絶滅者たち
壮絶な飛び道具の掃射を受け、先陣を切った界国軍の兵士はバタバタと倒れていった。鏃に耐えようと投石が頭蓋を砕き、例え投石に耐えても今度は巨大な矢がその体を粉砕するのだ。生身の兵士が耐えようと思って耐えられるものではない。
瞬く間に突撃した界国軍のオークやゴブリンは血煙と化した。攻め寄った邪霊はなかなか倒れない。腕がもげ、足が粉砕され、頭が砕け散るような投石や矢を受ける前に魔法障壁を展開して防御してしまう。そして、炎の巨人はいくら体を貫かれてもなお進み続けた。
巨人へ目掛けて放たれた巨矢はその胴体を貫通するが、まるで痛痒を感じないのか、その足が止まることがない。足を貫かれても止まらない。
「つ。まじかよ」
壁上からその様子を見て、思わずアドラメレクは舌打ちをこぼした。多すぎるんだ、と。
飛竜の鱗すら貫く貫徹力がある巨矢は並大抵の防御でどうこうできるものではない。レベル150のプレイヤーであっても、巨矢を生身で受ければ無事では済まない。いわんや、レベル120程度の炎の巨人であれば数発ならいざ知らず、十数発、数十発と受ければ、本来ならば沈黙する。
しかしそうなってはない。それは単純に体力がバカみたいに多いからだ。多すぎる体力を削り切るには単純に攻撃力が足りないのだ。
邪霊は問題ない。魔法障壁にも限界はある。限界に達すればその体を穿てることは障壁を展開しているから明らかだ。だが、炎の巨人相手ではその限界を待つこともできない。最初は首都の南正門から数キロ先に陣取っていただけの界国軍はもうすでに間近まで迫っていた。
「攻撃を炎の巨人に集中しろ。あいつら相手じゃ城壁なんぞ意味ねーからな」
テオ=クイトラトルの市壁の高さは20メートル程度だ。飛竜に対処するため、防衛機構を内蔵したため、この程度の高さまでしか煉瓦を積めなかったのだ。しかし、相手する炎の巨人は実に60メートル、股下をだけでも30メートルはある。有体に言えばどんな防衛機構を組み込もうが、それが作動する間もなく踏み越えてしまうのだ、壁を。
加えて、斜角の問題もある。俯角と同様に仰角の問題があるせいで、近づかれれば投石器や大弩は敵には当たらなくなってしまう。
「——頭を狙え、頭。壁の中のやつらは群がってる邪霊と雑兵に矢を集中しろ。残弾なんざ気にすんな、好きなだけ使って、好きなだけ殺せ!!!
アドラメレクの指揮が飛び、いっそう苛烈に壁上の兵士も、壁内の兵士もその指から血が吹き出すほどに矢を引き絞り、皮が破れるほど勢いよくハンマーを投石器の射出装置に打ちつけた。
風切り羽が空を切り裂く音と、金槌が鉄を打つ音が重なって、間断なく響いた。それは飛竜の襲来時が児戯のように感じるほど峻烈な応射だった。千を超える巨石と巨矢が、万を超える鏃が飛び弾雨のごとく界国軍に浴びせかけられた。
しかし、なお界国軍は止まらない。単純な数の多さもある。仲間が殺されてもなお、進み続ける狂奔さもある。だが、真に問題があるとすれば、それは炎の巨人よりも前に邪霊が以外が出てこないからだ。つまるところ、一見すると一気呵成にただただがむしゃらに攻めてきているようで、その実は炎の巨人という天然の城壁を前面にに押し出して攻めてきているということだ。
言い換えるならそれは城が城に向かって突撃しているようなものだ。両者がぶつかり合えば爆砕するのはシンプルに運動エネルギーが低い方だ。そして両者の高はまず間違いなく、炎の巨人が上だ。
だからこそ、まずは炎の巨人を潰す方向へアドラメレクは舵を切った。二者択一、取捨選択、二兎を追って一兎もえず。炎の巨人とそれ以外、両者を選ぶことはできないのだ。
空飛ぶ飛竜すら撃墜する大弩の一撃は彼の期待通り、炎の巨人へ命中する。頭蓋を貫き、よろめく炎の巨人を見た時はやったか、と身を乗り出した。
だが、巨人は踏みとどまった。仰向けに倒れるその上半身を二本の足で支え、ゆっくりと体を持ち上げていく。頭蓋は確実に粉砕されているにも関わらず、依然として立ち続け、進み続けた。
