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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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黒のシド

 「まったく拍子抜けもいいところでしたな!」


 夜中、ヤシュニナ氏令国とムンゾ王国の国境線にまたがる大樹林カムベアの一角に侮蔑が混じった一声が飛んだ。声の主であるコリニー男爵はひどく憤慨した様子で馬車の中で顔をしかめていた。その対面に座るシリアは静かな表情で続く彼の罵詈雑言に耳をかたむけた。


 「そもそも亜人などという人のなりそこないに期待するべきではありませんでしたな!奴らは品性に劣る雑種でありますから。ああ、そういう意味で言えば亜人同士で殺し合ってくれたことは滑稽の極みとも言えるでしょう。なにせ笑えました」


 「コリニー男爵のおっしゃる通り。最後、残ったヴィアがどうするか見ものでしたが、まさか自ら降伏するとは。矜持というものがないのでしょうか?」


 ダナイが死に、その首が掲げられた時人狼族の族長ヴィア・ルーはあっさりと降伏した。彼の降伏を皮切りにそれまで抵抗していた人狼達もまた抵抗をやめた。ジャイアントも似たようなものだ。だがオーク、ワーグだけは最後まで抵抗し、かなりの数が駆逐されたらしい。そもそも決戦の前日の夕暮れ、ヤシュニナ軍の陣地から捕虜にされた亜人達が降伏を促す歓声をあげていたせいで士気も低下していた。ヤシュニナに組みすれば生活は保証される、凍える夜を過ごさずに済む、という甘い美辞麗句に踊らされ、何人かが夜の間に陣地から遁走する事件も多発した。


 ゴブリン、オーガ、トロルなどが裏切った理由も大方そのあたりだろう、とシリアは予測する。やはり初めの一手で不穏分子は余さず消しておくべきだった。そうすればより精強かつ統率力のとれた軍でヤシュニナと戦うことができた。レベル差は如何ともし難いが、どのみち何人死のうが彼女の心は痛まない。むしろもっと死ねとすら思っていた。


 「結果的にヤシュニナの死者は全体の一割と少しですか。1週間も経たずに随分と減ってくれました。これで()()()()も御喜びになるでしょう。海でヤシュニナに勝てぬことは80年以上前に証明されましたからな」


 87年前、第一次ヤシュニナ侵攻の話をコリニー男爵はしている。その時はまだシリアもコリニー男爵も生まれていなかったが、海から直接ヤシュニナの首都ロデッカを強襲しようとした帝国の誉れ高き海軍が潮の流れ、急な天候不良、そしてヤシュニナ海軍の前にコテンパンにされた、というのは大陸に住む人間にとってあまりに有名な話だ。以来ヤシュニナは海洋国家としてアインスエフ大陸東岸部では有名を轟かせている。


 海では確かに敵わないだろうというコリニー男爵の言葉には少なからずシリアも同意していた。この作戦のために龍面髑髏(デア・ルーファス)の面々とともに亡命者を乗せたヤシュニナの戦艦を強襲したが、あの規模の氷砕船が何隻も轡を並べて海上に並んでいると考えるとゾッとする。船上での戦いはまだしも海上の戦いとなれば趨勢はわからない。


 「あの時、当時の指揮官であったディクター将軍が島の西部で略奪を行ってくれたおかげである程度連中の国力を割くことはできましたが、以前としてヤシュニナは東方航路を確保し続けています。その利益は失ったものを補填してあまりある」


 「コリニー男爵。もし雪辱を晴らす機会があれば、是非私にその役目をお与えください」


 「わかっていますとも。イグリフィース殿の武勇に比肩するものなど帝国内でも六将か元帥殿くらいなものでしょう。その貴方を活用しない愚を犯すなどありえません。一定の成果を収めた以上、次の作戦が始動するでしょう。イグリフィース殿にはそちらへ回っていただきたく、ん?」


 突然馬車が止まったことにコリニー男爵は眉を釣り上げ、言葉を遮った。振り向いて彼は御者に何があった、と目で訴えた。すると御者は震える指で前方を指さした。つられてコリニー男爵そしてシリアも馬車から降りて前方を見つめた。そして驚愕した。


