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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
271/310

War Watcher

 「——ふーむ、どーやら各国共に戦争状態に入ったみたいだねー」


 アングマール掌国首都テオ=クイトラトルの上空。自身の杖にぶら下がり、逆さになったフェイは各地へ飛ばした自身の使い魔を通して、北部南方の戦況を観察していた。時折、ふむふむほーなどと相槌を打つが、実際に観ている光景はそんなのほほんとした相槌や感嘆符などまるで似合わない壮絶な戦場だった。


 戦場と化しているのはヴォーガ・ラング首長国、ローハイム王国、そしてティマティカ州王国の三国で、どこもひどい光景が延々と送られてきている。いずれの国もすでに国境付近に敷かれた堅固な城壁は突破され、数少ない城壁がある要塞にこもるか、野戦を挑んでいる状態だった。


 そいつは無駄だろう、と冷淡にフェイは断じる。そいつとは要塞戦や野戦だ。敵方に巨人(タイタン)がいる以上、下手な城壁は蒸籠(せいろう)か石窯くらいの価値しかないし、野戦を挑めばその場で燃えて灰となる。


 送られてくる確かな敗北の光景を、惰性半分興味三割性癖二割の具合で眺める彼女の視界の先にはいくつものディスプレイがあり、カチカチとレンズターレットのようにその情景は変わっていく。凄絶な光景、血みどろの争い。下手なグロ系アダルトビデオよりも悍ましくも肉肉しい光景にふとフェイは蠱惑的な笑みを浮かべたまま、おもむろに白手をスカートの上にかぶせ、繊細な手つきで撫で始めた。


 視界いっぱいに広がる無数の戦火。倒れていく兵士達は理性をかなぐり捨て、暴走した機関車のように死に物狂いで矛を、剣を、槍を振るう。人種、種族、性別に差はなく、いずれも両目を血走らせ、絶叫をあげているのが遠目にもわかる。惜しむらくは声が聞こえないことだろうか。


 今度から録音機能とかも付けようかな、とフェイは他人事のように独りごちる。視界いっぱいに広がる野戦の映像はしかし、彼女にとっては結局のところ行為の前に見る履修教材でしかない。事実、いつの間にかスカートに伸ばされた手はだらしなく、宮殿の屋上へ向かって伸ばされ、両足を杖にからませた彼女は干された魚のようにだらりと上半身を空に預けていた。


 「うーん。3カ国はとりあえず、敗北、かなー」


 現在、最も被害を被っているのはヴォーガ・ラング首長国だ。国土の実に三割がすでに界国によって併呑され、人は南、あるいは東へと流されている。侵攻先の村々はことごとくが焦土と化し、下衆なゴブリンやオーク、オーガが惨殺した村人を切り刻み頬張る映像が何度も流れてきた。


 それでもかろうじて首長国の軍が抵抗できているのはロベル・アンソン一等将軍を中心とした旧ザームテール要塞守備軍が残っているからだ。西部要塞線が突破されると同時に同軍が即座に撤退を開始したおかげ、首長国はまとまった軍隊を維持できている。


 しかし、それでも。


 界国の進撃は圧倒的だ。文字通り、踏み締める大地はことごとく焼き払われ、倒れた遺骸は兵士、市民、貴人の区別なく、肉にされ、がまにされ、あるいは骨ペンの素材になる。進軍の最中にも関わらず、食料が尽きる様子がないのは文字通りの現地調達をしているから、衣類も同様だ。


 「へぇ。えげつねぇな」


 フェイからの報告を受け、レーヴェは仮面の裏側で笑った、ようにフェイは感じた。宮殿の一角、レーヴェの私室と思われる簡素な部屋には彼とフェイの他にはゥアーレスともう一人、巨大な斬馬刀を携えた大柄な鎧男しかいない。


 男は身長が4メートル近くもあり、天井が高いはずの私室でも頭がつっかえ、あぐらをかいて座っている。首が長く、手足も長い。なにより細い。まるで棒切れのように。全身を覆うフルプレートアーマーに加え、建築現場のコーンを思わせる首を覆う鎧、そして頭はジャックオランタンに似た貌が彫られたヘルムによって守られていた。


