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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
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政策論

 「現在、ヤシュニナの各商会はこぞって我が国の臣民を労働力として起用することで各地の開発事業を行っている、そうですね」


 「まさしく。私は状況をよくは知りませんが、聞く話では予想を遥かに超える速度で街道の建設が進んでいるそうですよ?」


 喜ばしい話です、とジドーは瞑目しながら答える。肯定する言葉であるというのに、彼は嬉しくなさそうだ。つまり聞きたいのは事業の進捗ではないということだ。方策がある、と言った直後に各商会の事業に関する話をしたということはその商会について話題にしたいということになる。


 それは何か。ジドーの考えるところをシドは考える。各商会、労働者、開発事業とピースはいくつかある。あとはそのピースを繋ぐ線を描くことだ。シドが思索を巡らせる中、ジドーは話を続けた。その内容を瞬時に脳内で整理、シドは考え続けた。


 「散々申し上げてきましたが、これは我が国の雇用創出につながっている。先の大戦(おおいくさ)で職を失った軍人らの就労先にもなっており、反乱防止にもつながっているため、大変に好ましい。だが、ずっとその状態が続くわけではない」


 「まぁ、そうですね。街道建設は順調、それ以外の治水工事や田地開発も特別問題を起こしたという報告は受けていません。私見ですが、あと一年もあれば概ねの計画は達せられるでしょう」


 「まさしく。そしてその時、貴国の政府は我が国をどう捉えるか、単なる交通の場と考えるか、それとも大消費地と捉えるか。私見になりますが、おそらくは前者でしょう」


 深刻そうに、しかし同時にどこか他人事のようにジドーは語る。自分の国が今持つ価値を正しく理解し、分析するジドーの言葉は、畢竟事情を知らない人間には淡白で味のないスポンジのように感じられた。


 対してシドはこの会合においては受けに回り、ジドーの言葉に耳を傾けた。彼の言葉の一字一句を聞き逃すまいと耳をすました。


 「海岸部を中心に発展し、その恩恵を受ける貴族は独立を考えるやもしれません。そうなれば帝国は経済のみならず、国家として破綻する。その結果がどうなるか、貴殿であれば理解しているはずです」


 「大長城の突破、並びに人類世界の破局ですか。本当にそんなことがおきれば由々しきことですね」


 口では他人事のようなそぶりだが、シドも内心ではその可能性を危惧していた。現在の帝国の状況を考えれば、むしろ危惧しない方がおかしい。


 オルト帝国がまだアスカラ=オルト帝国だった頃、西部国境に建造した長大な城壁、大長城と呼ばれるそれはそれまで無数にあった諸国家の西側に対する防壁をつなげたものであり、人類世界を守る壁である。全部で十の管制区に区切られたその大長城の管理は現在第一から第七を帝国が、第八から第十の管制区を旧反帝同盟の国家が行っている。


 当然ながら、その維持には莫大な財がかかる。独立して間もないアスカラ地方の諸国家がどうにか工面して三つの管制区に金を投資する中、帝国は一国家で七つの管制区を維持していた。単純に城壁の補修、維持にかかる修繕費ならず、兵士への給金、さらには人員確保という意味でも一国の重荷になる状態だ。


 現在は国庫の貯金でかろうじて破局を免れている。しかし、それも時間の問題だ。ジドーの危惧は単なる杞憂、未来への不安ではなく、現実的な将来の悪夢を先読みしての懸念だった。


 「まさしく、そうなれば貴国にとっても由々しきこととなるはずです。なにせ、陸を失えば必然的に商業国家は衰退する。化け物どもが商売などという文明的な行為をしるわけもなく、ただただ無慈悲に彼らは略奪し、陵辱する。そんな未来は貴殿も見たくはないでしょう」


 「では、伯のお話の本題はその破局を防ぐための方策である、と?」


 「はい。それを踏まえての期限であります」


 ようやく本題か、と待ちくたびれたようにシドはわざとらしく姿勢を正した。


 「オルト帝国を代表して、提案いたします。我が国の貴国への要求は三つ。一つは帝国内の主要街道の整備、一つはハスカット軍港の大規模改築への出資、そして最後にこれら街道の整備や軍港の改築を行う際、帝国と貴国の合弁商会によって執り行われること、この三つです」


 ほう、とこぼし、すべての要求を聞き終わったシドは目を細めた。


 いずれの要求も尋常ではない。一つ目、二つ目は言うに及ばず、特に三つ目はヤシュニナにメリットがない。技術と資本、この二つを提供する見返りにヤシュニナが得るものがないのだ。


