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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
279/310

ボーン・ダンサー

 樹上に立つと気分が晴れるように感じるのはきっと世界の隅々まで見渡している気分になるからだ。


 日々の喧騒により荒んだ心、気疲れはしかし広々と無限に広がる世界からすればひどく小さい悩みで、その悩みは自然と矮小化される。足を一歩踏み間違えれば真っ逆さまに地面に落ちるというのに、この晴々とした感情はなんだろう。


 ボーッと腰を落ち着けて遠くの景色を望んでいるとそんな心配もバカバカしくなる。まるですべては小さいさまつごと、俗事であるかのように感じるのだ。


 ラァはこの気分というか、心の落ち着きをある種のモラトリアムのようなものとして位置付けている。言うなれば心の休暇、安寧の享受である。


 日々心を激戦と雑務ですり減らす彼女にとって、大樹林でのこうした活動を一種の癒しとなっている。こうした活動、つまりは偵察活動である。


 「スー様、前方8キロの森林地帯に小集団を発見しました」

 「小集団?」


 怪訝そうに没頭から醒めたラァは隣に立つ副官に聞き返す。古い時代の宇宙服に付いているヘルメットを被った副官、ポーは、はい、と答え、樹枝に膝をついて手元の双眼鏡を彼女に渡しながら、集団が見えた方向を指差した。


 言われるがまま、ラァは双眼鏡でその方向に目を向けた。木々の合間を縫い、地面が見える。そしてその影に隠れて確かに武装した小集団が見えた。


 全身を(くろがね)の甲冑で包んだむさ苦しい集団だ。ちょうど河川を挟んだ先の森林をかき分けて進んでおり、右手には鉈を、左手にはボクシンググローブを彷彿とさせるナックルシールドを握っていた。そして彼らの被っているヘルメットには一様に白い塗料で「目」が塗られていた。


 それは20ばかりのアイゼン・オークの集団だった。アイゼンとはアインスフォールの、という意味である。ヤシュニナやアングマール、あるいはアイヴィスで見られる薄茶色の肌のオークと違い、アインスフォールのオークは皆一様に肌が灰色がかっているのが特徴的だ。


 肌の色以外にも牙は数段鋭く、目つきはすこぶる獰猛。彼らは刺青を入れる文化があり、それはいずれも原始的で単調な模様に見えた。


 瞳を血走らせ、彼らは何かを口にする。遠すぎて唇を読むことはできなかったが、何かを言い合っているんだろうな、ということはラァにもわかった。その理由は大方、想像がつく。


 「この暑さだからね」


 彼女の呟きに隣で副官が苦笑する。次いで彼女の周りの部下達が小さな声で笑った。


 「そうですね、本当に暑いですね」

 「別にいいのよ?すごい快適ですって返しても」


 そう言ってラァは杖を取り出して一振りする。無詠唱で発動する魔法、彼女の周りを心地よい涼風が吹き、さながらクーラーのように周囲に恩恵をもたらした。


 アルカン大樹林は熱帯雨林である。地理で言えば赤道に近く、当然ながらこの星の上で年がら年中暑くて湿度が高い場所なわけだが、しかしラァが杖を一振りすればその悪魔的な暑さも鳴りを潜める。もとい、ないものとして扱われる。


 費用対効果がいいのよね、と風を起こしながらラァはひとりごちる。魔法を使えば魔力(MP)が減る。古今東西、魔法を使う上で逃れられないリスクだ。魔法使いにとって魔法とは生命線そのもの、むやみやたらに減らすものでもない。しかし、彼女が使っている魔法、正式名称はないが便宜上「涼風」とするが、その消費魔力は微々たるもので、魔力の自然回復が追いつくという寸法だ。


 一度発動させればしばらく持続し、その間に魔力を回復し、また唱える。「二杖使い(ダブル・ロッド)」、「早撃ち師(ミス・キッド)」、「二杖剣士(ダブル&ダブル)」など様々な異名で呼ばれる彼女の実力の秘密はこういった基礎的な部分にある。つまるところ、魔力回復量を細かく計算し、それをきちんと管理することのできる明晰な頭脳と運用能力が彼女の武器である。


