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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
268/310

アングマール掌国Ⅱ

 アングマール掌国はアインスエフ大陸南方西部を占める大国である。東を山脈、西を海によって隔てられ、北と南にのみその国土は開かれていて、大抵の人間はそのどちらかから入国する。


 必然、北部と南部には防衛線が敷かれ、最重要防衛拠点が置かれている。北部の砦をアスラカン、南部をバンフと呼ぶ。とりわけ北部の防衛には力が入っており、アスラカンをはじめ、同規模の要塞がいくつも点在し、掌国軍がほこる魔将の位を与えられた人間が三人も各拠点に配置されていた。


 その一人、ラァ・スーは防衛線の総指揮官の任をレーヴェから任されている。レベルは148、髪の色は水色で、肌は浅黒い。露出の多い踊り子のような衣装を見に纏い、腰には二本の短い杖がぶら下げている。それだけで彼女が魔法使いであることがわかる。


 ラァはプレイヤーだ。おおよそ190年前に初めて「SoleiU Project」にログインし、以来果てなき戦いの日常を謳歌する生粋のバトルジャンキーである。人呼んで「二杖弾手(ダブル・トリガー)」。魔法の早撃ちでは上位に入る実力者だろう。


 その彼女は今、掌国首都であるテオ=クイトラトルの北部に位置する宮殿に招かれていた。案内されたのは戦場に身を置く彼女には場違いな壮麗で優雅な一室で、部屋を割るような長い机が一つとそれを囲む無数の椅子が置かれていた。


 指定された椅子に座り、ぐるりとラァは周囲を見回した。いくつもの椅子が置かれている部屋だ。当然ながら招かれたのは彼女だけではない。


 近くに座るラァ以外の魔将、準魔将の位に立つ者、普段は政治に携わる者、あるいは行政の長達。武官、文官の隔たりはなく、雑多に国の上位層が集められたという印象を受ける顔ぶればかりだ。しかもそれは普段は決して出会わない顔ぶれでもある。事実、ラァが数年ぶりに見る顔もちらほらあった。


 ざっと50人ばかり。ラァが部屋に入った時にはすでにほとんどの席が埋まっていた。ちらほらと空いている席を含めれば80人ほどが一室に押し込められている形になる。当然熱気がすごいものとばかり思っていたが、室内は涼しく快適な温度に保たれていて、湿度や温度による不快感は感じられなかった。


 他が雑談をする中、北部やその周辺から集められたのはラァ一人だったようで、話す相手もなく彼女は瞑目し、沈黙を貫いた。座った時に出されたカップの中の紅茶はすでに空で、手持ち無沙汰はいなめなかったが、進んで誰かに話しかけようとする気力もなかった。


 その手持ち無沙汰な状態も思いの外早くに椅子が埋まったことで、解消された。最後の一人が席に座って数分も経たない内に上座側のドアが開き、その奥から黒い鎧に身を包んだ男が現れた。


 その男はリザードマンに似た姿形をしていて、鼻の先から尾の先端に至るまで、鈍重そうな黒鉛の鎧で覆われていた。彼が歩くと金属同士が擦れ合い、落ちる音が響き、上座に設けられた装飾過多な席にその体を沈めた時は一番大きな音が鳴った。


 男が部屋に入ってきた瞬間、それまで呑気な雑談を繰り広げていた面々は口元をつぐみ、緊張した面持ちで彼が席に座るのを待った。それまで一声もあげる者はいなかった。


 汗ばんだ緊張感が走り、誰も男と目を合わせようとはせず、対面に座る相手の顔をおかしな顔で見つめていた。ラァの前に座るのはリンク・ブリンク・トゥインクという鎧人(ガイト)で、表情はわからなかったが、おそらくは他と同じような表情だろう。


 「抜けはないな?」


 男の声が室内によく響く。息すら止める者もいる圧倒的な威圧感がラァ達を飲み込み、離れているのに首を上下に撫でられているかのような恐怖すら感じる。猫の喉を撫でるのに牧草を集めるためのピッチフォークを使われている気分だ。


 周囲を制する絶大な影響力迸るその問いに答えたのは彼と共に入室してきた水色の長髪の女だ。ラァと同じ髪色だが、こちらが色黒なのに対して、あちらは色白を通り越して透き通っている。透明肌性愛者(クリアフィリア)であればその場で絶頂するような透明感、文字通り、透き通った肌の女は男の問いに「はい、いません」と答えた。


 「そうか。ならいい」


 男は頷き、直後ラァ達を包んでいた圧迫感が消え去った。途端にそれまで堰き止められていた汗が滲み出て、背中がびっしょりと濡れる。衣服が薄いラァは自分の背中からこぼれた汗がショーツにまで染み込んでいくのを感じた。


 「すまなかったな。なにせ、何年ぶり、いや十何年ぶりに会う奴もいるってんで、少しだけ。そう少しだけ、脅してみたんだ。俺様とお前らの関係って奴をな」


 (くろがね)の鎧に身を包み、男はからからと高笑いをする。ラァ達は愛想笑いを浮かべるが、心の中では笑えない。言いたいが言えない罵詈雑言がしっちゃかめっちゃかになって心の中で暴れ回っていた。


