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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
270/310

Epic War <Beginning>

 ヴォーガ・ラング首長国はアインスエフ大陸北部南方に版図を広げる大国である。その歴史は2,500年前にまで遡り、かつて英雄王と指輪王との間に起こった戦争、指環大戦を生き残った数少ない国家の一つである。


 大陸でも数多くある多種族国家の一つで、その統治を行うのは先史十七種と呼ばれる文字通りの十七種族の首長達だ。エレ・アルカン、ドワーフの一種族、エルフの一派、ハーフマンをはじめ、ゴブリン、オーク、ロックビーストその他十種族を中心とした連合体、烏合の衆ではなく確かな組織としてそれは存在していた。


 アインスフォール界国と国境を接している地政学的な問題や過去の教訓、指輪王に対する恐怖から帝国西部国境の大長城には劣るものの、確かで堅牢な城壁が延々と続き、その警戒の目は常に北へと向けられた。


 中でも最も堅固な城壁を持つ城塞をザームテール要塞という。高さ50メートル、厚さ20メートルの城壁があり、単なる煉瓦を積んだだけの壁ではなくその中には鋼の板が敷かれ、その厚さは実に50センチを超える。


 壁上を見れば弓矢を構えた兵士がずらりと並び、壁内に目を向ければ投石をはじめ対攻城兵器が常に臨戦体制で配備されている。慌ただしく動く彼らを物見のための尖塔から眺めながら、このザームテール要塞の司令官であるロベル・アンソン一等将軍は渋面を浮かべた。


 彼の四眼の隅々まで忙しなく兵士が動く。矢が満載された矢筒を乗せたリフトを手押し車で上へ移動させるもの、投石機の近くに火焔弾の積まれた馬車を牽くもの、鎧の金具が外れあたふたするもの、気まずそうに焚き火を囲み粥を食むもの、煮炊きをするもの。


 いずれも普段と比べて焦りや恐怖がにじんでいるのが端々から見てとれる。間違った場所に運んで叱責される人間もしばしば、鎧が付けられない兵士もしばしば、と最前線であることを考えればありえない凡ミスがほんの十数分の間に各地で連発した。


 ため息まじりに惨状から目を逸らし、ロベルは反対方向を見つめた。


 彼の四眼が捉えたのは果てしない荒野だ。草木一本、雑草の影すら見えない、生えない荒涼とした暗紅色の大地。平野を見ればその地平線上には何もなく、ただ要塞から離れるにつれて空が青から赤へグラデーションをかけたように変わっていった。


 はるか向こう、北の寒空は鮮血をぶちまけたように真っ赤に染まり、まるでその赤が大地に落ちたような気さえある。夜でもそれは変わらない。空を掴まんとする灼熱の赤腕が地平線の向こう側から伸び夜間にも関わらず煌々と大地を照らす。


 アインスフォール界国。建国以来、ロベルの先祖らを悩ませ続けた悪因である。蛮行は言うに及ばず、その恐怖支配の記録は記憶と共に継承され続けた。


 「それが、くるか」

 「将軍、北方10キロの地点の物見より狼煙が上がりました」


 部下の声にハッとなって、指さされた方角を見れば黄緑色の狼煙がいくつも連なって上がっているのが見える。やはり、とロベルは奥歯を噛んだ。


 6日前、首都フェニキスより報告があった。北方より指輪王の大軍迫る、と。ここ数百年の中で類を見ない大軍、無数の悪鬼羅刹が列をなして迫ると聞いた時は背筋が凍る思いだった。


 必然、北部戦線は臨戦体制を取り、いち早く指輪王の進軍を察知するため、壁外へ大量の物見を向かわせた。その物見が指輪王の大軍を見た、と伝達したのが2日前だ。


 「クソが、やはりここを狙うか」


 危惧はしていた。しかし危惧していた通りにことが進むのは気分がいいものではない。よりによって最も堅牢なこの場所を攻めるとは。


 それだけ陣容に自信があるのか、あるいは特殊な兵器でも持ち込んだか。過去、2,160年前の大戦時もローハイム王国がほこる不落の城塞を「火」と称される火薬兵器によって吹き飛ばした実績が指輪王軍にはある。況や2,160年の年月が流れたのだ。より苛烈で悍ましい兵器を用意していてもおかしくはない。