 彼らの前方に見えるのは青白い幽鬼の群れ、それらは見間違えようなくダナイやディン、ジーグ、デヤン、ディンバー、ウーグといった各亜人族の族長をはじめとした亜人の亡霊だった。だが彼らが驚いたのはその亡霊の姿にではない。亡霊そのものの存在が彼らにとっては驚愕の事実だった。


 一般的にこの世界に幽霊の類はいない。生まれる前に「終わりの館」と呼ばれる神の家に招かれるからだ。だが冥王バウグリアの腹心である指輪王アウレンディルは九人みさき(ナーズグール)と呼ばれる幽霊の頭目をこの世に解き放った。禁忌とされた死者の蘇生・使役を成し遂げて以来、死人占い師(ネクロマンサー)と言えば彼を指し示す。


 つまりこの場に幽鬼とも言える死者がいることは指輪王でもない限りはありえない。まして九人をゆうにこえる数の死者がこの世界で闊歩するなど世も末だ。それが周りを囲んでいるとなれば悪夢以外の何者でもない。


 「いかがなさる、イグリフィース殿!」

 「落ち着いてくだされ、コリニー男爵。いかなる亡霊といえど我が剣グースヴィネの前には無力。護衛の者どもは男爵閣下をお守りせよ。ここは私が」


 「いやぁ?そんなに頑張らなくてもいいよ?」


 張り詰めた空気の中、一際軽やかな声が彼女らの頭上から聞こえてきた。思わず首を左右へキョロキョロさせるシリアを嘲笑うかのようにその声はさらに続けた。


 「だいたいグースヴィネには幽霊を殺すとか、そんな伝承はないだろ?妖精や精霊と同じだよ。エルフが鍛えた名工でもない限り幽霊は殺せない。まーたかが人間の打った剣じゃねぇ。上古の時代ならまだしもグースヴィネが作られたのは第三の時代だろ?そりゃ技術は衰えるわ」


 「何者だ!姿を見せろ!」


 「いやいや。そんな大したもんでもないよ」


 直後、青白い幽霊達の後ろで光が発せられ、闇夜の中から黒い衣服をまとった山羊の骸骨を被った人間が現れた。全身に金具を付け、腰には剣が三本収まったヴィオラケースサイズの鞘を二つ収め、手には黒い宝石を収めた黒真珠制の杖を握っている。肩には硬質な鎧を装着し、空いている左手は、石化しているようにも見え、指先には指輪が無数にはめられている。


 一目でわかる重武装、一目で見抜ける無数の高位装備、それらが神話級のもので溢れている、と悟った時シリアは相手の出方を伺うことなく、闘争本能の赴くままグースヴィネを抜き放ち、神速の刺突を繰り出した。


 ガシンと杖と剣が交錯する。互いの筋力は五分。両者は鍔迫り合いのまま拮抗し、何の前触れもなく互いに一歩ずつ引いた。


 「おてんばだな。俺はまだ何もしてないってのに」


 「ふざけているのか!屍人を蘇らせるなどあの『死人占い師』でもない限り不可能!それを成す貴様を脅威と考えないやつは馬鹿だ」


 声からして相手は男だ。仮面をかぶっているのか、はたまたあれが素顔なのか、シリアにはわからなかがったなんにせよ危険な香りが立ち込めている。相手の戦闘スタイルはわからないが、少なくとも近接メインではない。あれだけの神話級武装をあの程度の筋力で入手できる戦士はいないだろう。


 つまりは魔法戦闘職と断定し、シリアは剣を構えた。そう考えると距離を取ったのは失敗だったかもしれない。いくらこの世界で魔法を使う人間がごく僅かと言っても警戒はしておくべきだった。一方的な蹂躙など面白くもない。


 「屍人?あーこれか。これは別に屍人じゃないよ。ただの幻影、幻影だよ」


 シリアが逡巡する中、男はパンと手を叩いた。するとシリア達の周りを囲んでいた青白い幽鬼が姿を消した。跡形もなく、蜃気楼のように後を濁さず、嘲笑するかの如く消え去った。


