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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
290/310

進軍熟考

 それからさらに三日が経過した。


 「——見つからないわねぇ」

 「見つからんなぁ」


 樹上、アルカン大樹林に星の数ほど生えているウドラの枝に腰掛ける二人の男女は他人事のように、あるいは独り言のようにボソボソと呟く。緊張感は両者になく、危険地帯の只中にそれこそ周りを何重にもわたって地雷原が広がっているような空間にあってのほほんとした態度を崩さない。


 その場に水タバコかパーティーグッズがあれば酒瓶片手にワンナイト始めそうな弛緩した空気を漂わせて、しかし瞳だけはどこまでも冷めていた。その瞳を見れば誰だって二人が漂わせる和やかな、いっそ場違いな空気がただのいつわりであることに気づく。


 偽装、あるいは擬態。垂れ流す空気は自然体な人間が醸し出す日常的なものに近く、殺気を漏らすこともなければ狂気を垂れ流すこともない。完璧に自然に溶け込んで、一小動物になりきる二人の視線の先には幅30キロを裕に超える涙河の大本流があった。


 川幅は平均で40キロほどで、河口部の川幅は実に140キロを超え、この「ヴァース」でも五本の指に入る幅の広さがある。アルカン大樹林を北西方向へ向かって二分するこの大河は、東部と西部で全く違った生態系ピラミッドを作り出しており、その往来は決して盛んとはいえない。


 単純な河川の長さでは第三位の長さをほこり、その水量は世界屈指である。河の流れも急で、それに含まれる豊富な栄養素も相まって泳いで渡るのは現実的ではない。必然的に河川を越えるには大型の船を用意する必要があるが、数万を超えるとなれば数百隻はくだらない。


 それら大量の船が漕ぎ出しても困らない川幅もさることながら、深さもある。浅いところでも10メートル、最も深いところで100メートルを超える。水棲モンスターの巣でもあるため、一度水面に身を投げたら最後、よほどの幸運でもなければ助からない。


 仮に北から南下する軍がシルガリア草原を越えて、順調に樹林を進軍した際、まずぶつかるのがこの大河、もとい涙河の大本流である。越えようと思えば、船を使う必要があるが、そうなれば多数の木々の伐採跡がある。しかし、二日をかけて川沿いを移動したラァとマルショワリーはその跡を発見することはなかった。


 もっと内陸で作ったんじゃないか、とマルショワリーは嘯くが、それはない、とラァは即断言する。仮に内陸部で作ったとすれば木々の合間を通り抜ける都合上、船の船幅は細くなりがちだ。小舟サイズと言ってもいい。


 それを使って涙河に漕ぎ出したが最後、ブレーキなどない船なんて一瞬で転覆するか、河口まで流されてしまう。だから船はある程度の大きさがなくてはならない。それは木々の合間を潜り抜ける程度の大きさではダメだ。


 「それじゃなんで連中は西側に顔を出したんだよ。偵察部隊なら俺も見たぞ?」

 「そう。まさしくそれ。ヤシュの襲撃でついつい忘れてたけど、私達の本来の目的は指輪王軍の迎撃でしょ?なら、まず知るべきはヤシュの動向ではなく、敵軍本隊の所在でしょ?」


 三日前、ラァがインパントへ願ったことは非常にシンプルだった。遠征軍の前衛戦力を担う北部方面軍を前面に押し出し、より広域にわたって索敵を行う。その行動を是認しろ、という願いだ。


 ラァの提案に他の魔将の多くは反対した。もっともこの樹林に慣れた部隊が消えることへの恐れ、即応戦力の消失に対する不安、自陣の防衛能力への懸念などを彼らは捲し立てる。しかし、インパントが是認し、バシュラがいいだろう、と首肯すれば他の魔将も黙るしかない。


 結果的に北部戦線の半分である2万人が動員され、森の中を捜索し始めた。特に重点的に捜索の目が向けられたのはやはり川沿いだ。船の所在、その捜索などが主たる目的だ。


 空振り続きが多かったが、成果も出ている。例えば、鎮められた指輪王軍のものと思しき巨船の発見などだ。気候も相まって火が点きにくいからか、船底に穴が開けられ、巨石を乗せて鎮められていた。


 「だいぶ、徹底しているわね」


 引き上げられた巨船を見聞しながら、ラァは感想をもらした。それほどに徹底した情報封鎖だった。


 船の大きさは船尾から船首にかけて約40メートル。全幅24メートルほど。漕ぎ手を必要とするガレー船方式でマストはなかった。大きさから逆算してオーク兵なら200人ほど、ゴブリン兵ならその三倍、トロル兵なら50人くらいの大きさだ。


 「一応、飛沫の対策もしているみたいね」


 船の甲板を覆うような分厚い膜が張られていた跡があり、それで水面から飛び散る飛沫から身を守っていたのだろう。少量ならばともかく、多量に浴びればすぐに体が膨れ上がってバンと吹き飛ぶ。


 よく対策されているいい船だ。それこそ今後の渡河のためのいい教材になるほどに。しかし見つかった船数はそれほど多くはない。西側の岸辺近くに沈められていたものは全て合わせても20隻に満たない。最大でも2,000人足らずの兵で一体何ができるのか、という話だ。


 「渡河のための実験とか?」

 「それにしちゃぁ、時間かけすぎだろ。それに船の見つかった場所考えてみろ。幅が広いところもアレば、狭いところもあるし、結構バラバラだぜ?」


 マルショワリーの言にラァはそうよね、と口籠る。渡河をするなら、船を停泊させやすい岸辺か、川幅が狭い場所がえらばれがちだ。しかし見つかった指輪王軍のものと思しき船が沈んでいたのは川幅8キロ程度の上流付近もあれば、川幅30キロのかなり下流付近なこともあった。


 特に船が沈没していたエリアになにかしらの共通性があるわけでもなく、いずれも岸辺にオークの鉄靴の足跡があったことから、事故で挫傷したわけでもない。間違いなく上陸しているわけだが、しかしその意図がわからない、とラァはもちろん、マルショワリーも首をかしげた。


 「——そーして今にいたる」

 「ぁあ?ついにイカれたか?」


 「いーえ、別に?」


 太い枝に腰掛けたラァはふーむ、と眼下を見つめる。少なくとも指輪王軍が樹林の西側に来ていないことはわかる。だがそれまでだ。それ以外の情報がまるでない。


 「繰り出された連中は斥候。それはいいわ。けど、それならどうして後続が来ないわけ?」

 「雑に考えりゃ、進路を変えたとか、俺らと同じように陣地を作ってるとかだろうが、そんな感じでもねーからなぁ」


 いっそ大草原なり「橋渡しの大地」なりで全滅していました、と言われた方がまだマシだ。しかし現実問題として指輪王軍の斥候が見つかっている以上、それはない。


 「なら、どこに?数十万規模の軍隊が一体どこへ消えた?」


 ラァは唸りながら、視線を大河を右へ左へとなぞる。河口へ向かえばそこは大瀑布だ。付近にはレベル130オーバーの水棲モンスターがたむろしている。逆に上流に目を向ければ流れは比較的穏やかだが、白喪連山から降りてくる竜ことワイバーンがひしめいている魔境だ。


 迂回はどうだ、と考えたがやはり無理だ。水棲モンスターとワイバーンの群れをどうにかする方法をラァは思いつかなかった。


 「——それでも何かある。何かなければもう」


 そうして彼女は熟考し、ある考えが脳をよぎった。


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