 「いやはや、聞きしに勝る悪辣ぶり、ですな」


 鎧男はしわがれた声をこぼす。ゥアーレスは何も言わなかったが、表情を曇らせていた。対して鎧男は少しだけ嬉しそうな声音をしていた。


 「——指輪王の蛮行は設定資料などでは知ってはいても、いざ耳にするとこう、なんというのでしょうなぁ。込み上げてくるものがあるのでは?」


 「だろうな、バシュラ。怒り、とも違うな。純粋な、羨望か?」


 「そう、それ!小生等ができんんことをやるこの憧れ。かかかか、いやはやなんともまぁ」


 『実にいじらしいなぁ』ですなぁ」


 サディストどもが、とフェイは心の中で舌を出す。


 機会主義、オポチュニズム。使い方が正しいかは知らないが、レーヴェやバシュラはそういう部類の人間だ。日和見主義と言い換えてもいい。要は指輪王が動き出す瞬間を待っていた。あらゆる非道が正道に変わるこの瞬間、戦争が悪ではなく、正義に変わるこの瞬間を。


 160年前の崩都ルグブルズでの戦い、そしてアングマール建国時の戦乱以降、一部を除けば戦争とは迂遠な日常を彼らは送っていた。もとより、PvP(プレイヤーキル)主体の彼らにとってそれは鬱屈とした日々だったに相違ない。


 戦争をすると言えば白い目で見られるのが平穏な日常という邪悪ならばそれを破壊し、彼らに戦乱をもたらす存在は真実、神と同義だろう。まして邪悪の限り、悪辣の限り、非道の限りを嬉々として行うならば、遠慮はいらない。気持ちよくぶん殴れる悪党の出来上がり、それを倒すにはあらゆる手段が許される。


 まだしも欲望を抑えるバシュラは笑うに止まるが、レーヴェはもうウッキウキもウッキウキだ。初デートに行く前日の恋する乙女だってもう少しおとなしいに違いない。フェイがスキルを用いて転写した使い魔の映像を見てはベッドから跳ね上がったり、ゴロゴロしたり、気持ち悪い奇声をあげて壁に頬擦りしたりしていた。衣装さえあれば阿波踊りでも踊りそうなほどハイなテンションだ。


 冷めた目で男性陣を見つめる女性陣はため息を噛み殺すので忙しい。かろうじてベイダーさながらに閉じた歯の隙間から息を漏らすのが精一杯だ。


 パン。


 興奮するレーヴェと下卑た声で笑うバシュラ。その二人の締まらない行動にいい加減に見切りをつけたのか、不意にゥアーレスは拍手で空気を弾いた。文字通り、空気が破裂する音が狭いし室内にこだまし、緩んだ空気が張り詰める。有体に言えば騒ぐ子供を叱りつける母親の一喝だ。ビクッと震えた二人は気まずそうにゥアーレスの顔色を伺った。


 「——で、これからどうしますか?」


 何事もなかったかのように彼女はレーヴェに問いかける。えー、とレーヴェやバシュラは言い淀むが、部外者のフェイにとっては笑える光景だった。散々自分を傷物にしてきた奴らが借りてきた猫のようにしぼんでいる様は見ていて気分がよかった。


 「まずは、侵攻の準備だ。だが、そいつぁ俺様がやる仕事じゃねぇ、そうだな?」

 「ええ、はい。小生ら武官の仕事でございます」


 「だそうだ。それにほら、ぶっちゃけさー」

 「ええ。まぁなんとなく察しておられるやもしれませぬが」


 「「暇なんだよ」なのですよ」


 いじらしく、生意気に二人は声を合わせてため息をこぼす。まぁ確かにな、と二人の言い分を聞いてフェイも頷いた。


 アングマール掌国は大陸南部西方のメソアリカ地方を占める大国、片や現在指輪王の攻撃を受けている三国は大陸北部南方にある。もっとも近いのはローハイムではあるが、その間には橋渡しの大地(テラ・ヘンジ)を超えシルガリア大草原を超え、大陸南部の東から西へ伸びる広大なアルカン大樹林を抜けた先にアングマールはある。


 距離にして換算すればちょうどアメリカ合衆国のオクラホマ州から南米ペルーまで移動する直線距離の約1.5倍から1.8倍の距離がある。つまるところ、果てしなく遠い。ゆえに暇、やることがないと王も魔将もぶーたれるわけだ。