 「いやいやいくら俺でもさすがにアウレンディルと同じことは無理だって。今のはそうだなぁ。あんたらの動きを止めるため、だな。さすがにビビるだろ?ついさっき死んだ奴らが現れちゃさぁ」


 「下衆が!死人を弄ぶようなことを!」


 「否定はしないけどさ。でもこっちとしてはお前らこそ下衆がって話だよ。よくもまぁ国を滅茶苦茶にしてくれやがっておいこら死ねよ」


 唐突に男の口調が荒くなり、同時にそれまで全く揺らぎを見せていなかった魔力(MP)が激流の如きうねりを見せた。その量は破格と言わざるを得ない。どうして今まで気づかなかったんだと思うほどには圧倒的な魔力量を前にして、シリアは男の正体がわかった気がした。


 「まさか……シド?界別の才氏(ノウル・アイゼット)シド?」


 「あーようやくか。顔写真なんて存在しないし、人伝に特徴を聞くしかないからわかるまで時間はかかるだろうけどな」


 「ヤシュニナの中枢にいる人物がまさかこんなところに顔を出すなんて。これは好機ではないかしら?」


 そう言ってシリアはコリニーの護衛に付けていた龍面髑髏の精鋭を呼び寄せた。今回の十軍の件では少なからず失敗した。その精算を目の前で護衛もつれずに現れた魔法使い一人を殺すだけでこなせるのなら安いものだ。


 「おいおい俺を殺すって?そいつは難儀だぜ。『カーラ(炎よ)……』」


 相手が杖を構えたと同時に龍面髑髏の精鋭は左右からシドを襲った。この世界で魔法使いが少ない理由、それは詠唱時間の長さに他ならない。戦場のど真ん中で長々と詠唱をさせてくれるほど相手も冗長に構えてはいない。特に三メートルの距離は簡単に詰めることができる。


 だから魔法使いは前衛を伴って、というのが一般的な戦いのセオリーだ。魔法使い一人で行動することは稀で、そういった魔法使いは大抵「無詠唱」という魔法の奥義のようなものを会得しているが、それはそれで威力が落ちる。つまり魔法使いはこの世界では戦闘に向いてはいない。そのため帝国のような軍事国家では魔法使いはほとんどいない。


 ——だが、


 「『以下省略』」


 吹き荒れる炎の竜巻は左右から凶刃を振るう龍面髑髏の精鋭をこともなげに焼死体へと変えてしまった。あまりに呆気なく、同時に理解に苦しむ光景だ。どうして詠唱を完成していない魔法で人を焼死させる威力が出るのか、シリアにはわからなかった。


 「詠唱破棄?いや、違う」


 「お、ちょっと惜しいねぇ。悩め悩め」


 わけがわからないままシリアは率先してシドに斬りかかった。技巧(アーツ)「ミナスティリススラウター」による筋力上昇と俊敏力上昇を重ね、放つ神速の一撃は詠唱を完成させる暇すら与えない。


 「「テーマ(鋼の)……以下省略』」


 黄金の障壁がシドをシリアから防御する。自分の攻撃が封じられたことにも驚いたが、相手の不可思議な詠唱にも驚いた。「以下省略」なんて詠唱があるものか。狐につままれた気分になり、シリアは苛立ちを覚えた。


 「どういう理屈なの!そんなふざけた詠唱でどうして魔法が使える!」


 単発詠唱、一句だけの詠唱かとも思ったが、それでは精度に説明がつかない。明らかに完全詠唱した魔法よりもシドの魔法は精度が高い。


 「んー。まぁどうせ死ぬんだし教えたっていいか」


 そう言ってシドは障壁を解き、杖を天に向かって掲げた。


 「『ハールハーム(雷霆より)』」


 シドが使おうとしている魔法は極大級の雷を落とす魔法だ。本来だったら止めるべきだ。だがシリアは好奇心から体が動かなかった。


 「『以下省略』」


 そして彼女らの頭上を巨大な雷の伊吹が通り過ぎ、後方で火の手があがった。驚く彼女達をよそにシドは杖の先端を撫でながら口を開いた。


 「短縮詠唱(クイックキャスト)だよ」

次話投稿は21日を予定しています。

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