事案対策
その日の会議で決定した事項は三つだった。
一つはヤシュの襲来を警戒した聖光塔の設置だ。陣地を半円状に囲むようにして特殊な照射塔、この場合聖なる光を常時照射し続ける魔法装置の設置のため、夜が明けるとラァとラビ・ラビが中心となって取り掛かることになった。
ゴーレムによる土木工事の利があるとはいえ、元々石材の乏しい樹林での作業は建築云々以前の問題だ。必然、魔法による建材の作成が必要になる。
「あーいっそ。私が塔でも召喚しようかしら?」
ポン、ポンと杖先から石柱を生成しながらはぁ、とラァはため息をつく。彼女が生み出す石柱はただの平坦なそれではなく、嵌めるための円形の穴が空いている石柱や、ネジ型の円柱、その他色々と形状が多彩だ。地面に落ちたそれらをゴーレムが持ち上げ、次々にさながらプラモデルのように適所に嵌めていく。
瞬く間に石造りの塔が組み上げられ、その屋上にラァは長文詠唱を行う。長文詠唱、すなわち10節以上の詠唱により形成されるのはこの仕事の主題、聖光球だ。
「『ラークス・スラーシュ・ルイス・エンデバーン・ベトナーシュテ・ヴェルデンロー・カシュペテ・シクネーゼ・アルトラ・ロス』!」
形成されるのは完全な球体。それを塔の屋上にセットする作業をゴーレムに任せ、ラァは腰の魔力ポーションを口につけた。炭酸ともアルコールとも形容できる独特な酩酊感が身体中に走ると同時にすぐに立ち消え、吸収されていく。魔力が補充されたことを確認したラァは即座に次の建設予定地点へと飛翔した。
——まったく面倒臭い。
とかく、魔法による建築は時間がかかる。ゴーレムによる補助があっても、なお一つ塔を作るだけで30分はかかるのだ。いっそ、塔を丸ごと作ったらいいのに、と飛びながら彼女は愚痴るが、それができない理由もちゃんとある。
「まぁ、いわゆる創造魔法は燃費悪いからな」
護衛としてラァに追従するマルショワリーは見透かしたようにそう言った。彼の言にそうね、とラァは興味がないとばかりに冷淡に返す。
塔に限らず、魔法の中には特定の建造物をゼロから作り出す魔法というものがある。創造魔法、あるいは建築魔法と呼ばれるこの魔法によって作り出せる建築物は一瞬で創造されるが、その分耐久性がすこぶる低い。ほんの2日と経たずに自壊してしまうのだ。
対して建材などは魔法で作ってはいるが、その耐用年数は軽く10年は超える。リソースの内訳と言われればそれまでだが、とにかく費用対効果で言えば間違いなく一から作った方がゼロから作るよりも安上がりで、頑丈なものが作れるという話だ。
「あっちもあっちで仕事頑張ってるみたいね」
気晴らしも兼ね、不意にラァは別の話題をマルショワリーに振った。その視線の先には大樹林の巨木が伐り倒された跡があった。そしてそれは現在進行形で拡大していっていた。
眼下の森林では大柄な種族が中心となって斧を振りかぶって木々の伐採を行なっていた。倒れるぞ、という声が聞こえ、メリメリと音を立てて巨木が倒れるたびに土煙が巻き起こった。
「本来だったら一週間後にやる作業のはずだろ?大した機材もねーのによくやるぜ」
近くの枝にまたがって、カラカラとマルショワリーは嗤う。明らかな嘲笑、嘲りの声だったが、しかしそれを責める事をラァはしなかった。というか、責めるようなことでもなかった。
「実際、よくやってると思うわ。トロルやジャイアント、あとは大柄な獣人やロックビーストなんかも動員してどうにかこうにかよ」
眼下で行われている伐採作業、それが前夜の会議で決定した三つの事項の二つ目だ。ラァがもたらした指輪王軍の接近に際し、陣地の早期完成が求められた。
元々の計画を大幅に前倒しにする形で始まった工事は本来であれば大型の重機や専用の機材を用いて木々をバッ刺していく予定だったが、補給部隊の行軍の遅れも相まってて作業でやる羽目になった。そのことを悪態づく兵士も大勢いる。伐採班の総責任者である中級魔将、アフ・プッカオは前倒しになったんだから仕方ない、と兵士達をなだめるが、それでも溜飲を下げられない、納得がいかない人間は大勢いた。
「ちぃ、あの怠け者が」
「いや、まぁ。そりゃそうだけど。一応、森がざわついてるってこともあるしさ」
ラァを宥めようとするマルショワリーだったが、下手な言葉はむしろ逆効果だった。ドスの効いた声で「ぁあ?」と睨まれ、たまらずマルショワリーは別の話題はないものか、と眼下を睨み、おお、と声をあげて伐り倒された巨木を引く一団を指差した。
「おお、伐り倒されたやつを百人がかりで運んでんぞ。いやーすごいな。俺とかでも運べるっちゃ運べるがああいうのは数がいた方が絵になるよな」
一人で運んじゃそれこそ神話のワンシーンだぜ、とおどける彼だったが、しかしラァはねちねちと補給部隊の責任者であるセカンドへの不満をこぼし続けた。
「そもそもあいつがちゃーんと来てれば今頃はもっと効率よく動けてたのよ。食いもんも水も自給自足しろってアホなの?特に水は死活問題でしょ、あたしらはともかくとして。この森で戦うんだからそんくらい察しなさいよ、アホじゃない?不確定要素は好きだけどさ、こうも負の要素ばっかだとさすがにキレるよ?やっぱ無能な味方はさっさと殺すか、一兵卒にでも落として」
「ストップストップ!お前、今スッゲーやべぇ表情になってるぞ?最高指揮官がしちゃいけない顔になってんぞ?」
「へぇそれってどういう顔?」
「こういう顔ってぐゆ」
冗談混じりに虚空から取り出した手鏡を向けると、神速の一撃がマルショワリーを貫いた。魔法ではなく、ただのパンチ、しかし一線級のプレイヤーの拳は例え魔法使いであっても容易く鏡を割ることができる。
パリンと割れたガラスの破片の嵐に巻き込まれ、マルショワリーは倒れかけの大木めがけて一直線に飛んでいく。そのままズガーンと派手に頭から突っ込み、犬神家のような姿勢で樹皮の中にめり込んでしまった。もっとも、突っ込んだとて大したダメージではなく、元気そうに樹皮からろしゅつした両手両足をバタバタと振り回していた。
「はぁ、ほんと」
助けようかとも一瞬考えたが、どうせ自力で脱出することができるとすぐに関心は冷め、さっとラァはその場から立ち去り、二つ目の聖光塔を建設するため杖を向けた。