 「いくら三国と当方の国の間にあるのが雑多な小国ばかりと言えど、来るのに一月以上、下手すりゃ三月はかかろうという距離です。そこもとのように空間転移があるなら話は別でしょうが」


 バシュラはルービックキューブを取り出してそれで遊び始める。彼のサイズに合わせたものではなく、標準的なサイズのルービックキューブだ。


 そして暇を持て余す彼の口からこぼれた言葉は真実であった。少なくとも今日明日になっていきなり北部国境に界国軍が現れるということはない。


 「でも、ちょっと待って。界国軍自体は順調に進軍、というか。首長国や州王国を落としてはいないのに進んでいるんでしょう?」


 「ぁあ?そりゃそこの兵士やら軍人やらが激しく抵抗してっからだろ」


 「そうかしら?地図に照らし合わせてみましょう」


 緩んだ空気の中、ゥアーレスが何かに気づいたのか、声をあげる。彼女に言われて面倒くさそうに自身のストレージボックスから比較的真新しい地図を取り出して、レーヴェは机の上に広げた。


 地図は無論、首長国や州王国のものだ。ただし、軍用の詳細な地形が記された地図ではなく、もっと平たい、観光ガイドに載っていそうな簡略化された地図だ。


 その地図に赤ペンでゥアーレスは線を入れる。それが界国軍の進路を示していると誰もがわかった。


 「見て。界国軍の動きを」


 当初、首長国の北部戦線を突破した界国軍は四軍に別れていたが、城塞都市バーグを落としたあたりで合流し、一本にまとまった。州王国を攻めた軍は最初は三軍あったが、やはりある地点で合流し、一本にまとまっている。ローハイムはその民族性も相待ってかなり広域に分散しているが、概ね一本に纏まろうとする動きを見せている。


 そして一本にまとまった軍はいずれも南に向かって進軍していた。それ以外の方角にはなんの興味も示さずに。


 「ねぇ、これって界国が敢えて南進を続けていない?」


 「占領政策を行わずに、でしょうか?ひやはや、まぁきゃつらにそんな高度な芸当はできんでしょうが」

 「スピード重視ってか。連中からすりゃくいもんなんぞ路上にいくらでもあふれてんだから、別に急ぐこともねーだろ」


 「ええ。けど動きを見れば明らかよ。界国は他には目もくれず、南を目指している。大体、本当に界国が全部を滅ぼすつもりなら、首長国とか、州王国が残っているわけないじゃない」


 地味に酷いことを言うゥアーレスにレーヴェらは冷めた目を向ける。だが、あながち彼女の言い分も間違ってはいないので、反論ができなかった。


 それよりも今はゥアーレスの立てた仮説が正しいかどうかだ。もし彼女の言が真実ならば、界国軍とは早晩、ぶつかることになる。さながらゲームのRTA(リアルタイムアタック)、最短最速で諸国家を併呑しようとしているとしているのだ。


 「ふーむ。なるほど。バシュラ」


 「なんじゃい、レーヴェ」


 「すぐさま、大陸北部南方へ斥候を出せ。使い魔も大量に出せ。情報を収集し、連中の正確な進路を把握しろ」


 「御意御意。で、仮にゥーちゃんの仮説が真実だとして、そんときはどうする?」


 「ぁあ?んなもん決まってんだろ」


 どこからか、取り出したのかナイフを地図に突き立て、レーヴェは炎を吹き出した。


 「北部戦線を押し上げ、大樹林に陣を敷く。そこで奴らを向かい討つ」


 アルカン大樹林は林とつくが、その実は天然の森林だ。その名を冠した神の手が入ったから、林と呼称しているに過ぎない。四方八方すべてが木々に囲まれた天然の迷路、そんな場所で戦おうと言うレーヴェは酔狂を通り越して破滅的とすら言えた。


キャラクター紹介


 バシュラ)種族、鎧邪霊ヘルム・ヴァール。レベル141。趣味、フルマラソン、陶芸。好きなもの、紅茶、ハンバーグ(種族の都合で食べれない)。嫌いなもの、横紙破り、抜け駆けする奴。


 アングマール掌国の魔将。元赫掌中核メンバー。機会主義者で、ルールよりも周囲の目と倫理、正義論を重視する感情至上論者。好々爺然としているが、実態は小物で若々しさに溢れているバイタリティの権化。ただし口振はじじ臭い。

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