 色々な予想が脳裏をよぎるが、それらは妄想の域を出ない。畢竟、あと1日もすればそれは目の前に現れるのだから。


 「——首都及び、北部戦線各司令部に伝達。我々は明日(みょうにち)指輪王軍と交戦に入る、と」

 「かしこまりました。兵士への激励はいかがなさいますか?」


 聞いてきたのは副官だ。ザ・シャーという。


 「そうだな。早急に司令部前の広場に物見以外の兵士を集めろ。原稿は……いらんか」

 「はい、良きことだと思います」


 ザ・シャーは一礼し、尖塔から降りていく。彼の足音が階下へと消えていくのを聞き届け、もうすぐ霧散しそうな薄い狼煙をロベルは潤んだ瞳で見つめた。


 戦争が始まれば呑気に感傷に浸ることもできなければ、空を眺めることもできない。あるのは果てしない消耗戦で、それを覆す手立てをロベルはおろか、大陸の誰も持ち得ない。


 過去の指輪王との戦争もそうだった。指環大戦も英雄王が命と引き換えに指輪王を討ったことで辛くも勝利したに過ぎない。その後2,000年の平穏が訪れ、おおよそ160年前に指輪王は復活すると思われたが、しかしプレイヤーの一団が難攻不落と謳われた界国の首都を陥し、指輪王その人すら討ってみせた。


 しかしそれでもたった160年の延命にすぎない。不死の指輪王を倒すことはできなかった。


 本当にどうすれば指輪王は倒れるのだろうか。真実、不死であるならばそれはまさしく神格(アリウス)と同義ではないか。


 「よもや、神々が堕落した、いやそのようなことがあるものかよ」


 ありえない、とロベルは頭を振る。全能神エアが手づから創りたもうた存在が堕落するなどあるわけがない。それは神の不全を意味する。不敬も不敬。死後に戦士の都「チヒパレス」に行けなくなるかもしれない不信だ。


 ははは、と空笑いをしながら鼻先から垂れた汗をロベルは拭う。気がつけばただでさえ毛深いのに鳥肌が立ったように全身の毛がもっこりと膨れ上がり、軍服がパンパンになっていた。心なしか、心臓も妙に高鳴っていた。


 それに部下の目もある中、する話でもなかったかもしれない。身を正し、息を整えようと彼が窓枠に近づいたその直後、ダンダンダンと勢いよく階段を駆け上る音が聞こえた。


 「——一等将軍、緊急事態です!」


 扉を開け放った兵士は出入時の敬礼も忘れ、汗だくのまま息を切らしていた。おかげで怒るよりも前に驚きが勝り、流されるままロベルはどうした、と彼に返した。


 「北西部ジュノマグラリ要塞より急報!昨日(さくじつ)の朝方、指輪王軍と交戦状態に入った、と」

 「なに!?連中の進軍先はここではないのか!?」


 「続けて報告します。北東部トランズベリー要塞は昨日の昼頃、ハスター管制区は2日前に交戦に入りました!」

 「はぁ?」


 超高速でロベルの四眼が瞬きを繰り返す。何を言っているのか、と自分の聞いた内容が信じられなかった。それは居合わせた部下達も同じだ。虚報だろう、と伝令役の兵士に詰め寄るが、兵士は頑として固辞する。すべて、各要塞から送られた伝令の言葉だと。


 周りがざわめく中、ロベルは口元に手を当て、大急ぎで計算を開始する。使う数字はもちろん、国内の兵数と長城を落とすのにどれだけの兵員がいるか、それだけの兵士を食わせる兵糧の数などだ。


 仮に三つの要塞を落とすつもりであれば、どれだけの兵士を動員すれば落とせるか。種族ごとの身体能力の差もあるだろうが、平均すれば8万から15万ほどで攻め立てれば守備兵が2万から5万程度の各要塞は落ちる。ちなみに最も堅牢なザームテール要塞の守備兵は8万人だ。


