黒のシドⅡ
「くいっくきゃすと?」
言葉の意味がわからず、眉をひそめるシリアをシドは笑った。その態度に顔をしかめると彼は説明を始めた。
「普通、魔法ってのは詠唱をするだろ?でもそれじゃ時間がかかる。だったら早口でってなると高速詠唱スキルが必要になるけど、それでもやっぱり剣士の一刀の方がはやい。事前詠唱にしろ無詠唱にしろやっぱり威力が落ちるから使いづらい。同レベル以上の相手と戦うにはいつだって魔法使いは力不足だ。だが、短縮詠唱はその力不足を解消してくれる」
シドが一歩前進するとシリアは一歩後退した。言い知れぬ恐怖、得体のしれなさ、圧倒的な力量差、何を口にしたところですべて言い訳に聞こえる。体が全力で逃げろと訴えていた。目の前の骸骨マスクはただの魔法使いではないと切実に訴えていた。だが逃げることはできないと理性がブレーキをかけていた。この場にいる全員がもう逃げられない、と宿命づけられたかのように。
「短縮詠唱は言ってしまえば効果の前借りだ。空間を歪曲させて、本来だったら必要なリソースを次元の彼方から引っ張ってきて今に顕現させる。これに高速詠唱スキルを噛み合わせればほぼほぼタイムロスなしで攻撃も反撃も自由自在だ。『杖持ち』にとっちゃこの上なく素晴らしい技術だよねぇ。会得には時間がかかるけど。
そう、難しく考えなくていいよ?要は卒業証書を『以下同文』で済ませる程度のことだからなぁ。相手に言葉が伝われば正直なんだって構わない。無詠唱の威力が落ちるのは相手に伝わらないから、自分だけしか理解していないから。詠唱破棄は少ししか内容がわからないから威力が落ちる。短縮詠唱は相手が魔法の中身を知っている前提で成り立っている技術だ。だから想定以上の威力になる。前提知識の塗り替えなんてよくある話だからなぁ」
すさまじくこの世界の魔法戦闘の常識を変えるようなことをシドはこともなげにベラベラとまくしたてた。自慢というよりかは聞かれたから答えているに近い。まるで「賢者」だ。
——イスキエリ?
その瞬間、シリアの背筋が逆立つほどの悪いの予感が彼女の脳裏を駆け巡った。1ビット1スパークのフラッシュにすぎない思考の末、彼女は構えていたグースヴィネを弱々しく解いた。
「まさか、まさか。イスキエリ?貴様、イスキエリ?だから質問に答えた?普通の魔法使いなら隠匿するようなことを話した?」
「仮に俺がイスキエリだとしてどうするの?どのみちあんたらはここで終わりだ。ジ・エンドあるいはデッドエンド。来世の祝福にご期待あそばせってな」
シドは答えなかった。シリアがすでに答えに達しているとわかっていたから、彼は質問には答えなかった。代わりにシドは杖を振った。
「『カーラ……以下省略』」
炎の竜巻がシリアを、コリニーを包み込んだ。ひときわ巨大な爆炎がカムベア樹林を明るく照らした。明かりが消え去ったとき、ぷすぷすと焦げ跡から残り火が吹いていた。
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次話投稿は23日を予定しています。




