葬滅者たち
ひしめき合う眼下の敵軍を睥睨し、アドラメレクはため息を吐いた。盛大に、つまらなさそうに、どうでもよさそうに。
見た限り、炎の巨人は20体前後、全高60メートルという埒外の大きさではあるが、想定していたよりも数は少なく、お騒がせなフェイが送ってきた映像よりも少ないことにアドラメレクは安堵を覚えた。無論、すぐに緊張の糸を張り直したが。
巨人の足元を見れば無数の邪霊がひしめき合っていた。設定としては異界から冥王が呼びせた邪霊達は上位種とされ、レイドなどでボスを務めることも多い。それがまるでそこらの雑魚敵のように群がっているというのはゲーマーとして、一抹の不満を覚えるところである。
邪霊の周りに群がるのは黒い甲冑を纏ったオークだ。界国生まれのオークは他のオークが赤茶けた肌色であるのに対し、浅黒い硬質な肌色が特徴的だ。顔も犬と豚と人間を足して3で割ったような凶相で、邪悪さが滲み出ていた。無論、体躯も立派である。
鑑定スキルを使い、眼下の軍勢の大まかなレベルを把握し終え、どうするかな、とアドラメレクは思案する。考えるのは無論、どうやって楽に目の前の敵軍を叩き潰すかだ。
炎の巨人のレベルは大体120ほどだ。ランクはレイドランクだが、ダンジョン外であるため、その能力は制限されている。だから、巨体で体力こそ有り余っているが、それ以外はハリボテもいいところだ。数で攻めればおそらく勝利できる。
邪霊もレベルは120ほど。ランクはまちまちだが、概ねノーマル、つまりプレイヤーや煬人よりもランクは高く設定されている。ダンジョン外であるため、その能力は制限されているため、これもまた炎の巨人と大差はない。壁上から矢なり、投石なりを繰り返せば、少なくとも被害は反らせるだろう。
最後に取り巻きのオークやゴブリン達。これはもう論外だ。数の水増しでしかない上に大半がレベル20程度。平均レベルが30を超える首都防衛軍の敵ではない。おそらく、一人五体を相手にしても問題ないだろう。
ただ状況を難しくしているのはやはりこれが防衛戦で、防衛拠点ひとつひとつに回せる兵士はそう多くはないということだ。エドワードからは重要拠点以外は見捨てていいと言われているが、それでも犠牲を減らすに越したことはない。
脳裏をぐるぐると回るのはエドワードが会議を切り上げる時に言った言葉だ。レーヴェからの伝言だと言っていた。
「最上級魔将よりも上の奴らは使うなよ。エドもラークもゥアーレスも動いたらダメだ。ああ、さすがに宮殿まで迫ったらいいぞ」
ふざけた伝言だ。一種の縛りプレイのつもりなのだろうが、筋金入りだと鬱陶しくもある。いっそ命令違反してやろうかとも思ったが、それをしたらレーヴェが自分を殺しに来るんじゃないかと思い至り、踏みとどまった。
ひどいゲームだ。ああ、ゲームだ。
「クソが。おもちゃ遊びだと思いやがって」
何が面白いのか、アドラメレクには理解ができないことだった。だって、人が死ぬのだ。NPCだとしても人が死ぬというのはできれば避けたい。もちろん、必要とあれば非情になれるがそれはそれとして楽をして勝てるなら勝ちたいのがゲーマーだ。
面倒臭いと切に思う。それこそ最上級魔将以下のプレイヤーが使えるだけまだありがたいのか。そう思っていた時期がアドラメレクにもあった。伝言はこう続いた。
「あ、杭奈とプロタゴニストはだめだぞ。うちの最強二人組を貸し出したら終わっちまうし」
しょうがない、とため息を吐き、アドラメレクは拡声器を取り出した。こうなったらもう相手の指揮官に期待するしかない。
ちょうどアシュラが見える位置に移動し、アドラメレクは胸壁から身を乗り出した。周りの兵士はギョッとする。自軍の最高指揮官が唐突に矢前に体をさらせば驚きもする。アドラメレクはそんな彼らを意にも介さず、拡声器を口に近づけた。
『あーあー。聞こえるかー、そこの蛮族どもー。特に俺達を裏切りやがった三面六臂のなり損ない!!』
突然の悪態にアシュラはハッとなって顔を上げ、彼の周りにいた兵士達も壁上にいるアドラメレクに視線を向けた。万単位の視線が突き刺さり、少し気圧されるがアドラメレクは声を張り上げ、アシュラに向かって罵詈雑言を浴びせた。