「うそ、だろ?」「もっと、撃て撃て!!」「まさか、不死身?」「俺達は何を相手してんだ?」
迫る炎の巨人の打たれ強さを前にして、兵士達に動揺が走った。中には弓を持つ手をだらりと降ろし、放心するものさえいた。
無理もない、とアドラメレクは奥歯を噛んだ。炎の巨人が再生能力を持たなかったことがせめてもの救いだったかもしれない。もし、そんなものを持っていれば今頃、壁上にいたのはアドラメレクとその配下の魔将ぐらいだっただろう。
そのアドラメレクも逃げ出したいな、と心の中では汗を滲ませていた。クソみたいなレーヴェの縛りプレイがなければいくらでも手の打ちようはある。あるいは自分が戦斧をかついで炎の巨人に挑んでもよかった。
「にしたって、硬すぎだろ。体力は、三割以上残ってやがる。——回復速度が早いな」
ゲーム、それもRPGというだけあって「SoleiU Project」にも自動回復がある。体力が時間の経過で勝手に回復するシステムだ。プレイヤーはこれに加えて部位欠損回復という機能も追加されている。なんらかのシステム的な効果以外での四肢の欠損などが回復するシステムだ。
それに則るなら、眼前の炎の巨人もまた同じシステムで体力が回復している。しかし、回復速度が異常に早い。アドラメレクあたりが渾身のアーツで攻撃すれば消し飛ぶ体力量とはいえ、それでも通常のモンスターと比べると回復速度があまりにも早い。
「回復魔法でも受けてるのか?いや、むしろもっと別の要素で回復量が上がっている?」
「アドさん!!すぐに攻撃目標を頭から足にすり替えて!!」
悩むアドラメレクの頭上から声がした。見上げると、そこには白い少女が浮かんでいた。自身の杖に両足を引っ掛け、逆さ吊りの体勢のまま、少女は垂直効果し、アドラメレクは自分の足元から少女の銀色の声を聞いた。
「あの巨人の足元!!そこを狙って!!最悪、足元の邪霊でもオーケー」
「フェイ。なんだ、藪から棒に。なんでそんなこと」
「いいから。やってくれたら、あたしを抱かせてあげるって、ゥーさんが言ってたよ」
「いや、あの人そんなこと言わないだろ。まぁいい。少しは違ったことをやりたかったところだ」
フェイに言われた通り、アドラメレクは大弩と投石機を扱う兵士達に斜角の変更を指示する。次いで、弓矢を引き絞る兵士達に邪霊に射撃を集中するように命令する。
対応は迅速だった。さすが精鋭、理由を聞くと言うワンクッションが置かれることはない。動揺を見せても、指揮官の命令に従う理性があった。
すぐさま放たれる巨矢と巨石の向かう先は巨人の頭部から足へと変更される。そして変わらず鏃は邪霊に向けられた。
放たれた巨矢と巨石、そして無数の鏃は洪水の如く邪霊達を飲み込んでいった。衝撃に耐えられず、それまでは魔法障壁を展開していた邪霊達も吹き飛び、上半身が四散した。そして、巨人もまたその餌食となった。
いくつもの巨石を受け、巨人の足は砕けていく。巨矢を受け、沸るその体躯がボロボロになっていく。傷ついた足はその体躯を支えきれず、グシャリと折れた。迫る巨人達の体躯は倒れていった。
刹那、フェイが壁上から飛び出した。待ってましたとばかりに杖を巨人へ向け、彼女は魔法を発動させた。
「《ラス・ストーレ・イアイア・レザ・ハンナビ・トゥール》」
魔法の詠唱が完了すると同時に青い光波がドーム状に広がった。それは今まさに地面に向かって落ちようとしている巨人達、そして降りかかる巨矢や巨石を巻き込み、その落下を完全に静止させた。
浮遊魔法と呼ばれる特殊な魔法だ。普段はフェイが飛行する際に無詠唱で用いる付与魔法の一種である。フェイはそれを広範囲に発動させた。普段と異なり、広範囲に使おうと思えば詠唱を付け加えなくてはいけないが、そこは高速詠唱という詠唱速度を上げるスキルでカバーすることができた。
浮いたまま、巨人は落ちない。それを見てアドラメレク達が息を呑むも束の間、直後に彼らは両目を大きく見開いた。
——それまで倒れなかった巨人が音を立てて崩れ始めた。