 「改めて、いや何を改まるんだ?まぁいいや。とにかく、今回は俺様の参集に応じてくれたこと、感謝する。我ながら人望のあることよなぁ」


 人望じゃなくて恐怖政治では、と誰もが思ったが口には出さなかった。言ったら絶対に面倒臭いことになる。殴られるとか、殺されるとかではなく、面倒臭いことになる。具体的には話が進まなくなる。ぐだぐだだらだら延々長々とどーでもいい話が続き、気がつけば本題を忘れてしまう。


 誰が、と問われればそれは無論レーヴェだ。参集した張本人だ。無駄骨も無駄骨。なんだったんだ、この会議はと全員が呆れ、レーヴェが内容を思い出すまで待たされ続ける。いずれも国家の重役なれば、会議をさっさと終えて仕事に戻りたいものばかり、無駄な長話は避けたかった。


 「今回、お前らを集めたのは他でもない。戦争が近づいているってことを知らせたかったからだ」


 戦争。北部守護の総責任者であるラァには馴染み深いどころか、日常と化してしまった言葉だ。彼女のいる北部防衛線線は日夜、山脈を追われたゴブリンをはじめとした亜人種、略奪を目論む異民族、強大なモンスターとの生存競争が行われている。


 一種の戦争状態であり、国内の経済を支える重要な資源地帯である。延々と消費される武器や防具は国内の需要を増大させ、それは青天井と言わんばかりに伸び続けていた。一種のインフレーション、戦争なくしてアングマールなしと言われる所以だ。


 しかしラァにとっては馴染み深い言葉も文官や、首都勤めの武官にとっては遠い過去話のようなものだ。アングマールが建国され、メソアリカ地方が統一されてからは戦争が起こった試しがない。せいぜいが小規模の盗賊退治ぐらいが彼らの知る争いのスケールだ。


 必然、レーヴェの口にした「戦争」という単語に眉を顰めるものも何人かいる。室内の半分以上が怪訝な目でレーヴェを見つめた。


 「唐突に戦争だ、と言われて混乱するものもいるだろうが、そいつぁ些細なことだ。重要なのはこれから戦争が()()()()()()ってことだ」


 そういえば、とラァをはじめ、軍部の人間は胡乱な表情を浮かべた。戦争をするのが些細なこととは言わないが、戦争が近づいてくるという言い方は引っかかる。戦争をしよう、ではなく。


 ラァ達の疑問と警戒が入り混じった目線がレーヴェに突き刺さる。何をしようとしているのかというより、何が近づいてきているのかが興味の種だ。


 「何が近づいているか、そいつぁ俺様の口から語るよりも適任な野郎がいるから、そいつに語らせるとしようぜ」


 パンパンとレーヴェは両手を叩く。実際に鳴ったのは金属同士がぶつかり合う重音だが。


 彼の合図に応じて、扉が開く。現れたのはガラガラと点滴スタンドを押す銀髪の少女だ。両手両足は隙なく包帯でぐるぐる巻きにされ、頭にも包帯を巻いている。純白の、ではなくところどころが血で汚れ黄ばんだ包帯だ。


 少女は点滴スタンドを押しながら上座へと歩いていき、目のあった人間に対して右手を振った。その右手は先がなかった。


 「——ご紹介にあずかりました、適任な野郎ことフェイ・DorT・フォログラムです!」


 少女ははにかみ、一礼する。空色の瞳は儚く見え、そのボロボロの体でよく立っていられるな、とラァは感心する。だがなぜか、彼女を見た瞬間、一部の文官連中の表情が曇り、声を聞いた時には失笑すら漏らしていた。


 「さて、皆々様におかれましてはこの度、お集まりいただきありがとうございます。さて、それじゃぁお話しましょう、私が見たすべてを」


 仰々しい物言いで少女は語る。紅蓮の大地、無数の巨人、空を舞う悪羅、そして闇の軍勢。掲げるのは単眼のシンプルな旗、(くろがね)の鎧を纏い、鋼鉄の具足で大地を揺らす。


 「指輪王の大軍勢、それを目にした私は必死になって旧友のいるこの国へ落ち延びました。逃げる過程で手もちぎられ、火傷も負い——ぐいしゅばら!!!」


 「適当()いてんじゃねぇ、この三流道化!右腕切ったんはゥアーレスだし、火傷なんて最初(はな)っから負ってねーだろぉがぁ!!!」


 苛立ちからか、レーヴェの本気の蹴りが少女の臀部に命中する。覇王とも炎帝とも称される男の本気の蹴り、それを受けたフェイは思いっきり天井に突き刺さり、その衝撃で彼女の手足から包帯がすっぽ抜け、ボトンと落ちた。


 天井にめり込んだ彼女はジタバタと頭が潰れた虫のように両足を振り回す。必死に首を天井かた引き抜こうとするその右腕にはさっきはなかったがはずの右手がちゃんと生えていた。


 「えぇ?」


 あまりの出来事にラァは動揺を隠せない。他の人間にしてもそうだ。誰もが天井に突き刺さったフェイに驚き、レーヴェを怒らせたその手腕と度胸に感心の声をあげた。それが滑稽な格好で両手両足をジタバタさせているのだから、笑わない方が無理というものだ。

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