転機到来
——しかしてラァがその思考に到達した時、彼女の思考を裏付けるようにして陣地めがけて底知れない悪意が迫っていた。
*
はじめは地鳴りから始まった。突然の地鳴りに陣地に逗留していた兵士達はざわめきだし、座っていた兵士は立ち上がり、基地の中にいた兵士は慌てて外に飛び出し、見張り櫓に登っていた兵士は慌てて近くの柱に飛びついた。
大陸において地鳴りは珍しい。慌てふためいた兵士達がいっそいきなり両手を重ねているはずもないレーヴェに向かって祈るほどに珍しい。
「なんだ?何が起きた?」
震える兵士達を他所にバシュラは呑気に周りに問いかける。はぁ、とため息をつきながらその影から現れた昌益はパンパンと彼の腰あたりを叩き、無言である方向を指差した。
「ぁあ?あーなるほどのぉ」
ポリポリとバシュラは顎をかく。視線の先には、もとい視線のだいぶ先には巨大なワームの姿があった。八目鰻を思わせる牙が円形に生え揃った大型種だ。
距離にして数十キロ先だろうか。丘陵地帯から見える白喪連山の裾野から次々と同じサイズのワームが現れ、それは周囲に群がっていたワイバーンの群れを噛み潰し、再び山の中へと消えていった。
後に残ったのは真っ黒な大空洞だ。直径数十メートルはありそうな、しかし丘陵地帯から見れば黒い点にしか見えないそれは土煙を巻き起こし、周囲に土砂を撒き散らした。
「——おいおい、ざけろよ」
インパントは飛びながら悪態をつく。何がくるかなどもはや知れている。なんでこんな時に、と全速力で下降する彼を尻目に大洞穴の奥からザッザという鉄靴の音が鳴り響いた。無論、本陣の人間の誰一人としてその音を聞くことはないが、しかし目視しただけで音は伝わってくるものだ。
現れたのは鋼の鎧に身を包んだ一団だった。完全武装で長槍を装備したアイゼン・オークの集団を筆頭に、その脇を固めるトロルやゴブリンの軍勢、ワーグ、吸血蝙蝠、オーガ、その他多数の闇の種族が列を成して現れた。
その背後からは大小様々な邪霊が姿を現す。雄々しい火炎の邪霊の手には焔の魔剣と鞭が握られ、彼らが剣と鞭を左右に振るえば、周囲が炎で包まれ炎上する。
その炎を掻き分けて鉄仮面を被ったサイに似たモンスターが姿を現した。列をなして現れた六本足のサイはその背中に攻城兵器にも似たからくりを背負っていた。
「——すげぇのぉ。ありゃぁ」
「いや、マジで。どうするんだ、バシュラ」
裾野に現れた軍隊が掲げる旗は真っ黒な生地に白い目が描かれたシンプルなものだ。もっとも、それだけでどこの所属かがわかるから凝る必要もないのだが。
現れた指輪王軍は数万を遥かに超えるが、その全てではないことは大洞穴の奥でまだ蠢いている影を思えば一目瞭然だった。とどのつまり、最低でも十数万、下手をすれば数十万規模の大軍勢がなんの前触れもなく現れたということだ。
「たぁー。まさかなぁー。そういう登場の仕方すんのか。こりゃ小生らの作戦も形無しだぜ!」
「口調崩れてんぞ。まぁいい。まだ距離はある。1日くらいは余裕がある。その間に」
「ラァの部隊を呼び戻せって?無理だろ」
現れた軍隊ではなく、その進行方法に感心しながらバシュラは笑う。ギヒヒと声に出して笑い、そして動揺する兵士達に檄を飛ばした。
「——けいちゅううううううう!!!!!!」
陣地全体に轟く大咆哮。曲がっていた背筋がピンとバイオリンの弦のように張られ、彼らの意識は白喪連山からバシュラへ向く。
「——全軍、ただちに臨戦体制に移れ。指揮官階級は例外なく、小生んところへ集まるがいい。戦争だ、楽しい戦争だぞおい!!」
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