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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
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樹林侵入

 アルカン大樹林。それは有体に言えば広大な熱帯雨林である。


 全高100メートルを超える巨木が群生する広大な森林地帯は白喪山脈から流れる涙河(ソーラス)と、その支流によって形成されており、熱帯雨林としての規模は世界最大と言える。


 樹林の多くを占めるのはウドラと呼ばれる巨樹である。非常に幹が固く、木の皮を剥けば中からポロポロと水が滴り落ちてくる。他には川辺に群生するメルダースという樹種がある。この樹木はどことなくマングローブに似ているが、その樹高は最大で30メートルを迫り、巨大なアーチを形成することで知られている。


 視線をいざ足元へ向けてみればそこには大小の植物群が生息している。それらを育てるのはアルカン大樹林の特徴的な泥土だ。


 この泥土は水をたっぷりと吸っているため、非常にぬかるみやすく、馬車など持ち込めば瞬く間にハマってしまう。それどころか馬の蹄がすっぽりと泥にハマってしまうこともあり得る。革製の靴で歩けば瞬く間に水を吸い上げ足が蒸れて感染症の温床になりやすい。なにせ泥土の中には無数の寄生虫やそれに類する生物が潜んでいるのだから。


 しかし大樹林を形成する植物群にとってこの泥土は恵みである。肥沃な泥土の栄養分を吸収し、ぐんぐんと成長し、独自の生態系を形成するその姿は自然の神秘である。植物学者なり地質学者なりを招けば「うへへへ」と気持ち悪い声で笑いながら森中を走り回り、最後には涙河に顔面からダイブしたことだろう。


 ——そして死ぬ。おそらく、頭皮が膿んで。


 歩行困難な泥土とそこに潜む寄生虫、高温多湿の環境、際限なく成長する巨大な樹木、危険な原生生物。これらの要素はアルカン大樹林に人を住みにくくする要因ではあるが、本当の要因ではない。この大樹林に人が住まない理由は別にある。


 「——富栄養淡水。栄養分が多すぎる涙河の水は人体に悪影響をもたらす」


 大樹林を行軍する掌国軍を樹上から見下ろすラァはボソっとこぼす。彼女の目線の先には行軍する兵士達もいるが、同時に細長い支流も見えた。近くを過成長を起こした無数のメルダースが生えており、それを足場にして兵士たちは慣れない木の上に敷かれた足場を移動している。


 周りを見れば樹上にいるのはラァだけではない。彼女やマルショワリー、エドワード配下の精鋭兵が樹上から行軍を続ける本隊の護衛をしていた。仮に兵士が河の中に落ちそうになったらすぐに助け出せるように。その際に自分達が巻き添えを食わないために彼らは体全体を覆う特殊な装束を身に纏い、それは潜水服のようだった。


 たかが川と侮るなかれ。大樹林を形成する最大の要因は人類にとって最大の敵なのだから。


 アルカン大樹林を流れる涙河はただの川ではない。非常に特殊な水が流れる川なのだ。


 「過剰な栄養が生肌からも侵入し、生物の成長を過剰に促進してしまう。結果、その成長速度が動物なんかには害悪になる、だったか?」


 鉄仮面を被った男、マルショワリーは樹枝に座るラァの隣に立ち、彼女の独り言に反応した。ええ、とラァは返す。しかしすぐに最近はずっとエドワードばかり樹林への遠征に連れて行っていたことを思い出し、彼の方を見てよく憶えていたわね、と付け加えた。


 小馬鹿にした様子でマルショワリーは肩をすくめた。なによ、と挑戦的な目でラァはマルショワリーを睨むが、同時に彼も仮面の向こう側からこちらを睨み返した。思わぬ反撃に少しだけ驚いたラァは「小物のくせに」と悪態づいた。


 「——落ちたぞ!!」


 直後、二人の耳に足元から大きな声が届いた。見れば、何人かの兵士が木板の足場から落ち、支流の中へと消えていった。


 あーあ、と見送る二人を他所にそれまで樹上で行軍を見守っていた彼らの配下が即座に飛び出し、川に落ちた兵士をすくいあげる。支流の中に飛び込みずぶ濡れになった兵士をメルダースの根っこの上に放り投げ、次いで岸に上がった精兵達は体を近くの樹木にこすりつけ、その衣服の水気をぬぐった。


