トーキングⅡ
ラビ・ラビはその視線に気づき、居心地が悪そうに顔を上げる。
白い毛布に包まれた五歳児ほどの大きさのそれが毛布から顔を出した時、まず見えたのは綺麗に生え揃った歯を剥き出しにした口だった。はぁ、やれやれとそれは小さな手を伸ばしてとんがり帽子を手に取り被ると、ぬるぬると這い回って席に座り直した。
目はなく、鼻はなく、耳もない。ただひしゃげた顔には口だけがポンと付けられていて、あくびをすると先端が三つに分かれた得意な舌が彼女の口腔から顔を出した。
「にゃー。よー寝た」
彼女、ラビ・ラビはのほほんとそうのたまう。その醜い容姿からは想像できない可愛らしい声のギャップに何人かはズルリと前のめりになって倒れた。
「寝てんじゃねぇって議論は後だ。おい、ラビ助。聞きてんだがよぉ、ヤシュってのが使い魔っつぅ可能性はあんのか?」
身を乗り出してインパントはラビ・ラビに迫る。対するラビ・ラビは面倒くさそうに自分の席を支えているゴーレムを操作し、机の上に下させる。彼女が両足を机の上に下ろすとぶちゃりと半透明の粘液がこぼれ、近くに座っていた魔将達は嫌そうな顔を浮かべた。
それを気にせずラビ・ラビは地図の上に座り込み、その上に粘液をこれでもかと垂れ流す。長年をかけて作図した地図がどろどろと溶け、剥がれた紙がその足にこびりついた。
「えーっとねー。まず使い魔って話をする場合、結論から言えばヤシュが何かの使い魔ってことはないとおもうよ?単純に使い魔にしては動きが自由すぎるからね」
「自由すぎる?」
「あー、んー。そーだねー。使い魔ってねー。そんな自由に動かせるような代物じゃないの。まーあったしのゴーレムなんかを例に出すけどさー」
そう言ってラビ・ラビはゴーレムにべちょべちょになった地図の上から自分を持ち上げさせた。何がしたかったんだ、と一部の魔将は閉口したが、相手が最上級魔将とあっては何も言えず、黙るしかない。特にラビ・ラビのことをよく知らない煬人出身の魔将達は。
「ゴーレムをはじめとした使い魔は自動と操縦の二種類の操作方法があって、前者はあらかじめ記録しておいた内容に沿って行動して、後者は術者が直接操作することで動くんだよ。で、前者は規則的な行動しか対応力に欠けるのね」
「柔軟な対応ができないってことか?」
そゆこと、とラビ・ラビはハーロッシュの問いに答える。心なしか嬉しそうに体を左右に揺らしながら、彼女は答えた。
「だったら直接操作にしろよって話だけど、これは動きの自由度が上がる反面、自己防衛と術者の防衛以外に自立行動をしないわけ。つまり」
「お前みてぇな指示待ち人間だと?」
「まーね。で、話をヤシュに戻すんだけど、ヤシュの場合はどー考えてもめっちゃ自由に動いてた。統率は確かにそうかもしれないけど、動き自体はかなり自由だったんじゃない?」
「そうか?」「そうかも?」「まぁ、言われてみれば」
そんな記憶があったような気がする、とインパントはひとりごちる。思い返せば何もしないままのヤシュもいれば、積極的に攻撃するヤシュもいた。確かにラビ・ラビの言う通り、ヤシュは自由だった。
「つまり、ヤシュに指示を出してるやつはいるかもしれないけど、ヤシュを使い魔として使役しているやつはいないってこと。そこは使い魔もといゴーレム魔法のエキスパートとして太鼓判押したげる」
にゅんにゅんと自分の小さな手をぎゅっと握り、ラビ・ラビはハンコを押すジェスチャーを見せた。それを見てその場のほぼ全員が首を傾げた。太鼓判ってなんだ、なんて声も上がる。対してラビ・ラビはえ、太鼓判しらんの、とまるで常識を説くような真顔になって返した。
「そりゃハンコ文化なんぞ何百年前の」
「え、嘘。常識じゃないの?」
「非常識じゃろうの」
ジェネレーション。ギャップに驚き、ラビ・ラビは閉口した。
*




