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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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聖都ミナ・イヴェリア

 アスカラオルト帝国の帝都、ミナ・イヴェリアは三重の城壁と霊峰イヴェルナに守られた天然の要害だ。常に五万人からなる帝国正規兵によって守護され、アスカラ=オルト帝国が建国されて以来一度として市街に敵兵を入れたことはない。


 帝都の中心に置かれた帝城アラルゴールはまさにそんな帝国という巨大な国家の力強さの象徴にふさわしい荘厳さを誇っていた。霊峰から運搬した大理石により作られた支柱一つ一つには凝った意匠が掘り込まれ、帝国の中でも厳選された一級品のガラスは鏡として使えるかの如く燦々と輝いている。決して傾かぬ太陽のごとき美しい城はただ存在するだけで帝国臣民の自尊心を大きく成長させた。


 そんな帝城の一角、宰相執務室に座すアレクサンダー・ド・リシリューはあげられた報告を聞いて思わず目を細めた。自慢の美髯をなでながら彼はその報告内容をもう一度部下に読み上げさせた。


 「過日帝国暦531年4月21日、ヤシュニナ氏令国氏令会議は亜人軍の征討を達成したと公表しました。離散した複数の亜人達が第12州の境界線から出ようとしていたようですが、そのことごとくが容赦無く断罪される形となりました。転じてその場で降伏したもの、内応したものなどは手厚く遇されました。これをもって我が国が働きかけていたヤシュニナ内の反氏令会議勢力の半分ほどが機能不全を起こしたことになります」


 「長年たくわえてきた怨嗟というスパイスを甘い蜜で台無しにしてくれたものだな。それはそうとコリニー男爵から何か報告はあったか?あくまでその報告は対外向けのヤシュニナの発表をまとめたものだろう?」


 それが、と言い淀む部下を見て、アレクサンダーはなんとなくだが事情を察した。つまりコリニーは死んだということだ。コリニーと聖都とを結びつけていた連絡網はもう使えない。であれば、とアレクサンダーは霊峰の影に隠れていく太陽を見て思案した。


 「龍面髑髏(デア・ルーファス)を動かす準備をさせろ。彼らを通じて四小邦国群にコンタクトを取る。早くとも6月か7月には行動を起こせと伝えるのだ」


 本来ならば温存しておきたかった手だ。亜人軍が早急に壊滅させられることは折り込みずみだったが、その後に氏令国内をかき乱す役割を持っていたコリニーが消えてしまっては相手の戦力が整う前に行動を起こすほかない。焦ってする行動に全くの利益が生まれないことはよくわかっているが、早め早めに手を打っておかねばヤシュニナはさらに強さを増す。後背の憂いは絶っておかなければならない。


 秋の小麦を回収した後、帝国も動く。この時のために増強した帝国海軍の圧倒的な暴威でグリムファレゴン島を震撼させるのだ。そしてヤシュニナの国土に帝国旗をはためかせることが叶えば、それはもう勝利以外のなにものでもない。


 「あとはヤシュニナがどう四小邦国群に対応するかだな。なにせ反乱を起こした亜人どもとは違い、四小邦国群は()()何もしていない。武力はすべてを解決するというが、それは見せかけにすぎない。500年の歴史の中で帝国はそれを知っている。かつてない内戦を貴様らに経験させてやろう。いい授業料だと思って、帝国に感謝したまえ」


 すでに部下を退室させ、一人となった執務室でアレクサンダーは小さく笑い声をあげた。すべては帝国のためだ。帝国のさらなる繁栄のため、今はヤシュニナは邪魔だ。いや、ヤシュニナだけではない。帝国北部の半島国家ロサ公国、南部のチルノ王国、ミルヘイズ王国、クターノ王国、アスハンドラ王国といった人類国家ですら帝国の繁栄には邪魔な存在だ。


 常に帝国の後輩をおびやかし、虎視眈々と帝国の領地を狙ってくる恐ろしい狡猾な敵性国家達だ。ならばそれお順当に潰していくしかない。チルノ、ミルヘイズ、クターノは国家規模からして敵ではない。ロサは豪雪地帯と山岳のせいで攻勢は難しい。アスハンドラに至ってはクターノの向こう側だ。これらの国家は簡単に潰せるが、一つを潰せば警報機のように周辺国家を軍拡路線に移行しかねない。それゆえに一番強大なヤシュニナをまず真っ先に落とすのだ。ヤシュニナの武名は東海岸全体に広がっている。そんな強国が倒されたとあれば他の国家は帝国を恐るに違いない。あとは定石通りに弱い国家から潰していけばいい。


 「ヤシュニナとの戦争が何年かかるかが鍵だな。あの国はレベル100以上の(アース)猛者が何人もいる。正面から戦っては89年前の二の舞だろう」


 帝国が唯一、正面からの戦いで負けた89年前の第一次グリムファレゴン島侵攻は多大な犠牲と引き換えに素晴らしい教訓を与えた。それは獅子を狩るならば餌に毒を混ぜよ、ということだ。どれほど強大な獅子であろうと劇薬を喰らえば弱ることは自明、弱ったところを一気呵成に畳み掛ければ勝利は確実だ。


 楽しみだ、とグリムファレゴン島にはためく帝国旗を想像しながらアレクサンダーは机に置かれたワイングラスを口に運んだ。年代物のワインは妄想との相乗効果も相まっていつも以上に美味に感じられ、彼の気分は夕闇の中にもかかわらず真昼の如く明るく輝いていた。


✳︎

次話投稿は25日を予定しています。

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