 周りの兵士達がなんだなんだとざわめく中、落ちた兵士達に近寄るな、と彼らの上官が割って入った。理解が追いつかない兵士らを他所に颯爽と樹上から降りてきたラァの配下達が濡れた彼らから衣服を脱がし始めた。


 突然の被服ならぬ破服に周りの兵士達は動揺するも束の間、脱がした衣服や装備諸々を彼らは一つにまとめ、ぽいっと近くの茂みへ捨ててしまった。そして即座に腰から短杖を取り出すと、魔法を唱えその装備を燃やしてしまった。


 森で火を使うなんて、と大勢が動揺する。火が木々に燃え移り、この辺りが大火事になる可能性を危惧して声を張り上げるものもいた。しかしそれらはすべて杞憂に終わった。


 炎はわずかに燻るが、すぐに大水をかけられたかのように静まり返り、シュゥとかぼそい煙が立っただけだった。衆目がキョトンとする中、ラァの配下達は全裸になった兵士らに乾いた布を被せる。


 ——直後、彼らの肌が隆起し、被せられた布が吹き飛ぶと同時にその体が爆散した。


 ひ、と小さな悲鳴が兵士達の中から漏れる。腹の中に爆発虫でも飼っていたのかと疑ってしまうような燦々たるたる光景、血肉でべちょべちょになった布を回収し、ラァの配下達は再び樹上へと戻っていった。


 その後に起こったのは言うまでもなくパニックだった。なんだあれは、と声高に叫ぶ兵士達を見下ろしながら、ラァは「ちゃんとレクチャーはしたんだけどな」と寂しげにこぼした。


 富栄養淡水。涙河にのみ流れるそれは白喪連山の最高峰、白龍山(グーテ・ヘクテー)を水源としている。太古の時代、まだ神代ですらなかった真なる原初の時代に生きた白の真竜が流した尽きることのない涙はやがて山肌を貫き、河となって周囲へと流れ出でた。そしてそれはアルカン大樹林を形成した。


 当時、大陸が分たれた時の荒れ果てたアルカン大樹林は再生し、異様な生態系を形成するに至る。それこそ、楽者の神(アルカン)が面白半分に自分の名前を与え、しかし下手に手を出すことを控え、名もない荒野を形成して隔離するくらいには。


 「ま、防人としてエルフの都作ったりするわよ、そりゃぁ」


 樹枝に両足をひっかけ、ぶらさがらるラァはどこか他人事のようにせせら笑う。スカートがめくれてショーツがみえてしまいすよ、と言うのは無粋だろう。元々、露出が多すぎて局部以外はすべて見せているような衣装だ。今更それを指摘するほどマルショワリーらも純情ではない。


 「白の龍ヘクテー。四龍の一角。伝承だけを聞けば一体どんな化け物なんだって話だからね」


 原初の時代に関する文献は少ない。ラァにはそれがこの世界の製作者の意図したものなのか、作った当初はちゃんとあったが、長い時間で風化したのかはわからない。なにせ、うん千万年も、下手をしたら何億年も昔の話だ。原初の時代はそれほどに遠く、黎明の時代はさらに遠い。


 プレイヤーの中にはそういった背景ストーリーを調べる考古学者、歴史学者チックな物好きもいたが、そういった過去に興味がないラァは聞き流していた。しかし、と自嘲する。今になって思えばあのやかましい二人組の話を少しは聞いてもよかったかもしれない。カラスと少女というよくわからないコンビの話を。


 「——お、行軍が再開した。立ち直りは思ったよりも早いな」

 「私たちが初めて来た時は散々だったものね」


 苦々しい記憶を思い返し、ラァは苦笑する。彼女の周りの配下達も同じような表情を浮かべる。唯一、マルショワリーだけは不謹慎にぎゃはははは、と大笑いした。結果、彼はラァに片足を殴られ、樹木から落下した。


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