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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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エッサーラ平原の戦い——決着

 その日、つまり4月の上旬から下旬へ移り変わろうとする日、ヤシュニナ軍は日の出とともに大将であるリドルを筆頭に突撃を開始した。前日の苛烈な潰し合いにより軍の規模は3万人を少し超える程度しかない。いまだに8万近くの兵力を擁する亜人軍に対しての特攻は自殺行為としか言えなかった。


 だが奇襲となれば別だ。亜人軍が隊列を組む間を与えず、赤い光をまとったヤシュニナ軍は一気呵成に亜人軍の陣地に雪崩れ込んだ。なんの前触れもなく突撃され瞬く間に亜人軍はパニックを起こし、たった一撃で陣の外側に陣取っていたワーグ軍の主力が呑まれた。


 ワーグは元々オークと共存し、真価を発揮する種族だ。ワーグ単体での実力は同レベルの人種とほぼ同程度だ。まして軍団技術(レギオンアーツ)赤槍(ロート・イウスプ)」による過剰なまでの突貫力をまともに食らえばひとたまりもない。


 「ダナイ様!敵軍の強襲ですぅ!」

 「今前衛で踏ん張っていますが、そろそろ指揮を!」


 「うろたえるな!たかだか三万ぽっちの突撃だろうが!それに連中の軍団技巧のネタはもう昨日の戦いでわかってんだろうが!」


 言うが早いかダナイは前列のトロル、フロストジャイアント軍に大盾を用意させる。その後ろにオーク、ワーグ、人狼の三種族の精鋭を配置し、二種族が盾で無理矢理衝撃を受け止めると同時に背後に控えていた三種族が停止したヤシュニナ軍へ強襲を加えた。


 軍団技巧による突貫力は集団の力の集合だ。ヤシュニナ軍は異種族混合軍であるためその力にバラつきが生じる。人種の力と巨人の力が同じではないように、種族ごとの差がわずかに出てしまう軍団技巧は防御ならばまだしも攻撃においては強い箇所、弱い箇所が如実に現れていた。


 停止したヤシュニナ軍は再び突貫力を増そうと軍団技巧を使わんとするが、その隙を狙って人狼とオーク、ワーグが強襲を仕掛ける。前衛に置かれた主力軍団が停止すると途端に亜人軍の逆襲が始まった。受け止められたヤシュニナ軍主力を囲むように左右からフロストジャイアント、人狼を主軸にした亜人軍が突貫を開始する。


 「さすがの王炎もこの状況じゃぁどうしようもないよなぁ。力を振るおうにも周りが味方だらけじゃ動けねぇ!」


 それこそがリドルの弱点とダナイはシリアから聞かされていた。戦士としては無類の強さを誇る一方、その人柄は誠実にして清廉。味方を巻き込んでまで力を振るうほどの戦闘狂ではない。つまり一般人の感性を持った最強というわけだ。本来ならば軍人なんてできる人間性の持ち主ではない。


 「王炎はシリア様が対処なさる。目の前のヤシュニナ兵を確実に殺せ、急所を狙えばより一層生命力の減少は激しくなるぞ!」


 そんなことはリドルもわかっていた。半包囲下におかれたと同時にリドルは正面の兵力の討伐に移った。アングリストで正面のフロストジャイアントの大盾を両断し、半ば強引に一点突破を図った。フロストジャイアントの族長ジーグがすかさず前へ前進し、彼の突撃を止めようと大槌を振りかぶる。


 他のジャイアントと比べても大柄かつ隆々とした筋骨はそれだけでステータス以上の力を発揮する。リドル三人分の太身を持つ巨腕から放たれる大槌はあまねくすべてを破壊する絶殺の一撃となるだろう。それは彼が旗の(マクラ・)軍令(ジェルガ)ジグメンテと互角に撃ち合った戦績から見ても明らかだ。


 ジーグのレベルは63、亜人軍の中ではダナイに次いでレベルが高く、オークとジャイアントの種族能力を加味すれば亜人軍最強と言っても過言ではなかった。無論シリアを除いて。


 そのジーグとリドルが大槌と刃を交錯する刹那、彼は巨大な旋風を思わせる斬撃によって右半身が頭部ごと抉り取られた。いっそ手品とでも言わんばかりのあっけなさだ。崩れ落ちるジーグの体を見て一瞬だがフロストジャイアント達の意識が前方から後方へと移った。


 「一気呵成に突っ込め!連中の首を取れ!」

 「——それはやめていただきたいですね」


 すかさず突撃司令を出すリドルの元にシリアが躍り出る。彼女の白銀の剣グースヴィネを振るい、リドルのアングリストに剣を重ねた。ジーグを討ち取ったリドルを容易く受け止めたシリアの登場に一瞬萎縮した亜人軍は再び息を吹き返し、正面左右の三方向からヤシュニナ軍に襲いかかった。


 あらゆる場所で兵士の悲鳴が聞こえる。軍令、部隊長達の指揮の怒号が聞こえる。同胞の亜人達が倒れていく。盾で押し潰され、頭蓋を潰され、圧死、頓死、憤死と地獄の中で死んでいく。死んでいった。


 「——全軍!槍構えぇ!」


 その時、怒号が轟いた。次の瞬間、複数の大槍が背後からジャイアント、人狼の背中を突いた。それは紛れもなく次ゴブリン族、オーガ族の兵士が突き立てた槍だった。何をされたのか、何をしているのか、何本もの槍に刺され頭に血が上った二種族の兵は理解できなかった。