 技術とは先人の築き上げた財産だ。資本とは技術の末の褒賞だ。例え文なしになろうと、技術を持ちそれを活かす場所さえあれば人はいくらでも再起できる。その手段を渡せ、ついでにお金も渡せ、というのはいささか蛮族的にすぎる物言いだ。


 当然ながらシドも安易には首肯できなかった。それは無理難題をふっかけられたからではなく、ジドーの真意を計りかねてたからだ。


 「エーデンワース伯、御身にとってならばご自身の言がどれほど荒唐無稽かつヤシュニナという国家が受け入れ難いと考えるか、ご理解しているはずだ。にもかかわらず、なぜ我が国になんら利益のない話をされるのか。ぜひ、そのあたりを聞かせていただきたい」


 「……確かにその通りですな。ただ字面の通りに受け取るならば、貴殿のおっしゃる通りでしょう」


 では、詳細についてまとめましょう、とジドーは口元を締めた。


 「まず一つ目。街道の整備についてですが、先に貴殿がおっしゃったロサ公国との交易を目的したものをより延長し、聖都や大長城へとつなげたいと考えています。既存の街道をここ一年をかけて調べたところ、道の幅はもとより、傾斜がきつい地点や馬車などでは交通不可能な地点が多数見つかりました。予算があればその補修は可能なのですが、現在の帝国には街道を整備する予算もなければ、よい技術者もおりません」


 「それはあくまで貴国の事情であって、我が方にはなんら関係のないことです。そも、貴国の街道を整備したとて、我が国が得るメリットがない」


 政治的影響力を確保できるくらいだろうな、とシドは心の中で補足した。その政治的影響力もヤシュニナには必要のないものだ。すでに経済的な優位性を確保している以上、わざわざ死に体の帝国と密接に関わる道理はない。


 街道の整備と補修、これには大規模な予算が必要だ。事業としては大きくなり、仮にヤシュニナが参入するならば多数の商会を経由する大掛かりなものになる。それは手間を考えれば推奨されない。端的に換言すればすごく面倒だった。


 「メリットとおっしゃるなら街道の整備により、貴国の品をより多く、より迅速に我が国に流通させることができましょう。そればかりか、流通の高速化は市場の活性化につながる。決して損はないと思いますが?」


 「貴国の現状を考えれば、にわかには信じ難い話です。元来、貴国は諸領地の特産品を聖都に集め、分配する中央集権体制によって経済を成り立たせてきた。流通を制限し、管理することで致命的な事態が起きることを回避してきた。しかし現在の貴国はそのシステムが崩壊している。送るべき場所に市場はなく、銅貨一枚が落ちる音すら聞こえない。そんな状態の国に街道を作ったとて、我々には一切の利点がない」


 これは需要と供給以前の問題だ。


 帝国北部の主産業は農業の他に工業がある。剣や槍、盾に鎧といった武器類から、生活に必要な鍋や包丁、鍬にバケツといったものを生産する拠点が帝国北部にはいくつかある。それらは南部の鉄鉱山から送られてくる鉱石を原料としたいわゆる加工産業だ。そして南部からの供給が絶たれた現在、工業区の炉は冷めて久しい。


 炉が止まれば必然、その地で労働していた人間は解雇される。鍛治師も依頼がなくなれば金槌を捨てて、鍬を握るしかない。工業区の零落に伴い、帝国の経済力はより一層衰退した。


 つまり金がないのだ。売る買うという商売の基本がなく、端的に換言するならば物々交換の時代となったのだ。かろうじて農業や林業といった第一次産業、そしてアスカラ=オルト時代の遺産により食い繋いでいる状態だ。そんな国が多少流通が高速化したところで、経済が回復するとは思えなかった。


 部外者であるシドですら否定的な見解を示す中、なぜ当事者であるジドーはこれほどヤシュニナ資本を欲するのか。ただ金がない、だけでは済まないのは明確だった。


 「総督のおっしゃる利益がでないというお話については手形などを利用して」

 「エーデンワース伯、お話の腰を折ってしまい申し訳ないが、一つお聞きしたい」


 「ん、なんでしょうか?」


 わざとらしくジドーは笑みを浮かべた。これは何かあるな、とシドは勘づいた。


 「失礼を承知でお聞きします。貴殿の上げた三つの要求の裏には何があるのですか?いえ、何を隠されているのですか?」


 シドの問いにジドーは笑顔を保ったまま硬直する。聞かない方が良かったか、とシドが後悔しても時すでに遅く、次の瞬間、ジドーは前屈みになっていた姿勢を背もたれにもたれかけるという貴族らしからぬ下品な姿勢になり、隠し事はできませんな、と肩をすくめた。

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