使う火についての税だ。死者を弔うためにも税、ただ焚き火をするにも税、と生活のあらゆるところに税をかけたこともあって、遠からずその国では農民達による一揆が起こり、国力を大きく低下させる結果となった。


 「もしこれが帝国民に広まれば帝国でも反乱が起こるな」


 シドがこぼした言葉に彼の近くにいた氏令が何人かうなずいた。今でさえ帝国は税の重さにより国民は貧しい。それに加えてこの税制度が実施されれば生活は()()()()になる。重要なのは国民が生活できない苦しさではない、ということだ。


 「生かさず殺さずか。穴税は、これは過去のものとは違うんだな?」


 はい、とアルヴィースは答える。帝国という巨大な国家であっても過去の例を見れば死者に対する尊厳を踏み躙られた人間がどうなるかを考えれば瓦解の危険性は十分にある。今回の帝国が導入した穴税の穴とは、墓穴のことではなく、農作業の時に牛を使って引くプラウのことだ。正確にはプラウによって掘り返された土地の広さということだ。


 農民が個人で牛を持つ、というのは帝国では考えづらいので、この税制は牛を共同所有する村と豪農に対してということになる。つまり、金が集まりそうなところから金を引っ張ってこようという算段だ。


 重税を課すメリットは二つある。一つは国庫の安定化。もう一つは反乱の防止だ。国庫は金で潤い、国民はそれに反抗しようにも力がない。金を巻き上げられ、武器を変えなければ反乱は不可能だ。言論統制や思想弾圧、監視社会の樹立よりもよっぽど手っ取り早い。


 「彼の客人はこの事態を憂い、我が国へ亡命したい、と考えておられるのです。私が今お見せした資料の証拠となる新税制度法案の草案を持って、ね」


 おお、と議場の氏令達から声が上がった。草案とは正式に帝国皇帝に認められた法案であることを示すため、帝印が押されている。これを皇帝が期日に布告宣言をすることで初めて正式な法案として適用される。帝印が押されている時点でそれは帝国の最高権力者が認めた証だ。


 それを他国が持っている。これは十分な脅迫材料たりえる。


 「以上で私の議題説明を終わらせていただきます」


 アルヴィースは国柱へ一礼し、自分の席へと戻った。通常の氏令会議であればここで質疑応答が行われるが、今回はその必要はないな、とシドは居並ぶ氏令の顔を伺いながら嘆息した。


 帝国はヤシュニナにとっても決して無視できない国だ。89年前、帝国の大海軍がヤシュニナを含めたグリムファレゴン島の五カ国を征服しようと侵攻してきた。結果としては退けることができたが、そのせいでグリムファレゴン島西部は荒廃した。以来グリムファレゴン島の帝国への認識は最悪だ。


 「水師の(ソルナーデ・)界令(レンガ)ディスコより発す。質疑の有無認めず。決を採る。帝国財務大臣テリス・ド・レヴォーカの亡命、是か否か。是の者は起立せよ」


 大男、ディスコの重苦しい声の直後、シドを含め30名の氏令が起立した。


 「賛成多数。よってきたる期日に彼の国より客人を迎える。出迎えとして橋歩きの議氏アルヴィース、界別の(ノウル・)才氏(アイゼット)シドの両名を任ず。全議題終了後、両名は偉大なる国柱(オー・イルフェン)(もと)へ参内せよ」


 ディスコがガベルを3度叩き、議題の終了を告げた。そしてまた別の氏令が立ち、新しい議題を口にする。


 「では次に旗の軍令(マクラ・ジェルガ)ジグメンテより、西部より流入した亜人種の難民問題を……」


 そうして本日の氏令会議は他八つの議題の審議を終え、終了した。


✳︎

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― 新着の感想 ―
[良い点] カクヨムにあったのを持ってくるのかと思いましたが別物ですねこれ。 [一言] 楽しみにしてます!
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