 続け様にそれまで共に盾を構えていたトロル族が一斉に盾を捨て、棍棒を構えたかと思えばジャイアントの頭部を叩き潰し始めた。突然の暴挙にジャイアント族はおろかその足元でヤシュニナ軍をかき乱さんと構えていたオーク、ワーグもまた困惑し、呆然としていた。その背後をゴブリン、オーガ、果てはスノーエイプやサテュロスといった後方支援を任されていた亜人達も加わって槍や斧、剣や棍棒で襲い始めた。


 あまりに唐突な裏切りにその光景を丘の上から見ていたダナイは驚きを隠せなかった。これがこちら側が不利ならば自暴自棄になり現場の判断で裏切ることもあるだろう。元々確執があった種族同士だ。危機に陥れば裏切り者も出る。だがどうして圧倒的にこちらが有利な状況で裏切る必要がある?もうあと少しでヤシュニナ軍を殲滅できるこのタイミングでどうして?


 狼狽える中、背後に殺気を感じダナイは振り返った。彼の背後には数体のゴブリン、オーガが立ち、その顔ぶれから彼らが本営を護衛していた連中であることがわかった。いつの間にか陣地のいたる場所で同胞の苦痛な声が聞こえていた。


 「舐めるなよ」


 そう言ってダナイは鋼の刃を腰から抜き放ち、襲いくるゴブリン、オーガを瞬く間に斬り伏せた。元々の種族能力の差と実戦経験の差が生死を分けた。口笛を吹き、ダナイは自分の相棒と言っても良いワーグ族族長ディンを呼んだ。すぐさまかけつけたディンもまた白い毛並みを赤く染めていた。


 「ダナイ!どういうことだ!」

 「わかるかよ、んなもん。とりあえず下だ。下に行くぞ!クソ、どうなってやがる。さっきからクソ!」


 「あ、あいかわらず口が悪い奴だ。おい達が裏切ったたことそなに不思議、か?」


 「あぁ?テメェは——」


 そう言ってディンの上からダナイは暗闇から現れた一体のゴブリンを見つめた。他のゴブリンと比べてもパッとしない外見のそれはここ数日の間、彼が苛め抜いてきたゴブリン族の族長タルファイだ。粗雑な剣を手に、背後には数十人のゴブリン、オーガ、ケンタウロスなどを引き連れている。


 「おい達は真実を知ってんだ!おめぇーらが実は自演してるってなぁ!」


 「んだと?自演てなぁなんの話だ?いやそれ以前にテメェら裏切ったのか!」


 「先に裏切ったのはお前らだ!おい達を散々遊び道具にしやがって!」


 そう吐き捨て、タルファイを筆頭に亜人達はダナイへ突進した。棍棒を持つもの、槍を構えるもの、矢を射るもの、十人十色だがそのすべてにダナイへの殺意がこめられ、彼を丘から転げ落とした。


 「ダナイをば殺せ!そいつはシリアとかと組んでおい達を全滅させるつもりだったんだ!おいはそれを知ってんぞ!」


 逃げるダナイとディンを背中に容赦無く弓矢を射掛け、タルファイらはその後を追撃した。たまらないのはダナイの方だ。まさか大して強くもない種族の前で逃走することになるなど予想外もいいところだ。


 逃走の最中、ダナイの怒号が戦場に響き渡る。


 「我が同胞達よ!撤退だ!すぐさまこの平原から散れ!拠点に戻るぞ!」


 「はは。拠点に戻るねぇ。一体何人が戻れるかなぁ?」


 刹那、黒い竜馬と共に竜を思わせる凶暴な外観の大男が彼の目の前に躍り出た。見事な手綱捌きで男はダナイの真横にぴったりと竜馬を付け、容赦なく大鉈を彼にぶつけた。


 「軍令(ジェルガ)イルカイ!」

 「余裕じゃねぇか!」


 そのままディンから落とされたダナイは雪原に裸一貫で転がり出た。馬上から容赦なく大鉈を振るうイルカイにダナイは対抗しようと刃を振るう。だが彼の刃はイルカイの大鉈とぶつかりあったと同時に粉々に砕け散った。勢いのままに大鉈はダナイの頸動脈に深々と達し、雪原を赤く染めた。


 「ダナイ!」

 「犬ころは先に逝っとけ」


 ダナイを助けようとディンは決死の覚悟でイルカイに飛びかかった。だがイルカイにしてみれば止まっているように見える。彼とディンの間には歴然とした力の差があり、それは装備や技術では補えないくらい圧倒的なものだった。剥き出しにした強牙めがけてイルカイは大鉈を突っ込んだ。飛びかかってきたディンは文字通り真っ二つにされ、ダナイの左右に彼の死体がこぼれ落ちた。そして次はお前だと言わんばかりに間髪入れずにイルカイはダナイに振り向き、大ぶりで大鉈を振るった。


 クソ、とどうにかしてダナイは大鉈をかわすが、馬上のイルカイの猛追は止まらない。雪原を転がるダナイは背を向け、一目散に逃げようとした。しかし徒士(かち)と騎士では速度が違う。瞬く間に追いつかれ、うなじめがけて振り下ろされたイルカイの大鉈は彼の首をゴルフボールのような小気味のいいスイングと共に切り飛ばした。


 吹き飛んだ首を空中でキャッチし、大鉈に突き刺してイルカイはそれを高らかに掲げた。


 「オーク族族長!ダナイを討ち取ったぞぉ!」


 それは勝利の宣言以外の何者でもなかった。掲げられたダナイの首を見て、彼の同胞はもちろん抵抗を続けた他の亜人達も戦意を喪失し、その場に武器を置いた。


✳︎


次回投稿は7月19日を予定しています。

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