滅国者たち
テオ=クイトラトルはその日、かつてない混乱に見舞われた。建国以来、城壁のすぐその先まで敵が迫ったことはなく、その上壁内の兵士は外の軍勢と比べて少ないのだから、それは当然のことでもあった。
しかし、混乱する市民達に比べ、掌国の上層部はいたって冷静であって、こうなる可能性はあったからだ。
「壁外の軍は総数6万から7万ほどです。後方から援軍が来る様子もなく、今見えている範囲ですべてであろうと、偵察を行なった部隊からは報告されています」
「ご苦労、下がっていい」
一礼し、報告を行なった武官が退室する。場所はテオ=クイトラトルの中心地である宮殿内の会議室、そこに集められたのは魔将をはじめとした武官、そして国内の行政を担当する文官だった。
会議室の上座に座るのはレーヴェではなく、軍最高司令であるエドワードだ。神妙な表情で席に座るエドワードはちらりと彼から見て左側の席に座るミノタウロスを一瞥した。
「アドさん、軍の配備状況は?」
「すでに整っている。備蓄も十分にある。防衛戦ならいくらでもできるぞ?」
アドさんと呼ばれたミノタウロス、アドラメレクはその強面の外見とは裏腹に気さくに答える。それを聞いてエドワードは表情を崩さず、そうか、とだけ答えた。
「こうなる可能性はあった。テロルラが東西同時攻撃の可能性を示唆した段階で、俺達はその可能性を考えていた。にしても、思ったよりも少ないな、敵軍」
「ええ。軍勢の一部は元々南部戦線の兵士で構成されているようで、それを加味しても絶対数の少なさは揺るぎない、と」
答えたのは武官だ。それに追随するように人材管理部門の文官がこくりと頷いた。
「壁内の兵士は何人だったか」
「おおよそ、二万人弱。ただ精兵だから二万人強の働きはするだろう、多分」
答えたのはアドラメレクだ。バシュラに代わって東部戦線から招集された彼はそこまで首都防衛軍の能力について知っているわけではない。そも、その精兵もバシュラが半分以上をアルカン大樹林へ連れていってしまったため、残っているのは連れていかれなかった弱兵という見方もある。
「いやいや、精兵の中の弱兵なんだから、弱いってことはないだろ。相対的に弱いってだけだから」
言い訳をするアドラメレクを他の人間は疑い深げな眼差しで見つめた。不満げに唸るアドラメレクを宥めながら、エドワードは状況の推移を文官に聞いた。
「外の敵軍について市民に周知されてしまっていますので、少々混乱が。警察機構が現在全力で治安維持に努めています」
「外はともかく中の混乱が怖いか。最悪は俺の『魅了』でどうにかすればいいとして、他に何か懸念事項は?」
「じゃぁ、俺から。兵士の戦闘力はともかく、防衛拠点が多すぎる。市壁すべてに兵を張り付かせることはできない」
なるほど、とアドラメレクの口にした懸念事項にエドワードは天井を仰いだ。確かにそれは問題だ。
平時ならば兵が足りるどころか予備兵力すらある環境、しかし今は最低限の兵士を貼り付ける余裕もない。ならばどうするか。——そんなものは決まりきっている。
「仕方ない。東西の正門に重点的に軍を配置しろ。細かい采配はー、アドさんに任せる」
「わかった。最後にもう一つ。ああ、いや二つか」
机上に置かれた資料をめくり、アドラメレクが問いかける。
「炎の巨人に関してはどう対応する?」
「そう、だな。うーん、究極は俺やラークあたりが出張ればいいわけだが、それだと芸がないな。代案はあるか?」
会議室の面々は顔を見合わせ、おもむろに一人が手を上げた。
「大弩を利用してはいかがでしょう。確かテオ=クイトラトルには対飛竜用の大弩があったと記憶しています」
「なるほど、確かにあれなら巨人の肌も貫けるか。なんせ飛竜だってアレの前には形無しだからな」
北部戦線にも同様の装置が配備されている。元来は攻城兵器だったが、飛竜や巨大なモンスターに対応するために飛距離と貫通力を大幅に向上させた代物へと魔改造された。
「よし。じゃぁ炎の巨人はそれで潰してしまおう。ついでにその周りのノミもまとめて潰れてくれるとありがたいなぁ」
パンとエドワードは両手を叩く。いい案だと言いたげな快活な笑顔を浮かべた。
「じゃぁ最後の一つについては?」
「アシュラ達はどうする?いや、殺すのは仕方ないにしても、仮にもコルトを突破したんだろう、奴らは?」
アドラメレクの問いにエドワードは閉口した。コルトを突破したとはアシュラや玄雲がコルトを殺害し、ここに現れたことを意味している。それはつまり、コルトを倒せるほどに二人が成長したということだ。
コルトは掌国最速の戦士だ。並の戦士では彼に追いつくどころか、そもそも姿を見ることさえ叶わない。純粋な戦闘力ならエドワードはおろか、レーヴェやゥアーレスにも比肩しうる。何より、「剣聖」リドルと肉薄したというdかえでその戦闘力の高さは折り紙付きだ。
アドラメレクの疑問に対する答えをエドワードは持ち合わせていない。一応は対人ゲームである手前、対策さえすればアシュラや玄雲がコルトを完封することもできなくはないが、それを口にするのも芸がなく、言うのは憚られた。
「まぁ、大丈夫だろ。ここにいるのは筋金入りの戦闘中毒者だ。コルトほど紳士でもないからなぁ」
ニタリとエドワードは笑う。それに追随するようにアドラメレクらも笑みを浮かべた。タイマンなんてしない。正々堂々なんてもっとしない。勝てばいい、と豪語する。
かくして戦争は首都すら巻き込んで、さらに禍々しいものへと変わっていった。
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