ヤシュとの戦闘
駆け出した兵士達は我先にと黒い猿に切り掛かる。彼らの剣はその体毛に弾かれるが、しかし数に任せた攻撃は脅威となった。
群がる兵士達は黒い猿の体であればどこだろうと斬りかかった。手だろうが、腕だろうが、脚だろうが、足首だろうが、首だろうが、胸だろうが、腹筋だろうが、顔だろうが、耳だろうが、目だろうが、股間だろうが。
この世にどこを切られても傷つかない生き物はいない。竜であれば逆鱗が、トロルであれば日光が弱点となるように、生物には必ず弱点というものがある。
気迫に気圧され、狼狽する黒い猿達の顔や首に刃はよく通る。例え刃が通らずとも押し込んだりして無理やりにでも通す。次々と兵士達に刺され、倒れていく黒い猿達はしかしただやられっぱなしでもなかった。
クスクスと笑いながら彼らも反撃する。群がる兵士達を掴み、人間砲弾として使いながら。
鎧を着た兵士を軽々と持ち上げ、ブンと猿達は投げる。投げられた兵士はそのまままっすぐ進み、奥の兵士の集団の中へと直撃し、その兵士達を巻き込んでぐちゃぐちゃに爆ぜた。一度の砲撃で10以上の兵士が飛び、それを死ぬまで猿達は続けた。
合理的だな、とその有様を見ながらバシュラは心の中でこぼす。雑魚の使い方をよくわかっている戦い方だ。戦場であれば一人の兵士が殺せるのはせいぜい2から3。統計をとればもっと平均値は低いかもしれない。
しかし人間砲弾であればコントロールの有無もあるだろうが、一人の兵士でより多くを殺せる。単純な引き算足し算で見れば、その効果は絶大と言える。
「じゃーがのぉ!!」
バシュラが斬馬刀を振るうとブルンという音がなり、その延長線上にいた猿の上半身が二つ、三つ吹っ飛んだ。続けざまに彼は近づいてきた猿の眉間に斬馬刀の鋭く尖った柄頭をぶちこみ、衝撃でその体を二つに割った。
褒めこそすれ決して気分のいいものではない。自分がやるならともかく、自分がやられるのははっきり言えば屈辱的だった。
いっそこっちもやってみるかとバシュラは少し遠くで数体の黒い猿を相手に奮戦しているラビ・ラビのゴーレムを見やる。直後、それが黒い猿に蹂躙された光景が目に入り、バシュラは怪訝そうに首を傾げた。
群がる黒い猿の頭蓋を潰したり、体を引き裂いたりと縦横無尽の活躍をするゴーレムは、しかし押し倒され両手両足を引きちぎられた。なおも抵抗するが頭を潰されゴーレムは完全に沈黙した。
ラビ・ラビが即席で創れるゴーレムのレベルは60から80程度。特別なスキルによる守りもなければ、特別な攻撃スキルもない。しかしその耐久力はレベル130相当である。
生命力の面での耐久力もあるが、それ以上にゴーレムの防御力が高いのだ。レイド戦ではよく壁役をすることもあるくらい、その硬さには定評がある。それはつまり、レイドボスの攻撃にも耐えられる硬さということだ。
つまり、たかだか雑兵の刃で殺される程度の猿畜生に倒される、まして腕をもぎ取られる程度の強さではないのだ。しかし実際に倒れているし、同じような光景は各所で見られた。魔将や準魔将、それと同等クラスの人間が黒い猿によって腕や脚をもぎ取られていた。
「ふむ」
無造作にバシュラは左手を突き出した。直後、ぶら下がった餌に近くにいた猿が食いつき、バシュラの左手を無理やりもぎ取った。
「——なるほどな」
もぎ取られると同時に体を捻り、バシュラはその猿の背中目掛けて斬馬刀を突き出した。串刺しになったそれを乱暴に地面に叩きつけ、その反動でバシュラの左腕は空を回転した。落ちてくるそれを斬馬刀の先端に引っ掛けキャッチすると、バシュラは何事もなかったかのように左手を切断面にくっつけた。
彼の種族は上古邪霊の中でも極めて特殊な体の構造をしている。その鎧は空洞に近く、コンコンと胸部を叩いても中で音が反響する。しかしバシュラが体を動かせばミチミチと中で筋肉がしなる音が聞こえる。
有体に言えば彼の種族は鎧と肉体が同一の存在なのだ。外皮装甲というインセクトマンなどの虫系種族によく見られる種族特性だが、バシュラの場合は突き詰めて中身がほとんどない。その鎧の中を除けば内蔵はおろか、神経すらない。邪霊という肉体の中身がないガワだけの存在ならでは特殊な体構造である。
——それはつまり、一線級プレイヤーの並外れた耐久力がそのまま鎧に還元されることを意味している。
はっきりと言えばレベル100を超えた人間とそうでない人間の間には覆しようのない肉体的優位が生まれる。それこそ、一人で国家相手に無傷で勝てるほどの圧倒的な優位だ。
その優位の一つが肉体の強度が違うという点だ。例えばバシュラが何もしないで丸一週間眠っている状態で、平均レベル15程度の兵士に襲われても彼らはバシュラを殺すどころか傷一つ負わせることができない。バシュラの体はまるで鋼かダイヤモンドかのように振り下ろされた剣を弾くし、仮にバシュラに眼球があろうが、耳があろうが、傷ができることはない。せいぜいああかゆいな、ぐらいの反応しかない。
つまり、そんな程度の兵士の剣が通る相手がバシュラの腕をもぎ取れる道理はないのだ。しかし現実として攻撃は通る。それに驚いてか、歴戦の勇であるにも関わらず傷を負っている魔将が何人かいた。
はぁとバシュラはため息を吐く。どうやら機会主義者に甘んじるばかりで警戒心を忘れたようだ、と。
暴れるばかりが能ではない時代を思い出し、ひそかに彼は微笑った。