『自分の力じゃレーヴェに勝てないからって、随分とお友達を連れてきたなぁ、おい。そんなにレーヴェがおっかないかー、ぁあ?』
嘲笑を交え、アドラメレクはさらに吼える。
『そのくせ、英雄気取りなのか、タイマン希望だぁ?おいおい、冗談きついぜ。てか、そんな三下根性しみついたやつでも仲間ってついてくるんだなぁ。ああ、そうかー。弱いなんとかほどよく群れるってやつかー』
笑え、とアドラメレクはハンドサインで周りの兵士に指示を出す。言われた通り、兵士達は呵呵大笑の大熱唱を始めた。
散々笑われ、こけにされ、アシュラが吼えないわけがなかった。身を乗り出し、アシュラはアドラメレクに向かって叫び声にも似た罵声を浴びせた。
「クソ牛風情が調子のってんじゃねーぞ?こっちはてめーらご自慢のコルト君をぶっ殺したんだぞ!!おら、その証拠がこの鉄兜だ、見覚えあんだろ!!」
アシュラはそう言ってマントの下からよく磨かれた鉄兜を取り出した。それは掌国軍の兵士なら一度は見たことがある鳥を思わせる意匠の鉄兜だった。
それまで笑っていたアドラメレクの周りの兵士達は思わず息を呑んだ。代わりにアシュラの周りの兵士達が今度は笑い始めた。弱かったぞ、とか、だせー死に様だった、と野次を投げるものさえいた。しかしアドラメレクは気圧されることはなく、すぐにまた煽り返した。
『はぁああーああ??お前らそれを本気で言ってるのかよ。どーせ、よってたかってリンチにしたってだけだろ?それでよく弱かったーとか、だせー死に様だったとか言えるなー。ほんっと、頭わりーよなー。幼稚園児だって今日日もうちっと文学的だぜ、おい』
背後で兵士達が顔を見合わせ、幼稚園児ってなんだ、知らんと言っているが、気にしない。そも学校がある国が珍しいのだからしょうがない。
『あーあ、なんだかバカバカしくなってきたぜ。俺はよ、もう少し戦い甲斐のあるやつだと思ってたんだぜ?それが蓋を開けて見ればただの怪力バカと木偶ばっか。おまけにパパの買ってくれたおもちゃを自慢するガキが大将ときたもんだ。おいおい、ぼくぅ?はやくおうちにかえりちゃーい。ままがおっぱい飲ませてくれまちゅよー』
ばぶーばぶーとアドラメレクは連呼する。それに追随するように周りの兵士達も各々思い思いの赤ちゃん言葉を連呼した。さながら新生児の大合唱、聞かされる側、煽られる側にとっては恥辱だろう。
事実、アシュラはかつてないほどに怒りを露わにしていた。元より自尊心の高い人物だ。怒りで顔を歪ませ、汗を眉間に滲ませるアシュラを見て、アドラメレクはここぞとばかりに切り込んだ。
『そんな赤ん坊諸君に我らがレーヴェ陛下は慈悲深いことにこうおっしゃった』
煽りながら、アドラメレクは片手を前に突き出し、大きく広げた。
『「飛車角香車桂馬次いでに銀将も落としてやってやる。八枚落ちでやってやる。チェスならポーンとクイーン、キング以外は使わないでおいてやる。ちょうどいいハンデだろ」ってなぁ』
侮辱する。とことんまで貶し、相手をバカにする。焦らせ、怒らせ、悔しがらせる。戦場においてそれは致命的で、戦いにおいてそれは唾棄すべきことに他ならない。増して指揮官ならばなおのことだ。
『ま、そこまでしても勝てないと俺は思うけどな。なにせ、あいては赤ん坊。諸君、紳士的によいしょよいしょしてやろうじゃないか』
とことん小馬鹿にする。ただ怒りの叫声だけがこだますまで。
「あ、アドラメレクぅううううううう!!!!!!」
眼下の赤鬼は吼える。獣のように、駄犬のように、聞かん坊のように。周りの静止も振り切って、突撃を命令する。
戦端は開かれた。集まっていた界国軍は編成もままならぬまま、指揮官の号令により、テオ=クイトラトルの南正門目掛けて走り出した。
「大弩、投石器用意」
アドラメレクが号令を発する。内壁に、壁上に、壁内に配置された無数の兵士がそれに呼応してそれぞれの装置に指をかけた。
「放て」
アドラメレクの腕が振り下ろされた。それと同時に無数の巨大な矢が、岩石が、鏃が飛んだ。それは容赦なく、突っ込んできた界国軍へと浴びせられた。