 各要塞に最低数の8万人と過程して、三つあるから24万人が動員されている計算。軽く首長国の全軍に近しい数を動員できる界国の余力にも驚きだが、それ以外にも迫る軍隊がいることをロベルは知っている。物見曰く、その総数は20万以上、大地を埋め尽くす黒色の大河だという話だ。


 兵力にして44万以上、首長国の総兵力が30万程度なので、軽く凌駕する数だ。数が戦のすべてではない。しかしそれでも圧倒的な兵数だ。


 「——早急に首都に伝令を出せ。徴兵を行う布告を出す要請、それから」

 「——それから、なんでしょうか?」


 いつの間にか控えていたザ・シャーが問い返す。


 「それから、ローハイム王国とティマティカ州王国に同盟の使者を出すように上申する。すぐに文をしたためるからお前は——つ」


 刹那、銀閃がロベルの視界をかすめた。とっさにロベルは左手を突き出し、空間を圧縮する。さながら空気が詰まったビニール袋をつかむように、空間上にシワが生まれ、それは現実を捻じ曲げる。


 空間上を走る銀閃は軌道はそのままに、あらぬ方向へと走っていく。「透衣(すけころも)」という空間操作系の技巧(アーツ)で、プレイヤー独自のクラス区分で言えばファイター、ないしテクニシャンが使う高等技巧だ。


 「——ザ・シャー。なんのつもりだ」


 憤怒を帯びた四眼がザ・シャーを睨む。普段の気配りができて時折毒を吐く副官、しかし彼の右手は鋭い銀剣という異形と化していた。


 「くっふ。さすが一等将軍。この副官のようには殺せませんか」


 ザ・シャーの顔が変形する。彼だった顔は無貌となり、体は泥人形のように流動的で、墨汁に似た光沢を帯びていた。シルエットが人によく似ているが、凹凸はなく、前後の区別はつかない。すべすべしていて、まるで瑞々しい大根のようだった。


 リーチャー。その生物の名前をロベルは知っている。指輪王によって創り出された外道の種族、これまで首長国のみならず数多くの大陸国家がその変装に騙されてきた。


 「諜報、暗殺のスペシャリスト。今回のはそのどっちも合わせた抱き合わせ型か」

 「ハイブリット型と呼んでください。リーチャーにも矜持はあります」


 いけしゃあしゃあとリーチャーは語る。ビュンビュンと鞭のようにしなる銀剣を振り回し迫る彼はもし口があればきっと笑っていただろう。


 「知ったことか。『髄杭(グーン・ズーン)


 直後、ロベルの手首が動く。下から上へ。まるで釣り人が手首のスナップを効かせて釣竿を持ち上げるように彼もまた手首を跳ね上げた。


 その動作と同時ににじり寄っていたリーチャーの体がふわりと浮き、天井に打ち付けられた。なんだ、と混乱する彼目掛けてロベルの拳打が命中する。鳩尾、胸部、顔面、肩、上腕、脇腹、とにかくめいいっぱいの打撃が飛び、リーチャーはドサリと石畳に落ちた。


 「暗殺向きのやつが暗殺に失敗して勝てるわけないだろ」


 「げ、ぐふ。いやはや、ごもっとも。欲をかきすぎましたね」


 腹部を押さえながら立ちあがろうとするリーチャーをロベルは叩き潰す。頭を踏み抜かれ、絶命するリーチャー、それが再度動かないことを確認したロベルは彼の邪魔にならないように壁にくっついていた部下達に命じて、その遺骸を切り刻ませた。報復とか、復讐とかではなく、単純にリーチャーがきちんと死んだか判断できないからだ。


 今、潰した頭が本当に頭部だったのか、ひょっとしたら変形させた一部だったのかもしれない、ひょっとしたら。そんな疑心暗鬼を覚えるから、心底ロベルはリーチャーが嫌いだったし、そんなリーチャーに殺された副官を憐れんだ。


 同時に理解した。誇張でもなく、首長国は亡国の危機にある、と。それを打開するためには周辺3カ国による合従が必要だ。2,160年前のような確固たる同盟が。


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