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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
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上層会合

 リーチャー、ジキルによる一連の騒動がシドに報告されたのは事件解決から一週間後のことだった。報告が届いた時、偶然にも帝国にいたシドは密かにほくそ笑んだ。


 帝国、すなわちオルト帝国は皇帝であるアサムゥルオルトⅫ世によって統治されている国だ。聖都ミナ・イヴェリアを中心にオルト地方すべてを支配する巨大国家である。


 精強なる五十万人以上の軍隊を持ち、日夜人類世界への侵略を試みる悪辣なる野蛮民族との攻防を続ける人類の防人、という触れ込みの国家はしかしその名声はかつてのものであることはいなめない。


 かつては荘厳にして壮麗、巌の如き歴史の重さを感じさせた聖都は今は見る影もなく、寂しさと薄暗さを感じる斜陽の都となっていた。道端を歩けば街中を歩く人は数えるほどしかおらず、花の商店街は閑古鳥が鳴いていた。まだ昼間だと言うのに、空風が吹いていた。


 「——外の景色が気になりますか?会合の(のち)、市内を歩く機会を設けましょうか」


 深みのある茶葉のごとき渋い老齢な声でハッとなり、シドは我に返った。気がつけば窓枠に手を添え、身を乗り出していた。窓から手を離し、自分の手のひらを見つめるシドを帝国宰相ジドー・ド・エーデンワース伯は微笑を湛えて見ていた。


 帝国に長く根を張り、生き永らえてきた老宰相の目には何が映るのか。自分よりも倍以上年上の、しかし幼い外見の青年は柔和に笑い返す。


 なんでもありません、と返すシドに訝しむ目をジドーは向けたが、何を言うでもなく、彼の前を歩き先導した。その後を歩くシドが案内されたのは白い大理石の部屋だった。中央には長机が置かれ、上座と下座にそれぞれ席が置かれていた。ジドーが上座に着くと、シドは習うように下座に着いた。


 会合の場として選ばれた帝城の一室、平時であれば立食形式のパーティーを行うための会場として使われるだろう部屋だ。普段は晩餐を置くだろう貴賓用の長机はしかし現在は五本燭台を挟んで二人の人物が向かい合うだけの寂しい部屋に置かれるただのオブジェだ。


 「エーデンワース宰相閣下、まずはご多忙のところ会合の時間を設けていただいた寛大さに礼を言わせてください。ありがとうございます」


 会合の口火を切ったのはシドだった。席から立ち上がり、一礼するシドにジドーは謝辞は不用と左手を持ち上げた。


 「才氏(アイゼット)、いや総督(ハーレン)シド。貴殿のの来訪を我々は心より歓迎する。——実を言いますとこちらも貴国に要求したいことがあったのです。貴殿の来訪はまさに渡りに船。暁光でありました」


 肩をすくめるジドーは苦笑気味にはにかんだ。


 「そう言っていただけると光栄です。貴国の要求とは?」

 「おや、そちらのお話が先かと思いましたが。いいのですか、私の話が先で」


 かまいません、とシドは返した。それを聞き、ジドーはではそのように、と前置きをして前のめりになり両肘を机についた。


 「貴国による経済支援、まことに感謝する。現在の帝国内の税収低下を考えれば、貴国の緒商会による支援と雇用の創出による恩恵は計り知れん。今の帝国は貴国の支援なくして経済基盤を維持できないほどに」


 現在のオルト帝国は財政、軍事、経済のいずれを取っても危機的状況にある。財政、軍事はかろうじて自国の力で維持できているが、経済は壊滅的だ。もとより商人が少なく、各領地から送られてくる特産物の分配によって経済が成り立っていた国が、その分配をできなくなっては、ただ搾取するだけの国となれば破綻は容易い。


 自国で経済が完結していた国、あらゆる資源が賄えていた国であった帝国は、今や他国からの輸入によってそのほとんどを賄っている。肥沃な南部を失えば、後に残るのは錆びた工業区がある北部のみ、とても帝国臣民一千万以上を賄うことはできない。


 「食糧支援に始まり、インフラの整備に伴う雇用の創出、帝国という巨大な国家の止まりかかっていた心臓に貴国は再びネジを回した。だが、それは言い換えるならば依存だ。自主再建が難しいと貴国が判断したならば、帝国は容易く崩れる。——そうではありませんか?」


 「自主再建、なるほど確かに。エーデンワース伯のおっしゃる通りならばゆゆしきことです。帝国におけるインフラの整備、街道の建設、港湾区の整備、田地の開墾事業などは確かに我が国が多大な投資を行なったもの、しかしそれは貴国が将来、自立できる可能性を考えてのものというエーデンワース伯の言は耳の痛い話だ」


 「貴国は商業国家です。私は商人の理を知らないが、商人とは利を生まないと判断すればどれだけ投資をしようと退くのでしょう?」


 「本当に耳の痛い話ですな」


 まさしくその通りであるから自嘲するしかなかった。シドがどうこうという話ではなく、ヤシュニナの氏令会議に言わせれば、旨味のない土地に固執する理由はない。どれだけシドが熱弁し、強弁し、抗弁したとしても、氏令会議は廃鶏に餌を与えることはしない。それは国家の合理性に反する。


 いち統治者の意思によってではなく、多数の同格の人間による合議制、それによって導き出される合理性こそがヤシュニナの在り方だ。そう規定し、そう設定したのだから、今更自分がそれを曲げることはシドにはできなかった。


 「伯のおっしゃる通り、ヤシュニナはそう動くでしょう。帝国への諸々の投資は我が国の利益になると考えたからの必要な出費でしょうから」


 「貴殿が考えたのではないのか?」


 「私が提案したのはあくまでロサ公国とポリス・カリアスを結ぶ大街道の整備だけで、それ以外のことは何も。私が氏令職を辞した後に会議内の氏令達が決めたことでしょうから」


 「なるほど。では貴殿にはもう氏令会議への影響力がない、と?」

 「そうですね。総督の任について三年が経ちましたが、氏令会議から何か相談を受けたことはありませんね」


 難儀ですな、とジドーは返す。とぼけた様子の彼にシドは片眉を動かして反応した。本題を、と暗に訴えるシドにジドーは肩を寄せた。


 「期限を設けていただきたい」

 「期限とは」


 「経済支援を続ける期限です。自国の恥部を晒すようで申し訳ないとは思いますが、現在の帝国にはヤシュニナが永劫に支援をしてくれると考える楽観論者が多いのです。それは臣民に限らず、貴族の中にも」


 「なんと。そのような楽観論者が」


 目を覆いたくなりますな、とシドはわざとらしいため息と共にこぼした。明らかな嘲笑、しかしジドーは怒るでも、不快感を示すでもなく、ただただ、はい、と気まずそうにこぼした。ジドーの真面目な表情を受け、シドも笑みを消した。


 「具体的には?」

 「十年ほど。その間に経済を立て直してみせましょう」


 「方策はあるのですか?私が仮にヤシュニナにこのことを伝えたとて、具体的な方策もなしでは彼らは、氏令会議の人間は首肯しない」


 無論、とジドーは頷いた。聞きましょう、とシドは身を乗り出して聞く姿勢になった。

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