 その彼女にとって目の前の、8キロ離れているとはいえ目の前のオーク達の進軍速度は計算が合わない代物だった。それこそよく知るクソ賢者やバカ淫魔のような転移魔法なり転移スキルの存在を疑うほど、理外の登場だった。


 「冷静になりましょう。『橋渡しの大地(テラ・ヘンジ)』を敵が渡った。それはいい。けど、こんなに早く来れるもの?」


 「小官の知るところ、厳しいと言わざるをえません」


 ポーの回答に同調するように他の部下達も首肯する。ラァも同意見だった。その理由はずばり「橋渡しの大地」とそれを超えた先にある。


 「橋渡しの大地」はアインスエフ大陸の南北を繋ぐ縦長の大地だ。名もない荒野よりもさらに酷い酷暑まっさかりの荒地で、生息しているモンスターの平均レベルは脅威の100越えというバカ丸出しな高難易度フィールドである。


 昼と夜とでモンスターの活動頻度は変動し、昼は少なく夜は多い。気候は昼は酷暑、夜は冷涼という両極端であるため、もっぱら「橋渡しの大地」を越えようと思えば夜に行動するしかない。そしてそれは高レベルモンスターとの戦闘を意味している。


 過去、七咎雑技団とナイン・フォックスという大手レギオンが共同してフィールド踏破を狙ったことがあるが、単純な縦断に三週間というバカみたいな時間を費やしたという記録がある。それを鑑みれば、はるかに質で劣り数で大指輪王軍はより多くの時間を消費する。


 そして「橋渡しの大地」を超えた先にはシルガリア草原がある。人を迷わせる上古のエルフ達が仕掛けた錯乱魔法が今なお息づいている草原を突破するのはエルフ以外には事実上不可能である。ここの踏破に手間取り、さらに時間が消費される。


 「そー考えてーたんーですーけどーねー」


 樹枝に両足を引っ掛け、逆さになりぶら下がった。彼女が一線級のプレイヤーでなければ間違いなくずり落ちるだろう姿勢、ベロンと腰布がめくれてショーツが顕になるが、それを気にするものは誰もいない。皆、前方の指輪王軍を食い入るように見ていた。


 明らかな斥候、その背後には大勢の指輪王軍が控えていると見るべきというのは誰の目にも明らかだった。それはつまり「橋渡しの大地」もシルガリア草原もすべて踏破したということだ。


 「どうやって、なんて考えるのは野暮よ。すぐに発見の情報を本陣に持ち帰って」

 「了解しました。——ん?」


 直後、ポーは不可解な声をあげた。どうした、とラァは目で問う。はい、と再びポーはラァに双眼鏡を渡した。こんなことならずっと持ってればよかったと樹枝に座り直したラァはちょっとだけ後悔しながら、双眼鏡に両目を当てた。


 「何が見えるって……あ。ん?」


 再びラァの視界に指輪王軍の斥候の姿が写る。しかし今回はただ歩いているだけのつまらない絵面ではない。彼らは円陣を組んでいた。スポーツの試合などでチーム一丸になって頑張るぞ的な内向きのものではなく、外向きの敵愾心剥き出しな円陣だ。


 なんだなんだ、と動揺するも束の間、突如視界の外から伸びてきた黒い手がオークの一体の頭を掴むとシュッと影の中に連れ去った。周りのオーク達は驚いて鉈を振り回し、円陣を狭める。


 静寂の中、不意に円陣の真ん中に何かが落ちた。


 ——それはオークの死骸だった。


 まるでやんちゃな子供に雑に遊ばれた玩具のように、両手両足があらぬ方向へ曲がり、腹が破裂して内腑がこぼれ出た見るも無惨な死骸だった。

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